『大奥』は後世に語り継がれるドラマに 受け継がれてきた思いが最後に起こした奇跡
江戸の街を無事に守りきった和宮(岸井ゆきの)と胤篤(福士蒼汰)
大奥は、戦乱の世を生きた経験から、平和な世の中を強く願う春日局(斉藤由貴)によって創設された。徳川の権威を保つには、将軍の血筋を絶やさないことが最善の道と彼女は考えたのである。しかし、実際に人々の平穏な暮らしを守り、繋いできたのは血縁ではない。この世の悲しみを少しでも減らすために心血を注いできた者たちと、その姿に心動かされた者たちの、思いの連なりだ。 たとえ子孫が残せず、死んで跡形がなくなっても、人は誰かの心に生き続けることができる。無念でさえもその真摯な思いは誰かに受け継がれ、次の世を形作る。家茂が帝から賜った宸翰が西郷と交渉する和宮を助け、家定が胤篤と同じ時を刻んだ懐中時計が大奥と心中しようとした瀧山の命を繋いだように、生きている者が故人に救われることもある。そうした奇跡を起こせるのが、人間の尊さなのではないだろうか。 最終的には徳川の血を引かぬ、むしろ本来は対立する立場にあった胤篤と和宮によって江戸の町は火の海にならずに済んだ。代わりに江戸城は新政府軍に引き渡され、大奥という鳥籠からは一羽、また一羽と鳥たちが翼を羽ばたかせて大空へと飛んでいく。3年後、胤篤は貿易業を始めた瀧山と共にサンフランシスコへ向かう船の中にいた。彼は、日本初の女子留学生の一人に「この国はかつて代々女が将軍の座についておったのですよ」と闇に葬り去られた“大奥”のまことの物語を聞かせる。その少女こそ、2024年発行の新5千円札に採用が決まった津田梅子。彼女が開いた女子教育の扉の先に、今の私たちがいる。 もしかしたら、本当にこの国はかつて代々女が将軍の座についていたのかもしれない。錦の御旗のように人は信じたいものを信じる生き物だから。そうすることで力が湧いてくるのなら、信じてみるのも悪くはないだろう。よしながふみが史実を織り交ぜながら描いたパラレルワールドの大奥200年以上の歴史を、それこそバトンで思いを繋ぐように大勢のキャストとスタッフが大事に紡いできた本作。1つの物語が終わる瞬間はいつも寂しい。けれど、私たち一人ひとりの心が住処となって、このドラマも後世に語り継がれていくはずだ。
苫とり子