【解説】 先住民議員の英国王への抗議で明らかになったオーストラリアの分断
ハンナ・リッチー(BBCニュース、シドニー) オーストラリアの先住民の上院議員が、チャールズ国王が同国議会で演説した直後に野次を飛ばし、世界中で話題となった。 リディア・ソープ上院議員の「私の国王ではない」という叫び声と「これはあなたの土地ではない」という言葉は、オーストラリアが現在も植民地支配の過去と向き合っていることをはっきりと示した。 しかし、この抗議の「妥当性」に関するその後の議論では、さらに別の事態が明らかになった。オーストラリアの先住民であるアボリジナルおよびトレス海峡諸島民のコミュニティーの中でも、分断が存在しているのだ。 昨年10月、先住民をオーストラリアの「ファースト・ネイション(最初の人々)」として承認し、政府に政策提言するための機関を設置する案が国民投票で否決され、多くの人々が失望した。そして今、先住民らは、長い間求め続けてきた自己決定をどのように実現するかという課題を抱えている。 オーストラリアの先住民は、地球上で最も古い文化をもつ人々として分類されており、少なくとも6万5千年間、この大陸に暮らしている。 しかし1770年にジェイムズ・クック船長が到着し、その後イギリス人が入植して以来、200年以上にわたり、植民地支配の暴力に耐えてきた。そこには土地や生活手段、さらには子供たちまで奪われてきた歴史がある。 その結果、今日に至っても、非先住民のオーストラリア人と比較すると、彼らは健康や富、教育、平均寿命などで深刻な不利益を被っている。 しかし専門家らは、アボリジナルおよびトレス海峡諸島民はオーストラリアの人口の4%にも満たないため、その苦悩が全国的な投票で争点にとなることはほとんどないと指摘する。 そうしてなかで、昨年実施された「The Voice(声)」の国民投票は、例外的なケースだった。 結果は反対が圧倒的多数を占めた。ある主要なデータ分析では、多くの有権者がこのときの提案を、国を分断する効果のないものだと判断したことが示唆された。 また、データではアボリジナルおよびトレス海峡諸島民の大多数が「賛成」に投票したことが分かっているが、その支持は一枚岩ではなかった。 チャールズ国王に抗議したソープ議員は「反対」派の急先鋒であり、提案された措置は形ばかりで、「進歩を偽る安易な方法」だと批判していた。 しかし、先住民ウィジャブル・ウィア=バルの活動家、ラリッサ・ボールドウィン=ロバーツ氏は、「ノー」という結果は、ほとんどの先住民に「屈辱感と拒絶感」を残したと語る。 また、多くの誤情報や偽情報が見られた議論自体が、先住民コミュニティーが今もなお立ち直ろうとしている「人種差別的暴言」の波を巻き起こしたと付け加えた。 ボールドウィン=ロバーツ氏は、昨年の国民投票がもたらした大きな影響として、伝統的な和解への取り組みが「行き詰まっている」という感覚の高まりがあると指摘している。それらの取り組みは長年にわたり、丁寧な対話と教育を通じて、先住民と非先住民の間の溝を埋めようとしてきた。 このような背景のなかで、ソープ議員は議会で抗議を行った。 「私たちを正当に評価しない国とは和解できない」と、ボールドウィン=ロバーツ氏はBBCに語った。「私たちが正義を受けるに値するとは考えていない国とは、和解できない」。 現状を打破するには「新しい戦略」が必要だと、ボールドウィン=ロバーツ氏は言う。同氏は、ソープ議員の行動を「非常に勇敢」であり、多くの先住民が抱えている問題を反映していると捉えている。 「国中の先住民コミュニティーが、私たちの盗まれた子供たち、盗まれた歴史について語っている。しかし、ソープ議員はあの部屋に入ることができた。オーストラリアの上院議員として、自分がメディアの注目を集めるとわかっていた。この問題を人々の話題にすることが重要だ」 アボリジナルおよびトレス海峡諸島民の血を引くダニエル・ウィリアムズ氏も同意見だ。 「昨年実施された国民投票の後、先住民には何が残ったのか? 君主と面会して変化をもたらすにはどうすればよいのか?」と、彼は国営放送ABCの政治討論番組で問いかけた。 「私たちは、200年間にわたる苦痛について語っている。その苦痛はいまだに答えもなく、解決もされていない」 しかし、異なる見方をしている人々もいる。オーストラリアでは、先住民の指導者たちが英王室に自分たちの苦闘を認めるよう嘆願してきた長い歴史があるが、ソープ上院議員の行為は行き過ぎだという人もいる。 同国議会初の先住民女性議員となったノヴァ・ペリス元上院議員は、この行為を「恥ずべき」ものであり、「オーストラリアの先住民全体の礼儀や和解へのアプローチを反映していない」と評した。 議会では上下両院とも、ソープ議員のふるまいを失礼で目立ちたがりの失敗した試みだと片付けた。 その場に居合わせた先住民クンガラカンとイワイジャのトム・カルマ教授は、ソープ議員の抗議は、「植民地化の永続的な影響を認識していない、あるいは理解していない」可能性がある「他の96%」の国民を疎外する危険性があると述べた。 「私は、ソープ上院議員のやり方が、人々をこちら側に引きつけるとは思わない。和解の精神において、我々には仲間が必要だ」 カルマ氏はまた、ソープ議員がチャールズ国王に対して「先住民に条約を与える」よう要求したことは、その交渉は王室ではなくオーストラリア政府が担当することであるため、筋違いであると感じたと話した。 現時点でオーストラリアは、イギリス連邦加盟国の中で唯一、最初の定住民と何らかの条約を締結したことも、建国文書で先住民を承認したこともない国だ。 オーストラリアでは、来年中頃までに総選挙が実施される見通しとなっている。こうしたなか、豪政界は国民投票の議論から急速に離れようとしており、今後の政策については依然として多くの不確実性が残っている。 ボールドウィン=ロバーツ氏にとって、正装した王室支持者の群衆と、その近くで抗議活動を行なう人々の対比は、現在の「オーストラリアの先住民と非先住民の間に存在する大きな隔たりと社会的な現実」を反映していた。 そして、その溝を埋めるためには、「ある程度の清算が必要だ」と同氏は考えている。 「私たちは異なる空間で暮らしている。今でも、この国は大きく分断されている。では、私たちはこれからどこに向かうのか?」 (英語記事 ‘Not my King’ protest row highlights Australian divisions)
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