今夜必ず見たくなる! ドラマ『SHOGUN 将軍』──真田広之が手掛けたハリウッド大作、ヒットの理由と見どころを解説
シーズン1の最終回を迎えるとともにシーズン2・3の制作が決定した全米大ヒットドラマ『SHOGUN 将軍』。戦国時代、天下分け目の戦いへと向かっていく中、そこに生きた人々の”駆け引き”を圧倒的なスケールで描いた時代劇だ。ハリウッドと真田広之が本気を出した戦国スペクタクル、そのヒットの理由を探る。 【写真を見る】徳川家康から着想を得た真田広之や浅野忠信を見る
ハリウッドに吹く風を読む
「わしは風を操ったりはせぬ、読むだけじゃ」――アニメやゲームなどの日本発IPの興隆、Kポップの躍進や映画産業の変化で高まるアジアの存在感、それに伴う外国語(韓国語や日本語)の作品を字幕で楽しむ文化の普及――将軍のごとき眼差しで、この風を読む真田広之はついに動いた。時はきた――。 ■"日本のドラマ"が大ヒット 2024年2月27日からディズニープラス「スター」で配信が開始され、現在全10話が独占配信中のドラマシリーズ『SHOGUN 将軍』が北米を中心に世界的に大ヒットしている。FXプロダクションが制作したドラマシリーズのオープニング記録を塗り替える再生数でスタートし、最終回を迎えたあともファンや批評家の評価は高く、エミー賞での受賞も期待されている。日本制作ではないものの、出演している役者や日本語がメインの脚本、日本文化の再現度の高さから、ビックバジェットで作られた"日本のドラマ"にしか見えない本作が、ここまで注目されているのは快挙だろう。 しかし、なぜか日本国内ではアメリカのように盛り上がっていないのが現状だ。未だに地上波のテレビドラマの存在感が強い日本において、配信作品で「現象」となるのは難しいのだろうか? 地上波で『SHOGUN 将軍』が放送されて、お茶の間の度肝を抜く世界線も見てみたかったがそうも言っていられない。シーズン2、シーズン3の制作も決定したので、まだ未見の方はこのタイミングでチェックしてみてほしい。 ■舞台は「関ヶ原の戦い」前夜の日本 物語の舞台は1600年の日本、内戦状態だった戦国時代を終結させた太閤の亡き後、幼い世継ぎが元服するまでの間、統治を任された「五大老」の一人、関東を納める吉井虎永(徳川家康からインスパイアされたキャラクターである)と、大阪城の城主である石堂和成(モデルは石田三成)の対立が表面化し、天下分け目の決戦「関ヶ原の戦い」が始まろうとしていた。一方、大航海時代のヨーロッパでは、宗教改革によりカトリックとプロテスタントが対立。カトリックの優位を保ちたいポルトガルとスペインはアジアやアフリカへ進出し、植民地支配、帝国主義の種を蒔いていた。そんな中、イギリス人航海士のジョン・ブラックソーンは、カトリック教会のイエズス会が貿易と布教を独占している日本に漂着し、名前を「按針(あんじん)」として、日本での生活を始める。虎永と按針は出会い、戦況が変わる予感を抱く。 ■三船敏郎から真田広之へ 原作は1975年に発表されたジェームズ・クラベルの小説『将軍』で、1980年にはアメリカのNBCでドラマ化され話題となった。1980年版の『将軍』は按針視点で物語を進行させていたため、日本の俳優の台詞を英語のナレーションで処理するシーンもあったが、今回の『SHOGUN 将軍』はそうではない。当時60歳の三船敏郎が演じた虎永のバトンを受け取った真田広之は、本作のプロデューサーまで務め、作品を成功へ導いた。「関ヶ原の戦い」での勝利、その計画を八重垣に守られた心の奥にしまいながら、虎視眈々と策を張り巡らせていた虎永同様に、真田広之もまた、ハリウッドに身を置きながら、この時を待っていたのだろう。 ■真田広之のハリウッド初主演作 真田広之は1982年に香港で製作された映画『龍の忍者』で海外進出し、その21年後の2003年『ラストサムライ』でハリウッドデビュー、そこから様々な映画やドラマシリーズに出演し、ハリウッドでの存在感を高めていった。2018年のドラマシリーズ『ウエストワールド』シーズン2では「将軍ワールド」と呼ばれるテーマパークのホスト(ロボット)の一人を演じたのだが、ここで描かれる日本の風景が「あくまでテーマパークである」という割り切りがあってもなかなか厳しい(作品自体は面白いのだが)。そこから6年、その雪辱を果たすかのように、今度はプロデューサーとして参加した『SHOGUN 将軍』の見事な日本描写を見ると感慨深い。『ラスト サムライ』から21年、真田広之は本作でようやくハリウッド初主演となる。 ■風を読むふたりのキャラクター 『SHOGUN 将軍』は大きく三幕に分けられる。1幕目の1話から3話では虎永と按針が出会い、徐々に関係を深めていく過程が描かれ、80年代版では虎永が按針に「ダンス」を教えてもらうというシーンがあったが、今回はそれが「海への飛び込み」になっている。戦局を読む武将の虎永と、風を読む航海士の按針は対となるキャラクターで、3話のラストで2人が一緒に海へ飛び込むシーンは象徴的だ。按針に何度も何度も海へ飛び込ませて、それをじっと観察しながら、やり方を覚えようとする虎永の姿に、ハリウッドという大海に飛び込む真田広之の姿をどうしても重ねてしまう。 ■ハリウッドが作る日本の時代劇 2幕目の4話から7話では、4話のピストルや大砲の火薬に始まり、6話のロウソク、7話の線香と、火と煙のモチーフで「関ヶ原の戦い」に徐々に近付いていく様子が描かれている。撮影監督の一人であるクリストファー・ロスは日本の建築様式のライティングの難しさを「縁側があるため、日の光が部屋の奥深くまで届かず、光は畳から跳ね返って上方に放射し、それを受けた木製の天井から暖色系の光として跳ね返される。これは西洋の映画照明技法からすると、 真逆の方法だ。」と語る。夜の暗さも含め、中世の日本を効果的に見せるために工夫されたライティングと撮影による画面のルックは、日本の時代劇でありながら、現在のハリウッド作品のトーンアンドマナーで作られているのが新鮮だ。奇しくも、『SHOGUN 将軍』と近いタイミングで公開された北野武監督の『首』は、日本の時代劇映画の歴史をしっかり踏襲した素晴らしい画作りの作品だったので、そちらと比較してみるのも面白いだろう(ちなみに浅野忠信はどちらの作品にも出演している)。 ■豪華俳優陣による「不通」の会話劇 5話では枯山水と庭師、地震というキーワードで、日本文化と大地がいかに共生してきたかを描きながら、キャラクターたちのコミュニケーションにも文字通り「亀裂」が入る。本作は台詞以外の演技によるコミュニケーションが雄弁な作品であり、按針が通訳を介さないと会話ができないキャラクターという設定もそれに拍車をかけている。劇中で繰り広げられているのは空気の読み合いという「不通の会話劇」にもかかわらず、観客は俳優の見事な演技をとおして察することができるのだ。浅野忠信や二階堂ふみ、Apple TV+のドラマシリーズ『Pachinko パチンコ』での演技も素晴らしかったアンナ・サワイなどの有名どころはもちろん、ハリウッド作品の(日本の芸能界とは違う力学による)キャスティングでなければ実現しなかったであろう俳優たちの会話劇は本作の見所のひとつだ。 ■所作へのこだわり 3幕目の8話から10話、いよいよ「関ヶ原の戦い」の行方を左右する一手が打たれる。時代考証をしっかりすればするほど、現代の視点からみれば、ほとんどファンタジーの世界に見える中世の日本を再現するために、プロダクション・デザイナーのヘレン・ジャーヴィスは「最初の2エピソードのために、大規模な長編映画に匹敵する分量のセットを建設した」と言う。しかし、撮影が行われたカナダのバンクーバーのスタジオや屋外に建設された見事なセットや美術だけではなく、この世界に説得力を与えているのは役者たちの「所作」だ。 礼などの日常の動作や殺陣に至るまで、とにかく「所作」の美意識が作品全体のトーンを決定付けており、それはクライマックスの「関ヶ原の戦い」の描き方にも顕著である。大勢の人間が入り乱れる白兵戦よりも、武将が振り上げる刀のほうが美しいのだ――ラストにおいて、その後の江戸幕府による「鎖国」や「禁教令」を示唆するように、船を何度も沈める権力者と、それを何度も引き上げる市井の人々の姿が映され、本作は幕を閉じる。1603年に徳川家康が創立した江戸幕府は、その後、約260年の長きにわたって日本を支配した。 ■シーズン2は未知の領域へ さて、シーズン2とシーズン3の制作が決定した『SHOGUN 将軍』だが、シーズン1の10話で原作小説のエピソードをほとんど使い切っているため、これからどうなるのかまったく予想できない。10話の直後から物語を始めて「大坂冬の陣・夏の陣」を描くのか、もしくは前日譚として明智仁斎(明智光秀)の「本能寺の変」を描くのか。はたまた時代を跨ぎながら江戸幕府の終焉「大政奉還」まで描くのか、それとも史実から大きく離れ、完全なフィクションとしての日本史を描くのか。いずれにせよ、ここからは未知の領域だ。 ■2020年代の『ゲーム・オブ・スローンズ』 『SHOGUN 将軍』は中世を舞台にした政治ドラマという点で、2010年代を代表する大傑作ドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』と比較されている。資本主義の競争と気候変動、グローバリズムの功罪を描いた『ゲーム・オブ・スローンズ』、そして、その前日譚となる『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』では、二項対立と内戦(冷戦)による国家の崩壊が描かれていく。2010年代から2020年代にかけての世界情勢を、ドラゴンが飛び交う架空の中世ヨーロッパというアナロジーで総括するシリーズに対して『SHOGUN 将軍』はどうだろうか。もしかすると、グローバルサウスとBRICS経済圏の時代の訪れと西側諸国の衰退を予感させる2024年において、大航海時代まで遡り、西洋中心の「近代」を再定義するシリーズになるのだろうか? このドラマが時代の風をどう読むのか、浅野忠信が演じた藪繁のように虎永に聞いてみたいところだ。 『SHOGUN 将軍』 ディズニープラスの「スター」にて全話独占配信中 ©2024 Disney and its related entities Courtesy of FX Networks
文・島崎ひろき、編集・遠藤加奈(GQ)