【疑惑の県警】報道機関を強制捜査し、内部告発した取材源を特定!鹿児島県警「前代未聞の暴挙」は憲法違反だ
従来は抑制的だった捜査機関
こうした報道界の考え方も背景にあって、現憲法下で日本の検察・警察は、取材源を探す目的で報道機関を捜索など強制捜査したり、取材源に関わる資料を押収したりすることについて、これまできわめて抑制的だった。そうした前例はほぼなかった。法務大臣ら政府当局者は「いわゆるニュース・ソースの秘匿性というようなことにつきましても、検察当局として十分これを尊重しなければならぬ」との考え方を繰り返し明らかにしてきている。 のちに検事総長となる松尾邦弘・法務省刑事局長は、取材源の秘匿について「大変重要なこと」「最大限尊重する」と国会で答弁し、捜査にあたって「そういう重要性も当然念頭に置きまして、それを最大限尊重するような運用をする」と約束し、したがって、「報道機関が取材の過程で行っている通信につきましては、基本的には通信傍受の対象としない」と明言している。 これは通信傍受(盗聴)だけでなく、証人尋問や捜索・差し押さえについても適用されるべき考え方であり、現にそのように運用されてきた。「取材源の秘匿…に関しましては…現在の社会においてそれが非常に重要な機能を果たしている、最大限に尊重すべきもの」との原則が現に捜査当局内部で遵守されてきたことについては、筆者自身が検察官に取材してきた経験でも裏付けることができる。
米国では報道機関への強制捜査は原則禁止…自由な民主主義国家ではあってはならない事態
米国では2013年に、記者のGメールの記録をグーグル社から差し押さえたり、報道機関の電話のメタ記録を電話会社で差し押さえたりしていた事例が発覚し、大問題となって、オバマ大統領の指示で司法省が「改革」をおこない、以後、そうした運用を原則禁止にした。 米司法省の現行規則は、報道機関の取材資料を押収する目的での強制捜査を明文で原則禁止としている。例外はテロ攻撃、誘拐など人命や人体への急迫もしくは具体的な危険性を避けるなどの目的がある場合に限定しており、「匿名の取材源から秘密情報を受け取っただけの場合にもこの禁止は適用される」と念押しするように明記している。日本の捜査当局が「取材源の秘匿を最大限に尊重する」と累次表明してきたのと同じ考えにもとづく。 筆者の私見によれば、こうした規範は、報道機関や記者に特権を与えようと意図しているのではなく、「自由で独立した報道が我々の民主主義の機能性に不可欠」だからその実現のために捜査権限を縛ろうとしたものであり、憲法に由来する。すなわち、国民主権を定め、報道の自由を保障した憲法に適合するように法令を解釈した結果がこうした規範(日本では不文律、米国では司法省規則)であり、それを破る運用は憲法違反となる。 警察が犯罪捜査の権限を使って、報道の取材源の探索を本気で始めたら、スマホの位置情報や街頭のカメラを組み合わせて、だれであってもその行動をまるはだかにできる。そんな捜査が当たり前になると、だれも公益通報できなくなり、不正の真相は闇から闇へと蓋をされる。 暗黒社会への転落は杞憂ではない。治安維持法施行下の戦前・戦中や、中国やロシアでのことならあり得ることではあるのだろうが、自由な民主主義国家で、警察が報道機関の事務所に強制捜査に入って、取材源に関する資料を押収するなどということは、大手新聞社であろうが、小さなネットメディアであろうが、あってはならない。 筆者:奥山俊宏(おくやま・としひろ) 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』の編集も担当。2013年、朝日新聞編集委員。2022年、上智大学教授(文学部新聞学科)。 著書『秘密解除 ロッキード事件 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。公益通報関連の著書としては、『内部告発の力: 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年)、『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』 (共著、朝日新書 、2008年)がある。