『キングダム』最新作の邦画実写オープニング記録更新と「興収100億も視野」報道を検証する
いよいよ本格的に幕を開ける夏休み興行を目前にして、『キングダム』シリーズの4作目『キングダム 大将軍の帰還』が記録的なスタートダッシュをきった。7月12日の初日から3日間の動員は106万5000人、興収は16億2900万円。祝日の月曜日を含む公開から4日間の動員は146万7000人、興収は22億300万円。予想通り、シリーズ歴代最高の滑り出しとなったわけだが、この数字をもって多くのウェブメディアの速報記事では「邦画実写歴代最高オープニング記録更新」「興収100億円も視野」といった見出しが躍っている。宣伝文句としてはそれでもいいのかもしれないが、そうした文言を誰かがちゃんと検証することも必要だろう。 【写真】『キングダム 大将軍の帰還』場面カット(複数あり) まず、ここでいう「邦画実写歴代最高オープニング記録更新」の「歴代」というのは、あくまでも日本映画のメジャー作品の公開初日がかつての土曜日から金曜日へと変更されてからの記録。その環境下でこれまで歴代最高オープニング記録を保持していた作品は、オープニング3日間で興収15億4800万円をあげた2018年7月公開の『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』。必然的に、ここ数年以内の作品となる。では、いつから日本映画の主なメジャー作品の初日が土曜日公開から金曜日公開になったかというとーー本連載をまとめた書籍『映画興行分析』のページをめくればすぐにわかるのだがーー劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』の公開日だった2018年4月13日から。つまり、『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』の公開日のたった3ヶ月前、現在を起点にしてもたった6年前のことだ。 次に、「興収100億円も視野に」だとか「興収100億円を目指して」だとか、場合によっては「興収100億超えへ」などとあたかも既成事実のように、今作の最終興収について各メディアが憶測で囃し立てている件について。今回のオープニング成績16億2900万円という数字は、昨年7月公開の『キングダム 運命の炎』の同期間との興収比で155%。その比率をそのまま『キングダム 運命の炎』の最終興収56億円に掛け合わせると、『キングダム 大将軍の帰還』の最終興収予測は86~87億円あたりとなる。そこから一体どうして「興収100億円」なんて数字が出てくるのか。どうやら、今回の祝日を含む4日間を昨年の平日月曜日を含む4日間と比較した、興収比181.1%という数字が根拠となっているようだが、それはいくらなんでも数字の扱い方として不誠実すぎる。 もっとも、非公式ながら100億円という具体的な目標を配給サイドや興行サイドが掲げるのには、一定の効果があるからだろう。まさに先ほども名前が挙がった6年前の劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』の公開時に、登場キャラクターの一人である安室透を「“100億の男”にしよう」とソーシャルメディアで一部の観客がファンダム運動を起こしたように、今回の「100億」報道を受けて、『キングダム』のキャラクターの名前や役者の名前を挙げて「〇〇を“100億の男”にしよう」という呼びかけが早くも起こり始めている。作品がヒットして映画館に多くの人が駆けつけること、その作品が久々にアニメーション作品ではなく実写作品であること、それらは喜ばしいことである。しかし、こうしたハッシュタグアクティビズム的なファンダムの運動について、自分は基本的にうすら寒さしか感じない。まして、その根拠がフェイクニュースと呼ばれかねないような数字遊びであるなら、なおさらだ。
宇野維正