「イスラム国」人質事件の検証報告書を検証する 黒木英充・東京外大教授
政府は5月下旬、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)による日本人人質事件の対応を検証した最終報告書を公表した。「邦人殺害テロ事件対応検証委員会」(委員長・杉田和博官房副長官)は、政府の判断や措置を「人質救出の可能性を損ねるような誤りがあったとは言えない」としたが、共同通信によれば、殺害された後藤健二さん、湯川遥菜さんの2人の関係者は、「弁明だ」などと批判したという。この報告書について、「官僚組織内部で作られ、イスラム国との交渉の過程で果たした政府の動きもはっきりと見えず、客観的な検証とは言えない」と強く批判するのが、中東情勢に詳しい黒木英充・東京外国語大学教授だ。何が問題なのか。黒木教授に寄稿してもらった。
1. はじめに
2011年3月の地方都市デモに端を発するシリア内戦。それは私にとっては約30年の付き合いになる研究対象が無残に破壊されてゆくことであり、そこでかつてお世話になった人たちが苦しみぬいている事態である。シリア人だけでなく、トルコやサウジアラビア、イランなど中東諸国から欧米諸国まで、実に多くの国々、人々がこれに関係している。シリア人が奈落の底に真っ逆さまに落ちていくのを取り巻いて見ているのだが、しかし関係国自身もいずれ何らかの形で滑り落ちてゆくのではないか。そしてついに二人の日本人がシリアで「イスラム国」の人質となり、残虐な形で殺害される事件が発生した。 周知の通り、この事件をめぐって日本国内は大騒ぎになり、メディアだけでなく国会でも政府の対応を疑問視し、批判する議論が高まった。このため、2月9日に菅官房長官が検証委員会の設置を表明、翌日から5回の会議が開催され、5月21日に「検証報告書」が発表されたのだった。 発表時、私はここ4ヶ月連続毎月のレバノン出張の途上にあった。昼間は招聘された国際シンポジウムに参加し、夕方ホテルに戻ってこの報告書に目を通した。そこで覚えた暗澹たる思いは、ベイルートの夜の闇よりも深いものだった。