ケリー・ライカート監督作がついにスクリーンに登場! 映画『ファースト・カウ』『ショーイング・アップ』レビュー
アメリカの“インディーズ映画の至宝”と称されながらも、これまで紹介される機会が限られていたケリー・ライカート監督作品が、ついに日本の劇場に登場! 長編7作目となる『ファースト・カウ』と、最新作の『ショーイング・アップ』が、同日の12月22日(金)に公開される。ライカートの魅力と2作品の見どころを、篠儀直子が解説する。 【写真つきの記事を読む】牛がキュート!2作品の見どころをチェック(全15枚)
有志団体による特集上映や各種配信サービスなどにより、コアな映画好きには名を知られつつあったものの、日本ではなぜか本格的な劇場公開の機会に恵まれてこなかったケリー・ライカート作品が、ついにスクリーンに登場! しかも最新作とその前作が同時公開だ。世界中の映画好きや映画人をしびれさせてきた彼女独自の筆致を、この機にぜひとも劇場で目撃してほしい。 ケリー・ライカートは1964年、米国・フロリダ生まれ。1994年に『リバー・オブ・グラス』で長篇監督デビュー。その後現在に至るまで、長篇を8本、中篇・短篇を3本監督している。ほとんどの作品において脚本と編集も兼任する彼女は、いわゆる「ドラマチック」な誇張を極力回避する。一見淡々とした静かな描写のなかで、緊張と葛藤がじりじりと積み上げられていく。 誇張を行なわないライカートが描くアメリカは、現代が舞台であろうと過去が舞台であろうと、彼女独自のフィルターをとおした「見たこともないアメリカ」になる。それはもちろん、これまで描かれてこなかったというだけで、やはり真実のアメリカの姿だ。 映像と音響、音楽のセンスのよさも見逃せない。ことに、フィックスのロングショットでの情景のとらえ方、およびそのなかでの人物や動物、乗り物などの動かし方には、毎回はっとさせられる。大げさに聞こえるかもしれないが、誕生したばかりのころの映画が持っていた輝きというのは、こういうものだったのではないかとさえ思う。 とにかく観ていただかないことには始まるまい。今回劇場公開される2作品を紹介していこう。 ■『ファースト・カウ』(2019) 林のなかで犬の散歩をしていた女性が、地中に横たわっていた2体の人骨を見つける。そこから一気に舞台は──なんと、さくっとカットをつないだだけで──1820年のオレゴンへ。未開の地と言っていいこの土地で、東海岸出身のオーティス・“クッキー”・フィゴウィッツ(ジョン・マガロ)は、中国から世界をめぐってやって来たキング・ルー(オリオン・リー)と出会う。クッキーにはサンフランシスコでホテルかベーカリーを開く夢が、ルーには農場を持つ夢があった。しかし“持たざる者”がチャンスをつかむには、リスクを冒すしかない。ふたりは富裕な英国人仲買商(トビー・ジョーンズ)の私有地に夜中こっそり忍びこみ、仲買商が飼っている牝牛の乳を搾る。これを材料にして作ったドーナツは飛ぶように売れ、順調に資金はたまっていくのだが……。 厳しい状況のなかで夢を追う、ふたりの男の友情を描くこの作品は、ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、ニューヨーク映画批評家協会賞で作品賞を受賞した(ちなみにその翌年は『ドライブ・マイ・カー』が受賞)。西部開拓時代が舞台となっているからジャンル的には西部劇となるだろうが、「西部劇」という言葉が喚起する、米国建国神話と英雄的人物のイメージはここにはまるでない。まだ街ができる前の状態だからというのもあるが、さまざまな出自の汚れた男たちが、なんとなくまばらに集まっている頼りない感じには、実際に見たわけでもないのに、「西部開拓時代ってほんとにこうだったんじゃないのか」と思わせるリアリティがある。ライカートはこれより前に『ミークス・カットオフ』(2010)という、これまた素晴らしい西部劇映画をすでに撮っているが、こちらは開拓者たちがリアルに直面していた不安と恐怖をあぶり出すと同時に、女性の視点から開拓物語を語りなおすような映画だった。 『ファースト・カウ』のクッキーとルーも、西部の白人男性が範としていただろう「男らしさ」からは、はみ出して見える存在だ。心優しいクッキーは、この地へ連れてこられる途中で「夫」と「子ども」を亡くしてしまった牝牛に同情し、心を寄せる。