オールスター開幕で振り返る名場面 「江川卓」の9連続奪三振“失敗”の裏にあった「幻の珍記録」への挑戦
「絶対に打ってみせる」と心に念じた大石
掛布雅之(阪神)のタイムリーで2対1と勝ち越した直後の6回、3イニング目のマウンドに立った江川は、伊東勤(西武)を2-2からカーブで空振り三振に打ち取ったあと、代打・クルーズ(日本ハム)にはオール直球勝負の3球三振。3球目はこの日最速の147キロを計測した。 ついに江夏の記録まであと1人。スタンドのボルテージも最高潮に達するなか、次打者・大石大二郎(近鉄)は極度の緊張状態で、何度も深呼吸をして打席に入った。「最後のバッターになったときは、ものすごいプレッシャー。『ベンチに代打はいないんですか?』と聞いたけど、聞こえなかったみたい」。 腹を括って打席に入ると、捕手の中尾孝義(中日)に「三振してやれよ」と言われたが、「冗談じゃない」と首を振った。 「(三振したら)パの恥ですからね。絶対に打ってみせる」と心に念じた大石だったが、初球は144キロ、2球目も145キロの速球を決められ、たちまち0-2。あと1球と追い込まれた。 「江川さんの速球は見えんぐらい速かった。2球ストライクで、“もうあかん”いう気がしたほど。3球目、真っすぐやったら、三振やったでしょう」。 ところが、直後、江川は中尾のストレートのサインに首を振ると、3球目に外角低めカーブを投じてきた。当時江川は「カーブはボールにするつもりだったんです。その次にストレートで勝負しようと思っていた」と説明している。 だが、そのカーブが“命取り”となる。大石は泳ぎながらもかろうじてバットに当て、力のないゴロがセカンド・篠塚利夫(巨人)の前に転がった。 その瞬間、スタンドからは大きな落胆のため息が漏れ、全セのベンチでも全員が「何でストレートで押さなかったか。もったいない」と歯ぎしりした。
カーブを投げたのは「前代未聞の珍記録にチャレンジするため」
試合後、江川は「9連続は江夏さんがやっているし、ちょっと性格的に抜けている僕は、2番目の8連続がいいところ。いい思い出になっただけで満足です」と屈託なく語ったが、実は、大石にカーブを投げたのは、前代未聞の珍記録にチャレンジするためだったという“秘話”が存在する。 宇都宮ミゲル氏の著書「一球の記憶」(朝日新聞出版)によれば、それは、大石を振り逃げで出塁させることによって、“江夏超え”の10連続三振に挑むというものだった。 オールスターの1週間くらい前、親交のある漫画家・水島新司氏と食事をした際に、振り逃げも記録上三振になるので、「規定の3イニングなら18個の三振が記録できるんじゃないか」という話が出て、これがチャレンジのきっかけとなる。 8連続三振を取ったときに、この話を思い出した江川は、「江夏さんを超えようという気持ちは全然ありませんでしたが、オールスターで10個の三振を取れるということを証明するのが面白いと思ったんです」と考え、カウント0-2からカーブを投じた。 だが、故意に振り逃げを狙うことの是非や中尾がパスボールしたら可哀相だと躊躇する気持ちが頭の中で交錯し、結果的にワンバウンドするほどのカーブにならなかったという。 もし、江川が球宴史上初の10連続三振を実現していたら、大きな反響を呼んだことは間違いないだろう。 しかし、振り逃げを含む“不思議な新記録”よりも、もしストレートを投げていれば9連続も達成できていたかもしれないのに、「8」でストップしたという現実のほうが、“伝説の剛腕”江川らしい結末に思えてならない。 久保田龍雄(くぼた・たつお) 1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。 デイリー新潮編集部
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