笠井アナ「死んでも悔いはない」悪性リンパ腫と自力で闘った地獄の14日間
悪性リンパ腫の闘病中にペヤング。がんの経験で気づいたQOLを上げる大切さ
神田先生: 悪性リンパ腫と診断されて、治療はどうでしたか? 副作用が大変だったのではないですか? 笠井さん: さまざまな副作用が出ました。自分は男なので頭の脱毛については耐えられましたが、困ったのは眉ですね。治療が終わり退院する頃にすべて抜け落ちました。ありがたいことに退院後はたくさんお仕事が入っていたのですが、眉がないと人相も変わってしまって、テレビに出たくないと思いました。 神田先生: どうされたのですか? 笠井さん: 見よう見まねで、自分で眉メイクをしていました。先生の患者さんはどうされているのですか? 神田先生: 実は、髪の毛の相談を受けることはよくあるのですが、眉の話をすることは少ないのです。眉メイクはご自分でされていたのでしょうか……。 笠井さん: 髪の毛は帽子で誤魔化せても眉までは隠せないので、がん患者が社会に出るにあたって大きな問題だと思います。私は眉メイクができて初めて「これで社会に復帰できる」と感じました。国立がん研究センターには、アピアランス(外見)支援センターがありますよね。外見をケアしてもがんなんて一つも消えないですが、見た目を整えてQOLを上げることがどれだけ大事か、自分が経験してみて初めて知りました。 神田先生: そうですね。もっと眉のことももっと情報を広げていかないとダメですね。 笠井さん: がん治療と同じくらい、治療の副作用や合併症に対して行う「支持療法」も大事ですよね。 例えば5~10年前の抗がん剤は、副作用で毎食吐くほどだったと聞きましたが、私は一度も吐きませんでした。制吐剤が効いていたからでしょうか。 神田先生: 最近の制吐剤は、かなりよくなっていますね。 笠井さん: かといって病院食が毎日食べられたわけではなく、食が進まなくて辛い時期もありました。 神田先生: どのように乗り切ったのですか? 笠井さん: 私、ペヤングカップ焼きそばが大好きで。病院食が食べられない時はペヤングを食べていました。妻には怒られたのですが「栄養バランスが……」「あなたのために」なんて言われて食べたくないものを無理して食べるのは、患者のQOLが下がります。私に言わせれば、栄養バランスなんて健康な方が考えれば良いことです(笑)。 神田先生: その通りです。 笠井さん: え、そうなの!? それは嬉しいです! 良かった~(笑)。 神田先生: 一時的なことなら、栄養バランスはあとから調整できますし、場合によっては点滴で補充もできますから。なるべく自分の口で食べて欲しいです。抗がん剤は味覚も鈍りますからね。ペヤングは味が濃くて良いですよね。持ち込みでも良いので、食べていただきたいですね。 笠井さん: そうですね。普段は料理なんてしない高校生の息子が、卵焼きを作ってきてくれた時は泣きました。私は抗がん剤の怖さしか知りませんでしたが、悪いことばかりではないですね。抗がん剤に抵抗のある方はいますか? 神田先生: 抵抗のない方のほうが少ないですね。 笠井さん: 私は入院中、看護師さんから「抗がん剤」は「幸願剤」、幸せを願う薬剤ですよと教えてもらいました。副作用もありましたが、抗がん剤のおかげで1クール目から痛みがすごく楽になりました。 神田先生: 悪性リンパ腫は、抗がん剤がよく効くタイプのがんで、6割くらいの方が抗がん剤だけで根治に近い状態になりますし、抗がん剤が効かない方や再発してしまった方にも造血幹細胞移植やCAR-T療法(キメラ抗原受容体T細胞療法)などの新しい治療法があります。 笠井さん: 聞いたことがありますが、よく効くみたいですね。 私は抗がん剤が効いたので、ステージ4でも抗がん剤だけで治るのかと思いました。 神田先生: 実際に治療を受けながら、SNSで発信もされていましたよね。 笠井さん: はい。当時まだリンパ腫は「希少がん」と呼ばれる部類でした。私自身も情報収集に苦労したので、少しでも同じ病気の皆さんの頼りになればと思いましたし、情報公開はマスコミの人間としての義務だと思いました。 神田先生: 入院中、医療従事者とのコミュニケーションはどうでしたか? 笠井さん: 昭和患者としての反省があります。痛みをいちいち伝えることに罪悪感があり「おかげさまで大丈夫です」と伝えていました。良くしてくれているのに、痛いと伝えたら失礼だと思って。 神田先生: そういう患者さんは多いですね。 笠井さん: 「痛みスケール」というのがあり、痛みを0(痛みがない)から10(最悪な痛み)に数値化してくださいと言われました。「痛みはどうですか?」