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鬼頭志帆

東京五輪に向け「屋内全面禁煙」実施すべきか? タバコ規制の賛否両論

2016/08/04(木) 12:00 配信

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日本ではこれまで、居酒屋や喫茶店でタバコを吸う客がいるのが当たり前だった。しかし、4年後の東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに、その光景が一変するかもしれない。「タバコのない五輪」を目指す国際オリンピック委員会(IOC)が、大勢の人が集まる施設の全面禁煙を求めているからだ。すでに厚労省は「受動喫煙防止」の観点から、罰則つきの新法の検討を始めている。もし法制化が実現すれば、タバコが嫌いな人には朗報だが、愛煙家にとっては悪夢だろう。はたして、日本も他の五輪開催国と同じように「屋内全面禁煙」に踏み切るべきなのだろうか。(Yahoo!ニュース編集部)

「受動喫煙による死亡者は年間1万5000人」

厚生労働省の研究班は今年5月、自分がタバコを吸わないのに他人の吸うタバコにさらされる「受動喫煙」による死亡者が年間1万5000人にのぼると発表した。職場や家庭での受動喫煙の割合や、受動喫煙と因果関係があるとされる肺がんや脳卒中など4つの病気の死亡統計などから推計したという。

1万5000人といえば、1年間に交通事故で亡くなる人数の3倍以上だ。その内訳は、肺がんが2484人、心筋梗塞などの虚血性心疾患が4459人、そして、脳卒中が8014人。受動喫煙を原因とする乳幼児突然死症候群(SIDS)の死者も、年間に73人いるとされた。

この推計値は、厚労省が5月31日の「世界禁煙デー」に開いたシンポジウムで発表された。同省は今年1月、受動喫煙対策の強化に向けた検討会議を発足。公共的な施設での「屋内全面禁煙」も視野に入れた法整備を検討している。

厚労省は受動喫煙防止の強化策を検討している(撮影:鬼頭志帆)

厚労省健康局健康課の吉見逸郎・タバコ対策専門官は「科学的にタバコの害ははっきりしている」として、「東京オリンピックまでに屋内全面禁煙を目指す」と明言する。

もし法律で屋内全面禁煙が導入されれば、影響を受けるのは東京都民だけではない。「法律は日本全国に適用されるもの。地域の限定はしない」。さらに、罰則を設けるべきかという点について、吉見専門官は「個人的には、罰則がないと意味がないと思う」と話す。

オリンピック開催を契機に、受動喫煙対策を強化しようとする厚労省。その背後には、「タバコのない五輪」を目指すIOCの要望がある。実際、2010年以降のオリンピック開催国であるカナダ、イギリス、ロシア、ブラジルは、いずれも罰則つきで屋内全面禁煙を法制化しているのだ。

2010年以降のオリンピック開催国は「屋内全面禁煙」を進めた

有森裕子さん「五輪とタバコは相反する」

他の五輪開催国と同じように、日本も、多数の人々が利用する施設の「屋内全面禁煙」を実施すべきだろうか。賛成、反対それぞれの立場から2人ずつ、計4人の識者に意見を聞いた。

バルセロナ五輪(1992年)で銀メダル、アトランタ五輪(1996年)で銅メダルを手にした元マラソン選手の有森裕子さん。厚労省の「いきいき健康大使」として、禁煙を広めるイベントにも参加している。アスリートとして、屋内全面禁煙に賛成の立場だ。

「屋内全面禁煙」に賛成する有森裕子さん(撮影:鬼頭志帆)

「オリンピックとタバコは相反します。スポーツは心身ともに健全であるということが基本。その点、タバコは心身ともにアウトですね」

オリンピック・パラリンピックの開催を4年後に控え、日本の喫煙者には「その煙は空気を通して、アスリートにいく」ということを意識してほしいと、有森さんは話す。「人の健康を害することに対して責任を負わないのは、許すわけにはいかない。譲れないポイントだと思っています」

喫煙者が吸ったタバコの煙は、非喫煙者のもとへも流れていく(撮影:鬼頭志帆)

有森さんは、マラソンの競技生活のなかで世界中を回った。海外では、屋内での喫煙をほとんど見たことがないという。実際、医療機関や学校、飲食店など「公共の場」での屋内全面禁煙を法制化している国は、2014年の時点で49カ国にのぼる。

分煙式の喫茶店でも、タバコのにおいを感じると「気持ち悪くなってしまう」という有森さん。日本で「屋内全面禁煙」を進めるために、罰則つきの法律を定めることに賛成だ。

2014年時点の調査で、49カ国が「屋内全面禁煙」を法制化していた。現在はもっと増えているという

日本禁煙学会・作田学さん「分煙では不十分」

日本の受動喫煙対策を「世界一遅れている」と批判するのは、神経内科の専門医であり、日本禁煙学会の理事長の作田学さんだ。屋内全面禁煙については「もちろん賛成です。オリンピックがなくても、やらなければいけない」と力強く語る。

「罰則つきの受動喫煙防止法が必要」という作田さん。医師として、多数の患者を見てきた経験が背景にある。

「心筋梗塞、肺がん、子どもの突然死症候群など、喫煙によって起こるほとんどの病気は、受動喫煙によっても起こる。医学的には当たり前なんです。これで『タバコは害がない』なんて言う人は、犯罪的だと思います」

