今注目の中村米吉さん、歌舞伎俳優として自身に課している目標とは? 4月は『夏祭浪花鑑』でお梶役を勤める
江戸時代の初期に“傾奇者(かぶきもの)”たちが歌舞伎の原型を創り上げたように、令和の今も花形俳優たちが歌舞伎の未来のために奮闘している。そんな彼らの歌舞伎に対する熱い思いを、舞台での美しい姿を切り取った撮り下ろし写真とともにお届けする。ナビゲーターは歌舞伎案内人、山下シオン。 【写真】中村米吉さん、撮り下ろし舞台写真(7枚)
米吉さんは、4月の歌舞伎座で『夏祭浪花鑑』で片岡愛之助さんが演じる団七九郎兵衛の女房お梶役を勤める。この役は2023年の尾上右近さんの自主公演で初役として勤めたので、今回は2度目となる。 『夏祭浪花鑑』は大坂で実際に起きた事件を元に、浪花の侠客と妻たちの物語を描いた義太夫狂言。喧嘩沙汰が原因で牢に入れられていた主人公の団七は出牢を許され、女房お梶と倅長吉、釣船三婦は住吉神社の鳥居前で団七を迎える。義理堅い団七平は大恩人の息子である玉島磯之丞とその恋人琴浦を救おうとするが、強欲な舅の義平次がその琴浦を金目当てに悪人に引き渡そうとする。団七がそれを阻もうとして揉みあううち、誤って義平次を斬ってしまうという惨劇だ。 ──『夏祭浪花鑑』のお梶にはどんな印象をお持ちでしょうか? 米吉:私にとって『夏祭浪花鑑』といえば、(中村)吉右衛門のおじ様の団七のイメージがすごく強く、お梶もおじ様のお相手を度々なさっていた(中村)雀右衛門のおじ様のイメージが強いです。昨年、(尾上)右近くんの自主公演「研の會」に『夏祭浪花鑑』のお梶役で出演させていただいた時、雀右衛門のおじ様に教わりました。 お梶は従来の上演では序幕の「住吉神社の鳥居前」にしか出てこない役で、団七と徳兵衛の喧嘩を止めるいわば“留女”としての要素もあるお役です。今の歌舞伎界のトップを走っていらっしゃる(片岡)愛之助兄さんと(尾上)菊之助兄さんの間に入って、3人の見得のような場面になります。役者が役者の大きさで見せていくというのは、歌舞伎の面白さであり、難しさでもあるので、名だたる先輩の間に入ることがそれ相応に見えるお梶を演じなくてはならないと思います。 ──歌舞伎俳優として、ご自身に課している目標はありますか? 米吉:まず、女方として必要とされる役者にならなければならないと思っています。立役さんからはもちろんのこと、歌舞伎界という大きな枠組みからもそうですし、お客様からも米吉でこの役が見たいと思っていただけるようにならなければなりません。 4月の歌舞伎座では(片岡)仁左衛門のおじ様と(坂東)玉三郎のおじ様が『神田祭』に出演されていますが、わずか20分くらいの演目であってもお客さまは大満足で帰っていく。これはおじ様方の芸に裏打ちされているからこそですよね。歌舞伎役者が歌舞伎役者として今まで続けてこられたのは、自分の芸を磨き、先人の築いたものを守り、先人たちのように演じることを目指していくことを続けてきたからだと思います。 また、それと同時に、歌舞伎に関心を持っていただくために、窓口を広げていくことにも取り組まなければなりません。愛之助兄さんも菊之助兄さんもその努力をなさって、実際に歌舞伎の窓口として大きな活躍をなさっていますが、私自身も役者としての魅力をもっと手に入れなければならないと思います。 ──初日を迎えて 4月5日、歌舞伎座にて 歌舞伎座でお梶を演じてみて、どんなことを感じていますか? 米吉:お梶は一度経験しているお役なので、それを演じることは、台詞や動きを把握しているので役には入りやすいです。しかし、お客さまもそれを踏まえた上でご覧になるので、それがある種の枷にもなりますね。 私のニン(役柄が要求する身体と芸風のこと)でいえば、これまで娘や姫といった若い役が多かったので、お梶のような“まみえ(眉)”のない年増のお役の経験はそれほどありません。こういう役柄が身の丈にあってきたと思っていただけるようにならなければと思って演じています。 今回は歌舞伎座という間口の広い舞台で、愛之助兄さんと菊之助兄さんに見合うお梶を目指しています。少しでも大きさや厚みのようなものを出していけるように、日々演じることを積み重ねていくしかないのかと思います。 実際に演じてみて思ったのは、2人に割って入るということは喧嘩を止めることではあるけれど、そこで一度鎮火するのではないということ。喧嘩を止めることが一つの決まりになって盛り上がったところから、またお話が進んでいくという流れを作らなければならないと実感しています。 今回の『夏祭浪花鑑』は上方(関西)の松嶋屋さんの演り方で上演されていますが、これは歌舞伎座で初めてのことだそうです。序幕の床屋の位置が真ん中になっていることや、台詞のやりとりや泥場の見得など播磨屋や中村屋系統の演り方とは少し違うんです。吉右衛門のおじ様(播磨屋)や中村屋の(中村)勘三郎のおじ様の舞台を拝見して見覚え、聞き覚えたものとの違いが、私自身も新鮮で面白いです。 そういうこともあって、お梶を演じる上でも雀右衛門のおじ様を土台としつつ、亡くなられた(片岡)秀太郎のおじ様(松嶋屋)のお梶もイメージして演じたいと思いました。「関西で歌舞伎を育てる会」の自主公演(1986年)として国立文楽劇場で『夏祭浪花鑑』が上演された時の、(片岡)我當のおじ様が団七で秀太郎のおじ様がお梶をなさっている映像を拝見して、上方の演り方に感じるものがありました。松嶋屋の愛之助兄さんをお相手に私がお梶を演じる上で、秀太郎のおじ様のバランスや味わいなどを取り入れていきたいと思っています。『夏祭浪花鑑』を関西の方がなさる意義と(自身の)播磨屋のルーツが関西だということなどをふまえ、上方の歌舞伎への出来る限りのリスペクトを持って勤めることが、上方の芝居であることに意識的にも繋がっていくと思っています。ぜひ劇場でご覧いただきたいです。 中村米吉(NAKAMURA YONEKICHI) 東京都生まれ。父は五代目中村歌六。2000年7月歌舞伎座『宇和島騒動』の武右衛門倅武之助役で五代目中村米吉を襲名し、初舞。2011年から女方を志して、本格的に歌舞伎俳優として歩み始める。2022年7月歌舞伎座『風の谷のナウシカー白き魔女の戦記』にナウシカ役で出演。2023年9月歌舞伎座『金閣寺』の雪姫、2024年1月新春浅草歌舞伎『本朝廿四孝』の八重垣姫を演じた。2024年2月、3月は新橋演舞場でスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』で兄橘姫と弟橘姫役を演じ、35年ぶりに早替りで2役を1人で演じたことも話題に