21世紀にこんな場所が…子どもたちは飢えて死を待つ 「ここは地獄だ」ソマリアで医師は口にした
最も深刻な子どもたちが集まるこの病室はもちろん、別の部屋のより軽度な栄養失調児らも、驚くほど多くが肺炎を重症化させ酸素吸入を受けていた。待合室には吸引用の酸素ボンベが所狭しと並ぶ。 肺炎を引き起こす病原体は(1)細菌(2)ウイルス(3)その他の微生物―に大きく分けられる。乳幼児で肺炎が重症化するケースは細菌由来が多い。中でも「肺炎球菌」の感染が最も危険なものの一つとされ、日本では2013年、子どもが原則無料で受けられるワクチンの定期接種が始まった。 モガディシオで流行する肺炎がどの病原体によるものかは不明だ。栄養失調で抵抗力の落ちている子どもたちは、ウイルス性の肺炎でもたやすく重症化してしまうのかもしれない。一方でユニセフの栄養士マハド・トゥリャレさん(37)はこんなわだかまりが拭えない。「肺炎球菌ワクチンの接種が受けられれば事態はまったく違ったのではないか」 マハドさんによると、ソマリアの子どもたちが一般的にアクセスできるワクチンははしかやBCG、ポリオといった基礎的なものに限られる。「皮肉なことに、最も感染症への抵抗力の弱い人々が、最もワクチンで守られない状況に置かれているのです」
▽滞在中も「2回爆発」 「果たしてソマリアのこの悲惨な実情を世界にどうやって伝えればよいのでしょう」。ユニセフ・ソマリア事務所のビクター・チンヤマ報道官(54)は苦悩を率直に口にした。世界中から要人やメディアを集めて現場を見せたいが、「テロのリスクが高過ぎて現実的ではありません」。バナディル病院でも2011年に建物内で爆発があり、複数の負傷者を出した過去がある。 今回の取材の終盤、チンヤマさんはこう明かしてきた。「実はあなたが滞在したここ数日ですら、モガディシオでは2回の爆発がありました」 ソマリア滞在中、しばしば米国の作家アーネスト・ヘミングウェー(1899~1961年)の代表作の一つ「武器よさらば」の最終場面を思い出した。第1次大戦でイタリア志願兵となった米国人の主人公は看護師の女性と知り合う。女性は主人公との子どもを身ごもる。 しかし母子は難産で死線をさまよう。不安の中、病院で待つ主人公は「きょうび、出産で死んだりすることはないのだから」(新潮文庫・高見浩訳)と自分の心に言い聞かす。
100年以上前の戦争を舞台とした小説の一節が浮かんだのは、21世紀も四半世紀を迎えようとする中「きょうび、飢餓で死んだりすることはないのだから」と目を背けたくなったためだろう。 それでも目の前の現実は雄弁だった。世界には今なおバナディル病院のような場所が残っている。われわれが生きる時代の一つの側面だ。