『燕は戻ってこない』が描く“持つ者と持たざる者との断絶” 内田有紀の“静かな狂気”は絶品
リキ(石橋静河)の妊娠を知り、不穏な動きを見せる千味子(黒木瞳)
一方で、リキもまた追い詰められている。違約金が発生するのが怖くて、中絶したのちに再び人工授精を受けようとする彼女はあまりに命を軽々しく考えすぎだが、それくらい経済的に切羽詰まった状況なのだ。リキと対面したりりこ(中村優子)は中絶に賛成する。「女も自分に忠実に生きるべきだ」と熱弁を振るう彼女は何にも縛られていない。誰よりも自由。けれど、りりこがそういうふうに生きられるのはお金も才能もあるからだ。お金も才能も持ち合わせていないリキに自由はない。だから、卵子と子宮を売るという選択を選ばざるを得なかった。ここにも持つ者と持たざる者との断絶がある。つくづく人間は生まれ育った環境で考えや行動が左右される生き物だ。 しかし、破天荒とも言えるリキの生き方を気に入ったりりこは彼女をアシスタントとして雇い、基から違約金を請求された場合は自分が払うとまで言う。お金がないから、才能がないから。ある種の言い訳を全て塞がれた時、リキはどういう選択を下すのか。 りりこからの願ってもみない申し出にリキの表情に笑顔が戻る中、千味子が不穏な動きを見せている。リキは双子を妊娠した。そのことを「コスパがいい」と評し、せめてどちらかがバレエの才能を引き継いでいることを願う千味子。安心のためにリキを自分の目の届くところに置こうとする彼女の暴走が始まりそうだ。
苫とり子