『Hi-Fi RUSH』などを手掛けたTango GameworksのKRAFTONによる事業継承についてインタビュー。現在は新たなプロジェクトに向けて、組織を再構築している段階
『サイコブレイク』シリーズ、『Ghostwire: Tokyo』、『Hi-Fi RUSH』などの開発元として知られるゲームスタジオ“Tango Gameworks”。 2024年5月に突如、スタジオの閉鎖が発表。その後、8月に『PUBG: BATTLEGROUNDS』、『The Callisto Protocol』、『TERA』などを手掛けるKRAFTONへと事業継承が行われた。 そんなTango Gameworksのキーマンとなるコリン・マック氏、ジョン・ジョハナス氏、江頭和明氏にインタビューを実施。現在の状況、今後の目標などについて語っていただいた。 【記事の画像(10枚)を見る】 コリン・マック氏: Tango Gameworks 代表。(文中はコリン) ジョン・ジョハナス氏: Tango Gameworks クリエイティブディレクター/『Hi-Fi RUSH』ディレクター。(文中はジョン) 江頭 和明氏(エガシラ カズアキ): Tango Gameworks デベロップメントディレクター/『Hi-Fi RUSH』ゲームプロジェクトマネージャー。(文中は江頭) Tango GameworksスタジオのKRAFTONによる事業継承 ――2024年5月にTango Gameworksの閉鎖が発表されましたが、同年8月にKRAFTONが事業を継承したという発表がありました。わずか3ヵ月で事業継承が成された形ですが、どのような経緯で決まったのでしょうか?: コリン :スタジオの閉鎖を知ったときから、いろいろな会社にお話してパートナーを探していたのですが、承諾してくださったのがKRAFTONでした。スタジオの閉鎖は本当にいきなり決まったので、急ピッチで探している中でKRAFTONとはたまたま知り合いのツテで相談させていただくことができたのですが、そのスピード感には驚きましたね。もう、本当にすぐ動き出してくれました。また、ミーティングの中でお互いの会社の文化が合いそうだと思いましたし、Tango Gameworksのことをとてもリスペクトしてくださっていて。 ただ、KRAFTONのスタッフ陣が優秀な方々ばかりだったので、最初のミーティングは「自分たちと気風が合うだろうか……」と、恐る恐るで臨みましたね(苦笑)。ですが、実際にお会いしてみると、本当にゲームが大好きで、ゲームのことを考えてくださっている方々だったので、KRAFTONなら間違いないだろうと感じました。 ――ゲームの販売だけではなく開発も手掛けている点も、理由のひとつだったのでしょうか。 コリン :それも大きいですね。KRAFTONは全世界でゲームを販売していますし、さまざまなゲームも手掛けています。ただ、決め手となった理由はそれだけではなく、KRAFTONのCEOであるキム・チャンハンさんがもともと開発側の立場の人だったということもあります。 それがどういう意味なのか説明しますと、開発会社側は“おもしろいゲームを作りたい”と思っていますが、販売会社側はビジネス的なことを優先して、ゲーム内容について意見が対立して揉めてしまうことがよくあったりします。でも、元開発者のキムさんはそのことをよく理解しているので、KRAFTONは開発会社のクリエイティブを優先してくれるんです。これがもうひとつの理由でもあります。 ――なるほど。先ほど最初は「恐る恐るだった」という話もありましたが、KRAFTONの印象はいかがですか? コリン :最初に話し合いをしたときに、Tango Gameworksが持つポリシーや開発に臨む考えかたが、KRAFTONとすごくマッチしていると思いました。KRAFTON側も“すでにあるようなゲーム”ではなく“独創性のあるゲーム”を求めているとのことだったので、そこも合っています。 また、KRAFTONは韓国をメインに、アメリカやカナダ、欧州などにもスタジオを持っています。これからゲーム文化で重要となる日本のスタジオの開発力も伸ばしたいと考えていたときに、ちょうどTango Gameworksがスタジオごと合流できたので、KRAFTONとしても我々としても、運がよかったと思います ――ではスタジオとして、Tango Gameworksは残るんですね。 コリン :はい、残ります。 ――スタジオ閉鎖から、どれくらいのスタッフ数がKRAFTONに合流したのでしょうか? コリン :約50人ほどです。閉鎖が決まったときに抜けてしまったスタッフもいますが、基本的に 『Hi-Fi RUSH』のコアメンバーは残っていますし、『サイコブレイク』から関わっていたスタッフもいます。