【プレイバック’94】シンナーだけの絆…大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人 加害者少年少女の「乱行」
10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックをいまふたたび振り返る【プレイバック・フライデー】。今回は30年前の1994年11月4日号掲載の『3人を惨殺 愛知・岐阜連続リンチ殺人 8人「シンナー漬け」の異常』を紹介する。 【戦慄】まるで首を切られたみたいに…被害者2人が暴行を受けて死亡した凄惨リンチ現場 1994年の10月6日深夜から翌日の7日深夜にかけて、3人の男性が集団による暴行を受けて死亡した。逮捕者のうち主犯格とされた3人はいずれも18~19歳の未成年者であり「少年犯罪史上まれに見る凶悪事件」といわれる事件だ(以下《 》内の記述は過去記事より引用)。 ◆見ず知らずの2人に因縁をつけて 《「1人は首から肩にかけて血がダーッとかかって、まるで首を切られたみたいでした。もう1人は片方のズボンが太ももの付け根から破れ、腰のあたりが血に染まってました。遠くからでも顔や脚が蒼白なのがわかりました」(目撃者)》 1994年10月8日の早朝に長良川の河川敷で無残な姿となって発見されたのは、愛知県尾西市の会社員・Aさん(当時20)とBさん(当時19)だった。2人を襲ったのは男女6人のグループで7日夜、愛知県稲沢市のボウリング場でAさんらに「お前ら、どこのもんや」と因縁をつけ、車に乗せて連れ回したあげく、鉄パイプなどでメッタ打ちにして殺害。遺体を河川敷に放置したのだ。 岐阜県警はこの事件で10月13日に稲沢市の無職・佐藤悠人(仮名・21)と無職の少女(19)を逮捕した。さらに彼らの仲間の少年と少女から事情聴取したところ、もうひとつのリンチ殺人が判明し、この2人も逮捕される。そして彼らの供述通り、愛知県木曽川の河川敷から稲沢市の土木作業員・Cさん(当時22)が変わり果てた姿で発見されたのだった。 翌14日深夜にはこの2件の殺人等で指名手配されていた主犯格の少年X(当時19)が出頭。15日には、やはり指名手配されていた秋山真司(仮名・当時20)が逮捕され、この時点で7人が検挙された。 本誌の記事では事件の概要を次のように伝えていた。 ◆シンナーをかけ、火をつけて堤防から突き落とした 《少年グループが最初のリンチ殺人を行ったのはさる6日。佐藤容疑者の自宅に集まった彼らはシンナーを吸ったり、酒を飲んだりしていた。そのうち女性関係のもつれからCさんとXが口論になり逆上したXはCさんに殴りかかった。これを見ていた残りの仲間のうち5人がリーダー格のXに加担、ビール瓶などでCさんをメッタ打ちにした上、車に乗せて木曽川河川敷まで移動、苦しむCさんにさらに暴行を加え、シンナーをかけ火をつけて堤防から突き落とすという残忍な犯行に及んだのである。》 本誌の取材に対してCさんの母親の友人は次のように証言していた。 《「Cくんは6日の夕方出かけたまま連絡がなくなった。ところが7日になって佐藤(容疑者)から『Cはおるか』と電話が入ったんです。それから逮捕されるまで毎日ね。自分で殺しておきながら……信じられませんよ」》 犯行グループはシンナーを通じての知り合いで、お互いをほとんど知らない者もいた。佐藤容疑者も同様にシンナー常習者だった。近所の商店に現れてはパン屋で弁当を万引きしており、彼が立ち去ったあとは店がシンナー臭かったという証言もあった。そんな佐藤容疑者らとつき合いのあったCさんだったが、事件直前はそれまでと様子が違ったという。 《「今年6月、父親が亡くなってからシンナーはぴたりとやめ、見違えるほど真面目に働いていた」(知人)》 真っ当になろうとしていたCさんの思いは無残にも踏みにじられることとなった。そして犯人グループの異常さはCさんを殺害した翌日に、見ず知らずのAさん、Bさんを殺害していることだ。中学時代の渡辺さんらを知る教師は憤った。 《「なんで彼らが殺されなくちゃならないんですか。2人とも超の字がつく真面目な子だったのに」》 3人の若者の未来は無軌道なリンチ殺人によって、あまりにあっけなく踏みにじられてしまった。 ◆4人目の殺害も発覚した 事件はこれで終わりではなかった。その後、Xの供述から、岐阜のCさんの事件の8日前となる9月28日に大阪・ミナミで通りがかりの男性Dさん(当時26)を殺害し、高知・室戸岬に死体を棄てていたことが発覚。事件には当時からXと親しくしており、愛知・岐阜の事件にも関与しているとみられていたY(当時19)とZ(当時18)が関わっていた。Dさんの事件の後、恐喝事件を起こしてXの地元である愛知県に逃走したこの3人が、最終的に岐阜・愛知の事件でも主犯格とされた。Yは別の事件で大阪で逮捕されており、Zも1995年1月18日に和歌山市内で逮捕されている。 一連の事件で10人の男女が逮捕された。主犯格のX、Y、Zはいずれも事件当時は未成年だったが、’05年の名古屋高裁の控訴審で3人とも死刑判決を受け、’11年4月に最高裁への上告が棄却され、死刑が確定している。佐藤被告は1996年3月に殺人ほう助で懲役3年、執行猶予4年、Aさん、Bさんを連れ回したときに運転手役をつとめた秋山被告は1997年3月に傷害致死ほう助、強盗致傷ほう助で懲役3年、執行猶予4年(保護観察つき)の有罪判決を受けた。’19年10月現在、Xは東京拘置所に、YとZは名古屋拘置所に収監されている。 主犯格の3人は出会ってから事件を起こすまでに1ヵ月ほどしか経っていない間柄だった。それ以外の加害者たちも、「シンナー」という共通点のみで数回出会った程度だった。 1995年3月に行われた公判では、Xが犯行グループにいた少女2人について、「事件のことをしゃべりそうだから、2人とも殺すぞ」と少年の1人に話していたことが判明した。少年が少女にそのことを告げて警察にXを捕まえてもらおうとしたことから事情聴取され、Cさんの事件が発覚したという。 Xが仲間たちから恐れられていたことに加えて、このような希薄な人間関係の中での集団心理が「殺人」という犯罪の重みを軽くしてしまったのではないかという指摘もあった。だが、4人の若者の未来を奪った罪は決して軽くなることはない。
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