「人は機械と恋に落ちることはできない」…サブスクからAIまでヨーヨー・マが伝える音楽のススメ
音楽の聴き方として主流になりつつある定額制音楽配信サービス(サブスク)の波は、ついにクラシックにまで押し寄せた。米アップルが、日本語版の提供を開始したサブスク「Apple Music Classical」(AMC)は、初心者からコアなファンまで満足させるため設計されたアプリだ。そのアドバイザーを務めたのは、世界的チェリストのヨーヨー・マさん。リアルなライブから時空を容易に飛び越えるサブスクまで、音楽をどう楽しむか。巨匠の深い思索はAI(人工知能)にまで及んだ。(文化部 金巻有美)
数十のスターリン批判に1分でアクセス、サブスクが届ける“希望”
――AMC開発ではどのような要望をしたのですか?
ヨーヨー・マ(以下「マ」) 「もっとクラシック音楽を検索する簡単な方法があればいい」とアドバイスしました。ポピュラーは楽曲名やバンド名などで検索すればいいのですが、クラシックは楽章など色々な構成の作品があり、あまりにもデータポイントが多いからです。AMCはそれらを満たし、自分の見つけたい音楽をすぐに発見できるようになっています。「いつでも簡単にアクセス」ですね。
例えば先日、私はショスタコービッチのチェロ協奏曲第2番を録音していました。これは、冷戦下で書かれたとても特別な曲で、権力と真剣に向き合おうとした試みでもあります。検閲があったのに、聴いた人はみな理解できる暗号化されたメッセージが秘められているのです。私がこの曲を演奏するのは、スターリンが言ったとされる「1人の死は悲劇だが、100万人の死は統計でしかない」という言葉に抗(あらが)うかのような音楽だからです。ショスタコービッチは「100万人の死は単なる統計ではなく、一人ひとりの死は重んじられるべきだ」と言うために作曲したのだと思います。音楽は声なき人たちの声を代弁するものなのです。
この協奏曲が書かれた1966年当時、私は11歳で、人々が「二度とあのようなことを繰り返してはいけない」と言っていたのを聞いて育ちましたが、今や人々はそのことを忘れつつあると感じていました。しかし、AMCでこの協奏曲を検索すると、ほとんど私より若い人たちによる数十の録音があり、「人々は忘れていないのだ」と大きな希望をもらいました。このアプリで見つけられる全ての音楽作品は、誰かが時間をかけて何かを考え、表現した結果です。本来ならば数週間かけて数十もの録音があることを探し、「ワオ!」と言うのでしょうが、今や1分でアクセスできるようになったのです。