これからスタッフをさらに集めていくことになりますが、Tango Gameworksの開発のコアは残っているということになります。 ――どれくらいの規模のスタジオにする予定でしょうか? コリン :だいたい100人前後のスタジオにしたいです。Tango Gameworksは、ゲームを単に作り続ける工場にはしたくありません。クリエイターがクリエイターとして活躍できる場にしたいです。そう考えると、100人前後のスタッフ数でないとまとまりが出にくいですから。 ジョン :スタジオの全員がお互いの顔も名前を知り、プロジェクトに関わるのがいいと思います。人数が多いと、きっと作れる規模も数も増えると思いますが、お互いを知らないまま作ると、信頼関係が産まれません。100人規模なら大きいものも作れるし、小さいものだって作れます。お互いを信頼して開発を進めるには、ちょうどいいサイズです。 ※Tango Gameworksでは、スタッフを募集中。 ――事業継承が決まる前は、スタジオの今後についてどのように考えられていたのでしょうか? 江頭: 『Hi-Fi RUSH』リリース後は世界中から高評価をいただき、「うれしい!」、「これからがんばろうと!」と思っていました。ただ、自分たちではどうしようもないことが起きてしまって。そのときからジョンと、Tango Gameworksがどうあればいいのか、よく話し合いました。 言われたことだけをやる集団になってでも生き残るべきかというと、それはTango Gameworksではありません。ではTango Gameworksが何を大事にしているのか考えると、やはりクリエイターが中心となって新しい挑戦とその継承を続けることだと思いました。 その気持ちとマッチングする会社をコリンが中心となって探してくれて、韓国企業であるKRAFTONで再出発できることになりました。なんだか、人生っておもしろいものですね。 ――ちなみに『Hi-Fi RUSH』で江頭さんが担当したプロジェクトマネージャーとは、どのようなお仕事だったのでしょうか。 江頭 :私自身は絵を作ったりサウンドを手掛けたりはしていませんが、それらを制作するクリエイター陣のまとめ役といったところです。クリエイターたちはみんな“いいゲームを作りたい”とは思っていますが、個性を出したい、ゲームをよくするにはこうしたほうがいい、と意見がぶつかることもあります それらの意見を汲み取りつつ「こういう案はどうでしょう」、「こういった道筋なら実現できます」など、それぞれのクリエイティブを立てる形で、なるべく理想のゲームに近づけてあげるという役割を約4年半続けていました。 ――せっかくの機会ですのでお聞きしたいのですが、江頭さんはどのような意気込みでTango Gameworksに入られたのでしょうか? 江頭 :もともとはアニメ業界で制作進行を担当し、そこからCGプロダクションに入りました。もっとおもしろいことをやりたい、もっと難しいことに挑戦したいと、転職を重ねたのですが、ゲーム制作がいちばん難しそうだと当時思ったんです。 そこからTango Gameworksに入って、いろいろとゲーム制作のことを学びながら、コツコツといまの役回りを務めてきました。自分の求めていた“難しいこと”に挑戦できる環境でしたし、『Hi-Fi RUSH』を世に送り出せてとてもうれしかったです。 ――ありがとうございます。『Hi-Fi Rush』ではディレクターを務めたジョンさんはどのようなお気持ちだったのでしょうか? ジョン :Tango Gameworks全体としても、 『Hi-Fi RUSH』も高い評価を得ることができ、内部的にもスタッフのまとまりがようやくできてきたところでした。ゲームを作るうえで、お互いを信頼し合うまでには時間が掛かります。時間をかけて信頼関係を築き上げ、開発のフローやプロセスもどんどんよくなっていました。 そもそも、Tango Gameworksにはプロジェクトをイチからマネージメントする人間がいなかったんですよね。ただやはり、いまの時代で勝負するにはクリエイターだけではなく、しっかりとしたマネージメントも必要だろうということになり、江頭が入ってくれたからこそ『Hi-Fi RUSH』は成功できたと思っています。 このスタイルがすばらしい環境だったので、これからもっとすごいゲームが作れるだろうと思っていたのですが……。 ただ、そこからTango Gameworksのコアスタッフは、KRAFTONに合流できました。新しいプロジェクトを立ち上げて開発に挑む際にもTango Gameworksの文化を崩さずに開発できるのは大きいですね。『Hi-Fi RUSH』で培ったスタッフ間の信頼が失われなかったのは、とてもありがたいことです。 ――まさに『Hi-Fi RUSH』はTango Gameworksにしか作れないようなタイトルだったので、これからもチャレンジングなゲームを期待しています。 