日本禁煙学会理事長の作田学さん(撮影:鬼頭志帆)

米国の保健福祉省が2006年に発表した「受動喫煙」に関する研究報告書がある。700ページにわたる分厚い英文レポートを手に取りながら、作田さんは「ここには、(受動喫煙に関する)すべての論文の成果が入っている。すべての論文を研究して、受動喫煙には害があると言っているわけです」と話す。

日本では、健康増進法を背景に「分煙」が進められてきた。それでは、不十分なのか。作田さんは「分煙ではダメだ」と言う。

タバコの害に関する研究をまとめた文献(撮影:鬼頭志帆)

理由の一つは「分煙をしても、煙が漏れて、受動喫煙の害が避けられないから」。さらに、喫煙者はタバコを吸っていないときも、周囲にタバコの害をまき散らしているのだと、警鐘を鳴らす。

「タバコを吸うと、20分くらいは呼気から煙が出てくる。(喫煙者の)呼気がくさいというのはそれです。また、服や髪についたタバコの煙は、じわじわと蒸発して、受動喫煙となるんです」

作田さんが理事長を務める日本禁煙学会は3年前、宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』の喫煙シーンに苦言を呈して、話題になったことがある。その会員は約4000人。大半が医師だという。しかし、同学会の外には、作田さんとまったく異なる意見の医学者もいる。

免疫学者・奥村康さん「タバコには良い点もある」

順天堂大学医学部の特任教授である奥村康さん。免疫学の権威として知られる奥村さんは「タバコ=悪者ではない」と反論する。

「いまの医学界には、タバコの良い点を言ってはいけないという風潮がある」と語る奥村康さん(撮影:鬼頭志帆)

「行政が全面禁煙なんて規制をするのは、非常に良くないことです。そもそも、全面禁煙なんてしても全く意味がない。タバコはそんなに危険なものじゃないですから」

タバコには、人間の健康にとって良い面と悪い面の両方があるというのが、奥村さんの持論だ。「肺気腫や咽頭がん、喉頭がんは、タバコによる悪影響が明らかです。そのようにタバコにはいっぱい害があります。でも、良いこともあるんです」と話す。

「タバコはストレス解消のために不可欠」という愛煙家もいるだろう(撮影:鬼頭志帆)

奥村さんによると、人間の体をウイルス感染から守ったり、がん細胞をつぶしたりする「ナチュラルキラー細胞(NK細胞)」が、タバコを吸うことで増えるのだという。

「NK細胞はストレスの影響を受けて、活性が強くなったり弱くなったりする。タバコはストレス解消につながるので、NK細胞の活性が上がるんです。そうやってNK細胞を上げていくのは、良いことなんですね」

奥村さんは、医学界で定説とされる「肺がんと受動喫煙との因果関係」にも疑問の目を向ける。「(動物実験によって)タバコで肺がんを作ることに成功した人はいませんからね。そういう実験はないわけです」

公の場での「禁煙」はどこまで進めるべきなのか?(撮影:鬼頭志帆)

タバコの良い面と悪い面の双方をフェアに検討せよ――。そう主張する奥村さんは、罰則つきの法律で「屋内全面禁煙」を進めようとする厚労省の動きに対して、「とんでもない話」と反発している。

ジャーナリスト・斎藤貴男さん「禁煙ファシズムに反対」

医学とは別の側面から、この問題をみている人物もいる。ジャーナリストの斎藤貴男さんは、非喫煙者でありながら、今の日本の空気を「禁煙ファシズム」と批判している。

「政府が誘導して流れを作り、それに呼応した一般人が『そうだ!そうだ!』といって、ある特定の層を追いつめる。そして、全体をひとつの思想に染め上げてしまう。ファシズムっていうのは常にそういうものだけど、それが今、タバコの分野でやられている」

『禁煙ファシズムと戦う』という新書の共著もある斎藤貴男さん(撮影:鬼頭志帆)

JT(日本たばこ産業)が7月末に発表した最新の統計によれば、喫煙者率は全体で19.9%と2割を切っている。男性は29.7%。1966年の 83.7%と比較すると、54ポイントも減少したことになる。

このように喫煙者が少数派(マイノリティ)に変化していくなかで、「叩きやすい存在」になっていると、斎藤さんは指摘する。

「マイノリティを一方的に排除するという意味で、全面禁煙の動きはヘイトスピーチに通じるものを感じる。別にタバコを嫌いでもかまわないし、僕だって嫌いだけど、絶対の正義みたいに言いなさんなってことです」

日本でも「分煙」はかなり進んだ。それでは不十分なのか?(撮影:鬼頭志帆)

斎藤さんは、公共施設の「屋内全面禁煙」を義務化することには反対で、「分煙」にとどめるべきという考えだ。レストランや喫茶店がどのような受動喫煙対策を取るかは「それぞれの店の判断に任せるべきだ」と話している。

4年後の東京オリンピックに向けて、受動喫煙対策をどこまで進めるべきか。罰則を設けて、居酒屋や喫茶店も「全面禁煙」とすべきなのか。それとも、今までのように努力義務にとどめ、「分煙」で良しとするか。

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[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:鬼頭志帆
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