「信じられないほどの労力がかかる」と自他ともに認めるピクサー映画が試作を8回も作り直す4つの理由「トラブルを“前半”のあいだに解決せよ」
『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』#4
フルCGの名作映画を次々と生み出すピクサー・アニメーション・スタジオでは、公開版までに脚本から観客のフィードバックまでのサイクルを8回繰り返す。つまり私たちが目にしているのはバージョン9だったりするのだ。コンテンツ作りに携わっている人なら、このプロセスの膨大な労力に圧倒されるだろう。ピクサーはなぜそこまで作り込むのか。 【画像】「カールじいさんの空飛ぶ家」「インサイド・ヘッド」「ソウルフル・ワールド」の3作品でオスカーを受賞した映画監督、ピート・ドクター氏 #3に続いて、ベストセラー『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』より一部抜粋、再構成してお届けする。
アイデアはたいていうまくいかないが問題ない
「信じられないほどの労力がかかる」と、ピクサー・アニメーション・スタジオのクリエイティブ・ディレクター、ピート・ドクターは認める。だがピクサーのような反復的なプロセスにはそうするだけの価値がある。その理由は4つある。 第一に、自由に実験することができるからだ。エジソンもこの方法で大成功を収めた。「ばかばかしいアイデアを試せる自由が必要なんだ。そして、アイデアはたいていの場合うまくいかない」とドクターは言う。 このプロセスではうまくいかなくても問題ない。ダメなら別のアイデアを試し、さらにまた別のアイデアを試すことができる。そうするうちに、エジソンの電球のような光輝く何かが見つかる。「一発で成功しなくてはならないのなら、確実に成功するとわかっていることだけしかやらなくなる」。そして創造性を生命線とするスタジオにとって、それは緩やかな死を意味する。 第二に、このプロセスでは大まかなアウトラインから細かいディテールに至るまでのあらゆる部分が精査、検証される。おかげで実行フェーズに入る前に、曖昧な点がすべて解消される。 これが、よいプランニングと悪いプランニングの基本的な違いである。悪いプランニングでは、問題や課題、不明点が先送りにされるのがつねだ。シドニー・オペラハウスがトラブルに陥ったのも、そのせいだった。 ヨーン・ウッツォンは最終的に問題を解決したが、すでに時遅く、コストは膨張し、工事には何年もの遅れが出ていた。ウッツォンは解任され、その評判は地に墜ちた。また、問題が最後まで解決されないプロジェクトも多い。 シリコンバレーでもこの種の失敗は一般的で、それを指す名前まである。「ヴェイパーウェア」とは、鳴り物入りで発表されるものの、誇大宣伝を実現する方法が見つからず、いつまで経ってもリリースされない、蒸気(ヴェイパー)のように実体のないソフトウェアをいう。 一般に、ヴェイパーウェアは不正ではない。というより、最初から不正を目的としているわけではない。多くの場合、素朴な楽観主義と、がむしゃらな本気に駆り立てられている。それでも一線を越えれば不正になってしまう。 元ウォール・ストリート・ジャーナル記者で作家のジョン・キャリールーは、シリコンバレー史上最悪のスキャンダルの背後に、この力学が働いていたと指摘する。 カリスマ的な19歳のCEO、エリザベス・ホームズが創業したセラノス──取締役会にジョージ・シュルツとヘンリー・キッシンジャーの元国務長官も名を連ねた──は、画期的な血液検査技術を開発したと謳い、投資家から13億ドルを集めた。だがそれは幻に終わり、ホームズは詐欺罪で有罪判決を受け、セラノスは数々の訴訟を起こされ解散に追い込まれた。