ジョン: 『Hi-Fi RUSH』はリリース後、ゲームファンのみならずゲーム開発者の方々からも高く評価していだきました。必ずと言っていいほど「こんなにたいへんそうなゲームよく完成させましたね」と驚かれました。こんな面倒なシステムを作らないといけないゲーム、みんなチャレンジしたくないようで(笑)。 Tango Gameworksのメンバーは頑固者ですから、「面倒、難しいからやらない」とは言いません。「おもしろいからやる」と挑戦してくれます。これからも、もちろん挑戦していきます。 G-STAR2024のKRAFTON・Hi-Fi RUSHブースの様子 Tango Gameworksの未来 ――スタジオ代表であるコリンさんから見て、Tango Gameworksの魅力はどこにあると思いますか?: コリン :ひとつは、純粋にクリエイティブ性の高いゲームを作れることです。もともとあったスタジオ戦略のひとつに、我々はクリエイター集団であることが挙げられます。そして、本当におもしろいアイデアをたくさん持っています。 もうひとつは“ゲームファンにとっておもしろいゲームなのか”といったことをとことん考え抜くことです。クリエイター集団ではありますが、クリエイティブに自我を出そうとは考えません。もちろん個性を出すことも大事ですが、ゲームを遊ぶプレイヤーのことを忘れていないのが、Tango Gameworksだと思います。 ――『Hi-Fi RUSH』は発表と同時にいきなり発売という、驚きの手法でしたよね。しかし、事前にほぼPRしなかったにも関わらずヒットしました。これも、Tango Gameworksの魂がゲームユーザーに届いたのかと。もちろんゲームがおもしろいことは大前提なのですが。 コリン :発表と同時に発売は正直怖かったですけどね。どこからか秘密が洩れないだろうかという心配もあり(苦笑)。また、ゲームは確実におもしろいと胸を張って言えるのですが、プレイヤーの意見を事前にいっさい聞けなかったので、本当に受け入れてもらえるだろうかと少し不安はありました。 しかも、『Hi-Fi RUSH』はリズムアクションゲームではありますが、これまでにないシステムを取り入れたゲームだったので、どんなゲームなのか理解してもらえるのかも心配でした。ですが、実際に遊んだプレイヤーたちはすぐにゲームに馴染んで楽しんでくださったようです。いま改めて考えると、これまでにないゲームだったからこそ、発表と発売が同時に合っていたのかなと思います。 ――KRAFTONに合流したことで、今後のTango Gameworksにはどのようなビジョンがあるのでしょうか? コリン :Tango Gameworksの魅力はそのまま変わっていませんし、KRAFTONは「Tango Gameworksにはこういうゲームを作ってほしい」と命令するような会社でもありません。スタジオとして、作りたいゲームを提案して、それからゲーム制作を進められる会社です。チームがおもしろいと思い、そしてゲームファンがおもしろいと思えるタイトルで、新しいチャレンジをしていきたいです。ですので、基本的な考えは何も変わっていません。 ――また、ゲームタイトルの版権もKRAFTONに移行されましたが、いまのところ『Hi-Fi RUSH』だけですよね? コリン :はい、 『Hi-Fi RUSH』だけです。 ――となると、『Hi-Fi RUSH』の続編に期待してしまうのですが……。 コリン :いまは、新しいつぎのプロジェクトを考えている段階です。 『Hi-Fi RUSH』はもちろん大事にしたい作品ですし、いろいろな可能性を感じています。『Hi-Fi RUSH』ファンを喜ばせるようなニュースをお届けしたいのはもちろんですが、それ以外にも新規タイトルなども作っていきたいと考えています。 ――では、いまはスタジオの立て直しを図っている段階といった感じでしょうか。 コリン :現在も回復中です。複雑な部分があって、Tango Gameworksはそもそも会社ではなく、ゼニマックス・アジアの中にあったスタジオです。ですから、スタジオをただ買収しただけで終わる話ではありません。クリアーにしなければならない複雑な部分がまだ残っているのですが、少しずつ進んでいる段階です。 江頭 :すべての部分で、再構築している段階です。開発リソースや開発環境なども含めて、整えています。本格的に動きだすのは2025年からになるでしょう。 ――江頭さんは現在もプロジェクトマネージャーという立ち位置なのでしょうか? 江頭 :プロジェクト単位ですと、 『Hi-Fi RUSH』のプロジェクトマネージャーであることは変わりません。KRAFTONとしては開発ディレクターとして、チーム全体の内政を取り仕切る立場です。