老化のメカニズムや健康度を研究 豊かな老後を支えるための取り組みとは
ジェロントロジー(老年学)は幅広い学問で、医学のみならず、工学、経済学、心理学、社会学、法学などの研究者が分野横断的に連携しながら超高齢社会のあるべき形を探っています。 【2024年~2025年】百貨店などの商業施設、年末年始のお休みまとめ 金融の取り組みも金融ジェロントロジーとして取り組んでいます。 「老後、第二の人生、余生」という考え方から脱却する取り組みについて解説します。 老齢学の生い立ちと変遷と老化、健康度の現状 老齢学の生い立ちと変遷 ジェロントロジー(Gerontology)= Geront(高齢者:ギリシャ語)+ology(学) ロシア生物学者イリヤ・メチニコフ(1908ノーベル生理学・医学賞)が創って提唱した造語です。 1903「ジェロントロジー」は当初、『なぜ人は老化するのか?』『どうすれば成人病を克服できるか?』即ち『人間の寿命をどこまで延ばせるか』が目的でした。 1987年に米国の老年医学者ジョン・ローと社会科学者ロバート・カーンが『サイエンス』誌に書いた短い論文「サクセスフル・エイジング」から大きく流れがかわり、「人の寿命を延ばす」という当初の目的から「社会の高齢化」の中で、「どうすれば豊かに年をとることができるのか」というステージに移り、さまざまな試みがなされています。 サクセスフル・エイジングは3条件が揃った生き方を共通目標として設定しています<図1>。 (1) 「病気や障害がない」 (2) 「高い身体能力や認知機能を維持する」 (3) 「人生の積極的な関与、社会貢献も含め生きがいを持ち社会に積極的に参加」 具体的な取り組み (1) 人間の加齢変化を身体的、心理的、社会的な側面から捉え老化メカニズム研究。人間はなぜ老化するのか細胞レベルで明らかに。 何をどのように制御すれば老化のスピードを落とせるかも徐々に解明。 (2) 中高年の集団に内在する問題を探り出し解決の手立てを確立研究 人の生活が加齢に伴ってどのように変化? 高齢化に伴い社会がどのように変化していくのかを俯瞰的に捉える研究 (3) 人文学の立場からの研究哲学、歴史、文学、宗教学など (4) 成人や高齢者の知識に応用するための研究、産業老年学でシニアビジネスの理論と実践、教育老年学で老年学のコンセプトやスキル開発等研究 ・年金の受給者あるいは医療や福祉の消費者としてのシニアをいかに社会の支え手へと転換させ社会参画させていくか。持続可能な社会保障制度をいかに確立するか ・認知症患者や虚弱高齢者に対する地域ケアシステムを構築する研究 ・高齢者のQOL向上のための技術開発の研究 「生活のあらゆる側面に関わるジェロントロジー<図2>」は取組の概念図で、幅広い学問で横断的に連携しながら超高齢社会のあるべき形を探っています。 老化、健康度の現状 日本の研究では、約8割の人たちが「後期高齢者」になる75歳前後から徐々に衰えがはじまり、何らかのサポートが必要になっています。 日本の高齢者の男女別の20年間の健康度の変化パターン<グラフ1、2> 出典:秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想 『科学』 岩波書店, 2010 (1) 男性 19% 70歳前に健康を損ねて死亡、重度の介助が必要 女性 12% 70歳前半に自立度1まで急低下し、多くは死亡 (2) 男性 70% 75歳ごろから自立度が落ちていく 女性 88% 70歳前半から緩やかに自立度が低下している (3) 男性 11% 80~90歳まで元気なまま自立度を維持できている 認知症発症率 85~89歳で約4割 90~94歳で約6割 95歳以上で約8割 上昇していきます。 人数は、2030年で830万人、2040年で953万人に増加すると推計されています。 <グラフ3> 年齢別の認知症発症率 出典)金融ジェロントロジーの動向 ニッセイ基礎研究所 <図3>流動性知能と結晶性知能 出典) 高齢期における知能の加齢変化 長寿ネット 年齢による変化は個人差があります。 流動性知能と結晶性知能 人間には二種類の知能;結晶性知能(人間力)と流動性知能(スピードが命)があります。 <グラフ4>は流動性知能、脳機能低下の影響を受けやすく→加齢に伴い低下新しい環境に適応するために、処理のスピード、直感力、法則を発見する能力など 55歳がピークとされています。 <グラフ5>は結晶性知能、学習や経験によって後天的に獲得する能力→加齢に伴い成熟 経験、教育や学習などから獲得していく知能で、言語能力、理解力、洞察力など。 高い人は趣味、地域活動、勉強など様々な活動をしている人が多く、物の豊かさより心の豊かさを求めている傾向があります。 記憶力が衰えていても、理解力がそれを補い高齢でも新しいことを学び、優れた能力や創造性を発揮している例は数多くあり「健康長寿ネット」で紹介されています。 