「傷を負うと人は優しくなれる」浅田真央さんの衣装も担当したデザイナー安野ともこさんの生き方に学ぶ
やがて安野さんは、編集者でありマルチ・クリエイターとして一時代を築いた秋山道男さんのもとで仕事をするようになる。次々と繰り出される難問珍問に夢中で答えながら、自分がどこに向かっているのかわからない日々。秋山さんが指揮をとっていた毎日新聞の季刊誌『活人』で、衣装制作の仕事を命じられる。 “新聞”から想起し、 “レ・ジョーナリエール”と題した摩訶不思議な新聞紙のドレスを用いた個性的なビジュアルを展開。やがて『活人』の連載を通して知り合った小泉今日子さんのCMで、スタイリングを担当することに。 「見様見真似ではじめたスタイリスト。動画の撮影なのに背中を大きなクリップで止めたままにしていて、小泉さんが横さえ向けないという失敗も(笑)今では、語り草になっています」と振り返る。 CMやTVドラマ、数多くの映画作品のスタイリングを手掛け、トップ女優や俳優からも信頼を寄せられることに加え、フィギュアスケーターの浅田真央さんの衣装も約5年に渡って担当する。そんなある時、知り合いのジュエリーデザイナーにアドバイスを頼まれる。思い描いているイメージを共有しながら物作りを手伝い、形になったジュエリーを持ち歩いて自分のスタイリングでも活用。女優やモデルからオーダーを受けるようになる。 それを繰り返すうちに、あるドラマで主人公がお守りのように身につけていたネックレスが、視聴者から話題を呼ぶ。「一緒にやっていたデザイナーさんに、“このラインナップは、安野さんの自身のものですね”と言われブランドを立ち上げることに」。2007年に、こうして「CASUCA」が誕生する。
ブランド名となった「CASUCA」には、どんな意味があるのか。若い頃に育んだ“チープシック”な視点から、整い磨き込まれたものやゴージャスさよりも、大輪の花の隣で密かに咲く野の花や王道から少し外れた半端で傷ついたものに心が動くという安野さん。“微か”に輝く存在をブランド名に込めたいと思い、“カスカ”という音の響きでスペイン語の辞書を手繰る。 “CASUCA”は“荒屋”を意味することを知ると同時に、子供時代の記憶が蘇る。 「友達と一緒に近所の廃墟と化した空き家に宝物を隠して基地を作っていたことを思い出して。ボロボロで誰も見向きもしなくなった家から醸し出される、個性や一瞬の煌めきを見出す気持ちを、ジュエリーで表現したかった」。 さらに、「人間も同じ。傷を負って辛い思いをした人ほど優しくなれるのは、その傷が輝くから」と続けた。その言葉どおり、ひしゃげたフォルムのハートや、あえて粗い質感に加工したクロスモチーフは、傷ついたものを慈しむ「CASUCA」の代名詞となった。
安野ともこ 1959年生まれ。1986年にスタイリストとしての活動をスタート、1994年にはスタイリスト事務所「コラソン」を設立し、映画や舞台、ドラマからCMまで幅広いスタイリングを手掛ける。また、フィギュアスケーターの浅田真央のコスチュームやミュージカル「キャバレー」の衣装デザイン・製作も担当。2007年にジュエリーブランド「CASUCA(カスカ)」、2016年には下着ブランド「AROMATIQUE CASUCA(アロマティック カスカ)」を立ち上げ、2023年春に「CASUCA HADA(カスカ アーダ)」として再デビューを果たす。 BY TAKAKO KABASAWA