まずはメンバーたちのモチベーションのケアですとか、情報を透明化することに務めて、同じ意識でゲーム制作に臨めるように整えている最中です。「この船で、この方向に舵を切っていくんだよ」とみんなに伝えていく役回りです。 ――ジョンさんは、ディレクターとしてクリエイティブを続けていくのでしょうか? ジョン :そうですね。スタジオのクリエイティブディレクターとして、15年前から始まったTango Gameworksがバラバラにならないようにすることが、いまは非常に大事だと考えています。 不幸中の幸いと言いますか、今回の機会に“ベストなスタジオの構成”をもう一度組み立て直せる機会を得たことはよかったと思います。クリエイターたちが本来は気にしなくていいことを押し付けないような開発チームにしようと考えて動いています。 ただ、僕は直接指示を出したりしているわけではありません。クリエイターたちも新しい環境となり「どうすればいいのか」と、迷うことがあるはずです。そのときにアドバイスできる存在が、いまの僕の立場です。これは、もともと三上さん(三上真司氏。元Tango Gameworks代表)がやっていたようなことですね。 ――まだまだ回復中とのことですが、ジョンさんから見たいまのチームはいかがでしょうか。 ジョン :Tango Gameworkは 『サイコブレイク』シリーズや『Ghostwire: Tokyo』といったホラー色が強いスタジオというイメージがあり、それ以外のゲームもリリースしたいとは考えていたのですが、たまたま大きく違うジャンルに挑戦したのが『Hi-Fi RUSH』でした。ホラーとはあまりにもかけ離れたゲームになりましたが(笑)。 評価も高く、そのおかげでチームとしても「こんなに違うゲームが評価されるのならば、どんなゲームでもおもしろいものができる」と、自信を持てました。ですが、その直後にスタジオ閉鎖が決まってしまいました。 まだそのダメージは残っていますが、KRAFTONと組んで再出発できることにチーム一同感謝しています。 ――今後、どのような開発スタイルを考えているのでしょうか? ジョン: 『Hi-Fi RUSH』は、『Ghostwire: Tokyo』の開発と並行して、僕とプログラマーひとりで始めたタイトルです。メインとなるタイトルの開発は進めつつも、その横で新しい何かを動かせるような、そういったやりかたは継続したいです。そして、新しいアイデアが固まったときはすぐにチームを組んで、開発に臨める体制を築きたいですね。『Hi-Fi RUSH』はもちろん大事ですが、それ以外のアイデアもどんどん試していきたいです。 ――スタジオ閉鎖前、『Hi-Fi RUSH』の新たな展開などは考えていたのでしょうか? ジョン: 『Hi-Fi RUSH』を未来につなげるために、新たな展開をいくつか考えていましたが、具体的にこれをやりましょうアイデアを固める前に、スタジオ閉鎖が決まってしまいました。状況も変わったので、いまできることを話し合っている最中です。 ただ、KRAFTONのおかげで以前よりも道は広がったと思っていて、あきらめかけていたアイデアもいまなら実現できそうに感じています。クリエイターとして、素直にうれしいですね。 ――最後に、これからのTango Gameworksの意気込みを教えてください。 コリン :今後もTango Gameworksは独創性、クリエイティビティを重視して、おもしろいゲームを作っていきます。これからもプレイヤーが喜んでくれるゲームを作り続けていきたいです。 江頭 :Tango Gameworksでしか出せない色や個性は、必ずあると思います。とくに、新しい作風のゲームを届けることを得意としているスタジオです。 『Hi-Fi RUSH』が今後続くとしても、いつかは『Hi-Fi RUSH』自体が古いと思われるかもしれません。ですが、その横に新規タイトルがあれば、「またTango Gameworksが新しいゲームを出したぞ」と思ってもらえるはずです。この循環を大事にしたいですし、自分たちが大事にしたいことにも合致しています。そしてそれが、KRAFTON側が求めていることにも合致しています。その期待に、ぜひ応えていきたいです。 ジョン :どんなタイトルを作っても“手作り感”を皆さんに味わってほしいです。工場で作られた製品のようなゲームをお届けしたくはありません。作り手側がしっかりと愛を持って、ゲームに愛を込めて作ったからこそのオリジナリティや楽しさ、“懐かしさ”みたいなものを感じていただけるようにがんばります。 また、スタッフには自分はチームの一員であり、“みんなでゲームを作っている”と感じてもらいたいですね。ゲームの開発スタジオではありますが、個人的にはワークショップに近いものを目指しています。みんながみんなでアイデアを出して、おもしろいゲームを作る。それがTango Gameworksですから。