MLBを席巻する“負けない男” 著書『ピッチングバイブル』から紐解く今永昇太「絶好調の理由」
質の高い投球で好投が続くも、むしろ打たれてからが真骨頂
一方、パフォーマンスの部分ではこれまでにも報じられているとおり、好投の要因がいくつかある。まずは投球の6割近くを占めるフォーシームの質の高さ。著書では「球を立方体として捉え、人さし指と中指に均等に掛かってキレイな縦回転で進んでいくイメージ」「指のアーチを固定して、前腕の筋肉のエキセントリック収縮(伸張性筋収縮)を感じながら離す」と表現していたが、その感覚によって回転効率の良さやスピンの鋭さが生まれていると言える。 また、速球の平均球速はメジャー平均の約151キロに対して約148キロとされているが、力感のないフォームから想像以上の球が放たれるのも今永の特長。「いったん脱力してから出力に切り替えるタイミングが重要」「左半身の出力と右半身のブレーキを50:50でぶつけ合わせて100の力が生まれる」など、メカニズムへの嗅覚も鋭い。現在の投球を見る限り、マウンドへのフィット感もあるのだろうが、ストップ動作のバランスが良くなったことで精度がより高まったような印象も受ける。 そして、低めを狙いながら高めに浮き上がるフォーシームと、同じ軌道から低めに落ちていくチェンジアップ(浅めに挟むスプリットチェンジ)のコンビネーション。打者からすれば「低めの速球だ」と思ったところから伸び上がってきたり、逆に落ちたりするわけで、とらえにくいのは間違いない。加えて、スライダーもしっかり制球できている。データ重視で極端な作戦を取ることも多いメジャーの世界だからこそ、各球種を生かすために思い切った配球が実践され、特色がより引き出されているという面も大きいだろう。 さらには「打者や走者と駆け引きをしながら“対戦”ができる。相手を見ながらクレバーに戦える」(栄枝氏)という部分も能力の高さ。今思えば3月のオープン戦で打ち込まれたとき、今永は自分に言い聞かせるかのように「うんうん」とうなずく仕草を見せていた。栄枝氏いわく「オープン戦では結果を残すことよりも、とにかく試しながらいろいろなものを見ていた」。つまり、そもそも打たれた反省を踏まえてうまく修正していったのではなく、自分が想定していたものが実際にはどうなのか、打者の反応や傾向も含めて一つずつ確認していたということだ。 そうやって態勢を整えて開幕を迎え、好スタートを切った。もともとメジャー挑戦に際しては数年をかけて相当データを取っており、近年の打者のトレンドも踏まえ、ある程度良い流れに乗ることも想定済み。そして――このまま結果を残し続けるとも考えていない。栄枝氏が言う。 「今はすべてがうまくいっているだけで、本人も一喜一憂はしていないですね。メジャーはそんなに甘くないので『打たれるときが来たら打たれるでしょう』と。実際に打者の能力は高く、3~4巡目にはアジャストしてきています。ただ、じゃあそこに対してどうするかという部分も本人はしっかり考えている。それが彼の強さで、同じ相手と2回目や3回目の対戦になったときにどうなるのか。今ではなく、ここから先に大きな見せ場がやってくるんじゃないかという期待感がありますね」 振り返れば、著書の取材時も「万が一のときのためにも引き出しをたくさん持っておくことが大切」と語り、さまざまなノウハウを説明してくれていた。打たれ始めて壁に当たってからの対応力こそ、今永の真骨頂。やはり、今後も目が離せない。 文=中里浩章 写真=Getty Images
週刊ベースボール