「ガザ危機」が引き起こした「世界的規模の思想戦」…じつはいま「コロンビア大学で起こっていること」が示すもの
米国ニューヨークの名門コロンビア大学で事件が起こっている。イスラエルのガザ侵攻と、それを支援するアメリカ政府に抗議する学生の集団が、キャンパスにテントを張り、いわば座り込みをする運動を始めたのである。これに対して大学側が警察による取り締まりを要請し、100人以上の逮捕者が出た。学生グループはあらためてキャンピングを始めた。警察との小競り合いが続いている。他方で、この学生たちの動きは、ハーバード大学など他の米国の有力大学にも波及している。 【マンガ】バイデンよ、ただで済むと思うな…プーチン「最後の逆襲」が始まった ガザ危機の問題の射程が、世界の知のあり方の問題になっていることを示す動きである。ガザ危機が、単なる地域紛争や、民族自決の問題ですらなく、世界的な思想戦となっていることを、われわれも知っておかなければならない。
コロンビア大学で起こっていること
コロンビア大学は、もともとリベラルな校風が特徴である。1960年代末にもベトナム反戦運動で大きな学生運動が起こった。私自身はコロンビア大学に2002-03年に在外研究で滞在したことがある。その頃にはイラク戦争反対デモに参加したりしていたのだが、コロンビア大学にいる限り、いったいアメリカで誰がブッシュ大統領を支持しているのかわからない、という気持ちがしていた。 今回は、自国の戦争ではなく、他国が行っている戦争をめぐって、学生が抗議運動をしていることが、特徴だ。つまり自分たちが戦場に行くのを嫌がっているわけではない。しかし米国政府がイスラエルの国際法違反行為を支援していることに抗議している。さらにはイスラエルの行動の背景にある植民地主義・人種差別主義の思想に、自分たちの生活にも関わる社会問題の要素を見出し、自分事として受け止めているのだろう。 学生たちが、コロンビア大学に長く奉職していた故エドワード・サイードを参照している姿も見られる。サイードの『オリエンタリズム』は、ガザ危機が悪化している中で、私があらためて読み直したくなった本だ。サイードは、パレスチナ系アメリカ人のコロンビア大学教授だった。『オリエンタリズム』は、1978年に出版されたサイードの超有名な主著である。欧米人の「オリエンタル」なものに関する言説に根強く存在する偏見が、植民地主義的・帝国主義的な野望の隠れた正当化として作用してきたと主張した。いわゆる「ポスト・コロニアル」理論を確立した古典として知られる。やはりコロンビア大学にいたガヤトリ・スピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』(原書1988年出版)も、今や「ポスト・コロニアル」研究の古典としての地位を獲得しているだろう。なおアフリカ系アメリカ人研究の大家として知られる哲学者で、今年の米国大統領選挙への立候補も表明している元ハーバード大学教授のコーネル・ウェスト氏らは、コロンビア大学に駆け付けて、学生との連帯を表明した。 日本でも1980年代頃から、フランスのポスト構造主義に影響を受けた「ポスト・モダン」な思想が興隆した。サイードは、1970年代にいち早くミシェル・フーコーに影響された著作をアメリカで発表した先進的な知識人の一人だった。フランスのフーコーは、『言葉と物』(原書1966年出版)で、フランス革命期に生まれた「人間」の誕生を、歴史的に相対化してみせる議論を展開した。近代「人間」の理解は、西洋中心主義的な知の体系によって成り立っている。それは西洋近代ともに相対化され、やがて終焉していくだろう、というテーマは、大きな衝撃を持って受け止められた。『言葉と物』の約10年後に、社会科学の言説を分析して、西洋近代の思潮に潜む自文化中心主義的な偏見を露呈させてみせたのが、サイードの『オリエンタリズム』だった。