笠智衆さん(1月21日)
昭和の映画に欠かせない物静かな俳優だった。「寅さんシリーズ」に登場するお寺の御前様[ごぜんさま]としておなじみだろう。今年は笠智衆さんの生誕120年の節目に当たる▼希代の老け役でもある。49歳になった1953(昭和28)年公開の「東京物語」で、14歳年上の東山千栄子さんと隠居夫婦を演じた。息子役の山村聡さんとは6歳しか離れていない。当時は、老いが今より早く巡ってきたのだろう。だが、年齢的な違和感を抱かせないのは、卓越した演技力の故[ゆえ]だ▼映画のクライマックスで、自宅から穏やかに外を眺める場面がある。枯れた背中は風景に溶け合い、老成の境地とは「無」だと語っているかのようだ。職場を離れた後の長い人生をどう過ごすのか。生きがいを見つけようと、悶々[もんもん]とする方もおられようか。笠さんの演じたお年寄りの姿は、道しるべの一つになるかもしれない▼元東大総長で、映画評論家の蓮実重彦さんは「世間の評判を気にせず、自分にふさわしい作品を発見して」と説いた。お茶の間劇場の時代にあっても、県内の映画館は健在。銀幕に目を向け、自身と重なる一作を探してみる。心静かに、数々の名優が生の悟りを示してくれれば何よりだ。<2024・1・21>