ライカートの『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016)に出演していた縁からか、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023)で圧倒的演技を見せたリリー・グラッドストーンが、仲買商の妻の役でちらりと顔を見せるのをはじめとして、先住民の女性たちが幾人か画面に現われるものの、全体としては男ばかりが登場するこの物語にあって、牝牛はまるで「ヒロイン」のようだ。夜ごとの乳泥棒は、親密な情のかわされる逢瀬のようでもある。 先ほど述べたライカートの映像センスのよさも、この映画の見どころだ。船がゆっくりとフレームインしてくるファーストショットだけで、筆者は完全にノックアウトされてしまった。どのショットにもほれぼれさせられるが、宣伝ヴィジュアルにも使われている、牝牛が舟に乗っているショットの素晴らしさたるや。 『ファースト・カウ』 12月22日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開 ©︎ 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 配給:東京テアトル、ロングライド 公式サイト:firstcow.jp ■『ショーイング・アップ』(2022) リジー(ミシェル・ウィリアムズ)は出身校であるオレゴンの芸術大学で、母(メアリアン・プランケット)の事務助手をしながら創作活動を続けている。個展が近いのだが、製作はなかなか進まない。おまけに家の給湯器が壊れてお湯が出なくなってしまう。しかし、同じく現代アート作家である家主のジョー(ホン・チャウ)も個展を目前にしていて、対応してくれそうな気配がない。 ある夜、リジーの家に入りこんできた鳩を飼い猫が襲う。重傷を負った鳩をリジーは外に出してしまうが、翌朝ジョーがその鳩を見つけて連れてくる。ジョーはリジーを巻きこんで手当てを済ませ、鳩をリジーに押しつけて行ってしまう。 さらに、父(ジャド・ハーシュ)と兄(ジョン・マガロ)それぞれの暮らしぶりも、リジーの目から見ると不安しか感じられない。全方面のトラブルで気が休まらないリジーを尻目に、ひと足先に始まったジョーの個展は大盛況。いったいリジーの運命は? 彼女の個展は成功するのか? カンヌ映画祭コンペティション部門出品作であり、ナショナル・ボード・オブ・レヴューの「トップ10インディペンデント・フィルム」、および『カイエ・デュ・シネマ』の年間ベストテンに選ばれた、ケリー・ライカートの最新作。現代アートの世界と大学とが舞台になっていて、『ファースト・カウ』とはまた別の側面のライカートが楽しめる作品だ。とはいえリジーの心理描写と、周囲との関係の描写はまさに彼女ならでは。 主演のミシェル・ウィリアムズは、前述の『ミークス・カットオフ』を含めてこれがライカートとの4本目のタッグ。いわゆる「ハリウッド・スター」の彼女だが、ライカート作品ではスター性を脱ぎ捨て、見事に作品世界の人物になりきってみせる。『ザ・ホエール』(2022)とはまた違うホン・チャウの演技も楽しい。そして、緊張のせり上がった果てに訪れる、鮮やかなクライマックスの演出をどうかお見逃しなく。 『ショーイング・アップ』 「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」 12月22日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほかにて4週間限定ロードショー 2024年1月26日(金)よりU-NEXTにて独占配信 © 2022 CRAZED GLAZE, LLC. All Rights Reserved. 配給:U-NEXT 公式ホームページ:https://www.video.unext.jp/lp/a24-sirarezaru 篠儀直子(しのぎ なおこ) 翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)『切り裂きジャックに殺されたのは誰か』(青土社)など。 編集・横山芙美(GQ)