ミケランジェロ…サン=ピエトロ大聖堂の改築を70歳過ぎで手掛け88歳で亡くなるまで、大理石彫刻を続けた ゲーテ…「ファウスト」第2部を完成させたのは、81歳 モネ…視力が衰えていましたが、自宅の庭の「水連池」をモチーフにした連作壁画を完成させ、86歳で亡 チャーチル…66歳~71歳までイギリス首相、77歳で再選。80歳で首相を引退後も、執筆活動を続けました ピカソ…91歳で亡くなるまで、独創的で若々しいタッチの絵画や、彫刻を制作しました 杉田玄白…83歳のときに、「蘭学事始」を完成 滝沢馬琴…74歳のときに、「南総里見八犬伝」を完成 金融ジェロントロジー *金融ジェロントロジーの重要課題* (1) 「資産寿命を延ばす、人生100年を支えるための老後資産の守り方・延ばし方」 (2) 「認知判断能力が低下する顧客への対応…認知判断能力低下時の金融サービスのあり方」 <グラフ6>年齢別資産割合(2020年) 出典)金融ジェロントロジーと資産寿命 長寿ネット資料より筆者加工 *保有している資産* 65歳以上で全体の51% 54歳以下では28% 高齢者が保有している多額の資産の管理は重要課題です。 <グラフ7>加齢に伴う意思決定の緻密性と一貫性の変化 Strough, J., Parker, A. M., & de Bruin, W. B. (2015) 出典: エッセンシャル金融ジェロントロジー 駒村康平 慶應出版 2023 1)サンクコストに対する対応…年齢と共に向上していきます。投資などの損切で、高齢者はあきらめるのは得意。 2)社会的規範への認識(横並び行動、社会ルールは守る)は、60歳がピークで徐々に低下。 3)自信過剰…自分の能力を実際以上であると考えてしまい、認知機能の低下を自分で認識できず、自分の経験や知識に基づく判断力を「過大評価」しやすい。 自信過剰は若者にもあてはまります。加齢に伴い計算や金融リテラシーが低下しても金融リテラシーへの自信過剰は高い老齢者は財産が早く減少する傾向があります。 高学歴、金融取引のある高齢男性は認知機能低下で投資詐欺にかかりやすくなります。 4)リスクへの一貫性…正しい判断ができず、感応度が低下し資産管理や消費にも影響します。 浪費したり、金融詐欺の被害に遭いやすくなります。 逆にリスクに慎重になる場合もあります。 自分にとって不愉快なネガティブ情報は否定し、ポジティブ情報を受け入れる結果、楽観的な判断で安心してしまう傾向があります。 5)フレーミングへの抵抗力…相手の説明方法によっては意思決定に変化がでます。 同じ商品で通常400円で売っていても買わないのに、「定価600円を400円に値下げ」とみると買ってしまう。 6)選択肢を比較する能力…属性(確率、利益等)が異なる選択肢を全て比較できる能力は加齢に伴い低下します。 加齢により、前頭前野の機能が低下し、「熟考して判断」する機能が低下するため、高齢者は過去の経験に頼る傾向が強くなり「直感的、情動的」に判断します。 このように加齢に伴い、認知機能面、心理面で、リスクへの向き合い方に影響する様々なバイアスが発生すると考えられています。 アメリカでは「高齢者に対し、お金、健康、社会生活を総合的にアドバイスできる人材の養成」に力をいれていますが、日本の方向性とはやや異なります。 日本では「脳・神経科学」や「認知科学」を中心として「個人の認知判断能力低下時の金融サービスのあり方」に注力していて世界的にも先進的な取り組みといえます。 金融庁の「金融ジェロントロジー」の取り組み 2017年(H29)退職世代等に対する金融サービスのあり方の検討を進めています。 2018年(H30)閣議決定しています。 (1) 資産の運用と取崩しを含めた資産の有効活用を計画的に行う。 (2) ふさわしい金融商品・サービスの提供の促進。 (3) 住み替え等により国民の住生活を充実、住宅資産についても有効に利用。 (4) 高齢投資家の保護については、フィナンシャル・ジェロントロジー(金融 老年学)の進展も踏まえ、認知能力の低下等の高齢期に見られる特徴への一層の対応を図る。 これを受け、金融庁、大学、金融業界、福祉関係機関で問題解決に取り組んでいます。 (1) 認知判断能力評価の客観的評価手法の確立…年齢での制限は個人差がある (2) 福祉関係機関と金融機関の連携…市場のルールをどう構築していくか (3) 「コンシェルジュ」サービスの拡充…誰が高齢者の生活を支えていくのか?金融機関を中心に民間企業等主導のサポート体制、資産管理、心理面の変化、豊かな人生のためのお金の管理などで高齢者顧客に向き合う際の倫理の重要性を学び、高齢顧客の営業員向けの資格認定制度など ジェロントロジーは120年の歴史の学問ですが、超高齢社会のあるべき形を研究しています。
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