『君たちはどう生きるか』なぜゴールデングローブ賞に? 現地記者が見た、日米での評価の違い
宮崎駿監督による映画『君たちはどう生きるか』が、1月7日に発表された第81回ゴールデングローブ賞(2024年)の最優秀長編アニメーション映画賞を受賞した。 日本国内では2023年7月、大規模な宣伝や試写会を行わず、謎の鳥のイラストのみが明かされるという状況で公開されたが、オープニング4日間で21.49億円という幸先の良いスタートを切った同作。一方、宮崎駿監督の作家性が強く出た作風に対する評価は絶賛派と酷評派で二極化し、2024年1月現在、国内の興行収入100億円割れで当初の勢いは失速したと見る向きが強い。 対して、北米では2023年12月8日に公開されるやいなや、興行収入でランキング首位となるなど、ジブリ史上最高額を記録している。今回のゴールデングローブ賞受賞で、さらに勢いを増すことは間違いなさそうだ。 米国で同作はどのような点を評価されたのか。米ロサンゼルス在住の映画ライターで、本年度のゴールデングローブ賞の選考にも携わった平井伊都子氏に聞いた。 「ゴールデングローブ賞は2021年に運営体制や選考メンバーの偏りに対する批判が相次ぎ、2023年に組織改革が行われました。第81回目の今年は世界各国から300名以上のジャーナリストが投票する体制となったため、よりグローバルな視野を持つ投票者による評価となっています。宮崎駿監督は世界的にも非常に有名で、米国のみならず世界中の映画祭が新作を求めている状況でした。最優秀長編アニメーション映画賞の受賞は、ゴールデングローブ賞の体制がグローバルなものへと変わったことで、本来の宮崎駿監督作品への評価が浮き彫りになった結果と言えそうです」 『君たちはどう生きるか』は、1937年に刊行された吉野源三郎による小説から題を取っているものの、映画のストーリーとは無関係であると公言されている。一方、映画の中で小説『君たちはどう生きるか』は重要なアイテムとして登場しており、ともに少年の成長物語であるという共通点も見出せる。複雑な文脈もまた、日本での評価を二分する要因になったと見られるが、米国ではどのように捉えられたのか。 「『君たちはどう生きるか』の英題は『The Boy and the Heron(少年とサギ)』で、鈴木敏夫プロデューサーの意見で変更されたようです。GKIDS(北米配給)の担当者によると、小説の映画化であると勘違いする人が多かったために、小説のタイトルから離れたいという思いがあったようです。その効果もあってか、米国の観客は細部を考察するというより、ストレートな少年の成長物語として鑑賞している方が多いように感じます。サギの中におじさんが入っているとか、随所に散りばめられた不思議な表現も、本流のアニメーションとしての力強さ、圧倒的なイマジネーションとしてそのままに受け止めているのではないでしょうか」 一方、アオサギがその形態によって敬語とぞんざいな言葉遣いを使い分けている箇所などのユニークさは「英訳では伝わりにくい部分」だという。 「欧米には、日本や韓国のような敬語の文化がないため、アオサギの言葉遣いの変化はあまり理解されていないと思います。日本語がわからないと楽しめない部分を作ったのは、むしろ海外の観客を意識したからかもしれません。実際、アオサギの言葉遣いのことを現地の方に説明すると、日本語の特性を活かした表現だと知って興味を持ってもらえます。とはいえ、日本語がわからないと十分に楽しめないというわけではなく、英語吹き替え版ならではの楽しみもあります。声優陣が非常に豪華で、注目の若手俳優ルカ・パドヴァンが主人公の眞人(山時聡真)役を務めているほか、眞人の父・勝一(木村拓哉)を『ダークナイト』トリロジーのクリスチャン・ベール、アオサギを『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(2022)のロバート・パティンソンが務めるなど、映画ファンにはたまらない面子が揃っています。これだけの俳優陣を起用しながら、キャスティングに苦労することは全くなかったらしく、宮崎駿監督が米国でどれだけ支持されているかが伺えます」 ゴールデングローブ賞はアカデミー賞の前哨戦ともされているが、その意味では音楽も注目したいポイントだという。 「同作の音楽を担当した久石譲もゴールデングローブ賞作曲賞にノミネートされ、米国で非常に高い人気を誇っています。映画公開の少し前にロサンゼルスのハリウッド・ボウルでコンサートを行った際は、アンコールで『君たちはどう生きるか』から1曲を演奏してくれたのですが、その際の観客の大歓声は凄いものでした。アカデミー賞の作曲賞にノミネートされる可能性は高いと見ています」 国際的な評価がいよいよ高まっている『君たちはどう生きるか』。日本では賛否があった作品だが、グローバルな映画界において代表作とされるのは本作なのかもしれない。
松田広宣