だと「大丈夫です」と言いそうになりますが、数字で聞かれると0とは言わないので、これは良い方法です。しかしまた、ヤワな男だと思われたくなくて、8痛いのに「5です」と言って先生にすごく怒られました(笑)。痛みの数値によって治療法が変わるから正直に伝えてくださいと。我慢は美徳だと思っていましたが、それではダメだと学びました。 神田先生: 私も患者さんがどこまで伝えてくれているのか、いつも気になります。 タブレット使ったコミュニケーションなど、どうしたら患者さんが本音を伝えてくれるか色々考えています。 笠井さん: スマホに今の状態を入力する方法もありますよね。 神田先生: 最近は問診にもAIが導入されつつあります。 笠井さん: すごい! それだったら嘘はつかないです。AIには「申し訳ない」とは思わないですからね。 神田先生: 我慢するのが日本の美徳というのは、私も昭和の人間ですのでわかります。 笠井さん: でも、素直に向き合わないと、良い治療が受けられませんよね。私も、もし再発したらAIで問診ですね。正直に答えるようにします(笑)。 神田先生: 笠井さんは、入院中にリハビリもされていましたね。 笠井さん: 自分からお願いしました。ここでも、自分から希望を伝えることの大切さを知りました。 リハビリは、身体機能ももちろんですが、心のリハビリでもありました。コロナ禍だったので面会は禁止され、看護師さんとのお喋りが心の救いでしたが、すぐにナースコールで呼ばれてしまいます。でも理学療法士さんや作業療法士さんは、リハビリ中はずっといてくれるから本当に助かりました。 例えるなら、看護師さんはユニクロの店員さんで、リハビリの先生は美容師さんみたいな感じでしょうか。 神田先生: なるほど。 笠井さん: 入院患者の孤独感って、新たな課題だと思います。コロナ禍で特に感じました。 神田先生: オンライン面会が役に立ちましたよね。 笠井さん: とてつもない救いでしたね。オンラインで繋がるって、こんなに素敵なことなのかと思いました。 当時はWi-Fiが使えない病院がほとんどだったので、入院患者が自由にWi-Fiが使えるともっとQOLが上がると思い、退院してから「病室WiFi協議会」を立ち上げました。 がん治療というとフィジカルなことだけだと思っていましたが、医療者の方は患者のQOLまで考えてくださっていますよね。そこは、闘病生活で強く感じたことです。 神田先生: はい。長期的なQOLまで考えます。例えば、若い患者さんは抗がん剤治療や放射線治療によって子どもができなくなる可能性もありますので、精子や卵子や受精卵の凍結保存などについても、ご本人の希望を聞いてから治療を開始します。 笠井さん: 人生においてものすごく大事なことですよね。凍結保存しておくのにもお金がかかりますか? 神田先生: 今は精子や卵子や受精卵の凍結などに対する助成制度も整ってきています。 笠井さんは闘病から4年が経ち、再発の可能性の高い最初の2,3年の時期を越えてかなり完治に近づいてきていると思います。 笠井さん: そうですね。再発した方に聞くと、皆さん「再発した時のほうがショックだった」とおっしゃります。自分も覚悟はしていますが、負けちゃいけないと思っています。 神田先生: 再発したらもうダメというわけではありません。先ほどの造血幹細胞移植やCAR-T療法など良い治療がたくさんあります。このように悪性リンパ腫の治療は良くなってきていますが、まずは正確に診断することが大事です。悪性リンパ腫は、体の表面のリンパ節が腫れない方もたくさんいて発見が難しい病気です。熱が長く続く、体重が落ちてきたという場合には、まずは病院に行って検査していただけたらと思います。 笠井さん: 定期的ながん検診などで、体の異常をすぐに見つけることが大事ですよね。 神田先生: そうですね。少しでも異変を感じたら早めに受診をしていただきたいです。 笠井さん: 神田先生のお話を聞いて、新しい気づきや共感がたくさんありました。 がんになって良かったなんて、少しも思っていません。辛いことも多く再発も怖いです。 でも、がんになって得られることもいくつもありました。健康である幸せや、家族と一緒にいられる幸せ。がんを経験したからこそ感じられることかと思います。そんな「幸せ貯金」をしていくと「がんになったこの人生も悪くない」と感じられるようになりました。 今闘病中の方、経過観察の方、マイナス思考になってしまうことも多いと思います。そんな時こそプラス思考に転じていくことが、自分にとって新たな人生を生きる力になると強く感じています。 今なかなか良い状況が見いだせない方も、より良い方向に進むことを祈っています。