「PTAの何かの役員に指名されるかもしれない。できない理由を早く探さないと」。そうした"不安"の中で互いの顔色をうかがい、沈黙が続く――。小学校や中学校の保護者の集まりで、そんな重苦しい時間を過ごしたことがある人もいるかもしれない。子どもと学校と保護者をつなぐ「PTA」。戦後の日本に長く根を張ってきたこの組織をめぐって、最近、きしみが目立っている。「PTAへの加入は自由のはず。それなのに強制される現状はおかしい」。そんな声を発する人々を訪ね歩いた。(Yahoo!ニュース編集部)
PTA役員を欠席者に「押し付けた」
東京都世田谷区に住む40代の女性、北垣慎さん(仮名)は、子どもが小学校1年生の時からPTA役員を務めてきた。中学校になっても続け、役員歴は既に9年。熱心なPTA役員として周囲にも知られるが、「強制加入」に疑問を感じてネットで署名活動をした経験がある。
何が北垣さんを変えたのだろうか。理由は一つではない。日常のささいな積み重ねが背後にある。
「(あるとき、PTAの委員を決める)司会進行役を引き受けました。六つのうち、残り二つが決まらない。やむなく(欠席者の)委任状に基づき、くじで(決めた)。いやなんですけど、当たった方に電話して、20~30分かけて拝み倒した。役を押し付けたんですね。『引き受けたら来年はやらなくて済みますか』と聞かれて、『そうです』って。ルールにもないのに。口八丁、無責任で......」
こんなこともあった。あるとき、北垣さん自身が「リサイクル当番」を忘れてしまい、別の人にカバーしてもらった。すると、その夫が北垣さん宅に来て、「なんで来なかったのか。うちの女房をバカにするな」と言い募ったという。
図書や環境・美化、パトロール、運動会・卒業関係、広報、会計......。PTAにはさまざまな役職がある。北垣さんの学校では、学校全体の本部役員などを含めると、クラスの人数の半分以上が役員に就かなければならなかった。
昼間、学校に関わる時間を持つのは、どうしても女性が多くなる。シングルマザーもいれば、介護の必要な身内を抱えている人もいる。誰もが喜んで引き受ける条件下にあるわけではない。
やがて、北垣さんはこう考えるようになったという。
子どもを豊かに育てるため、本来、親は自由意志で豊かな人間関係を築かなければならないのに、実際はそうなっていない。問題の出発点は、自由意志で加入を決めるはずのPTAが、事実上、「強制加入」になっている点にある、と。
「(入学式などで配布される案内文には)PTAの理念と目的を理解したうえで、全員で参加することが望ましい姿です、という記述がありました。任意であることは明記されていません。自動加入でした。強制とも言いますね」
2010年ごろからネットで署名を募った。2年後、PTA活動の実情を記し、改善を訴える文書を、約1000筆の署名を添えて内閣府と文部科学省に提出した。昨年は、中学校のPTAでこんな主張もしたという。
「(保護者が自由に)入退会届を出せるようにしてくださいとか、任意加入の団体という説明をしてくださいとか。ぼこぼこに叩かれましたけど、1年経ったら、PTA参加のアンケートが入会届兼参加アンケートみたいなものになっていました。大きな前進。今後は、規約に入退会規定を盛り込みたい」
「ボランティアという名の強制労働」
PTAは「Parent(保護者) Teacher(教師) Association(団体)」の略で、子どもの親と学校が一緒になって、豊かな教育を実現する目的を持つ。ボランティア参加が原則だ。
今の形が日本で広がったのは、第2次世界大戦の敗戦後。国家統制が著しかった戦前の教育に代わり、民主主義を基調とした教育が導入された。さらに、子どもだけでなく、その保護者にも民主主義を浸透させようと、連合国軍総司令部(GHQ)が「PTA」を奨励した。
その後、多くのPTAでは長らく、「全員参加」が当たり前とされてきた。その点に疑問を感じたり、活動を負担に思ったりする保護者は多く、ネットには「母親を泣かせるPTA」「PTAなんて必要ない」「ボランティアという名の強制労働」といった書き込みがあふれている。
特に「疑問」が集中しているのは「加入は自由なはずなのに、事実上、強制されている」という点だ。北垣さんの疑問と同じである。
加入の問題をめぐっては、熊本県で裁判も起きている。原告は熊本市在住の岡本英利さん(59)だ。
「初めは任意加入だと知らなかった。会員の役割が回ってきて、半ば強制的に仕事をさせられて非常につらい思いをしたし、腹立たしい思いもした。任意だと知らずに入ったのに、会費を徴収された。納得がいかなくて、支払い済みのPTA会費の返還を求め、訴訟を起こしたのです」
PTAの活動には「無意味」「無駄」と思える内容も多く、ほかの保護者たちも同じ思いを口にする。なぜ、こうなのか。岡本さんはPTA会長に頼み、PTAの帳簿を見せてもらった。
「そしたら、無駄な経費、多すぎる会議(があった)。あと、父兄に不利で教職員に有利な慶弔規定。多い繰越金などにも疑問を持ちました」
支払い済みのPTA会費と慰謝料など計約20万円を請求した裁判は今年2月、熊本地裁で判決があり、「(原告は)入会していたと認めるのが相当」などの理由で岡本さんが敗訴した。直ちに控訴した岡本さんは今、こう振り返る。
「任意加入の団体ということをPTAが教えないこと自体が、ずるいな、と。(子どもが)4年生の時、退会届を出しましたが、『退会はできない』という返事が来たんですね。5年生の時には電話で『会費を払ってくれ』と。退会届を出していると言うと、『退会できない決まりがある』と。これは、憲法21条の結社の自由に違反している。退会の自由がないのはおかしい」
「PTAの自動加入は不可能になる」
熊本の裁判に関し、首都大学東京の木村草太教授(憲法学)は「PTAが任意加入団体であることを原告に説明しなかったのだから、会費の徴収は『詐欺』や『錯誤』に当たる可能性があり、裁判所が返金を命じる可能性もある」と言う。その上で「PTAは任意加入団体」という事実が広く知れ渡るようになってきたと言い、こう強調した。
「強制的に自動的に保護者を全員加入させる運営は、不可能になると思います。実際にそういう形で進めれば、高い訴訟リスクを負う。仮にPTAが勝ったとしても、弁護士を立てて何十万円というお金がPTA会費から支出される。PTA財政はそんなリスクに耐えられるとは思えない」
実は、PTAが日本で広まった当時、参加はあくまで任意とされていた。PTA問題に詳しい文化学園大学の加藤薫教授によると、文部省(現文部科学省)は過去3回、PTAのモデル規約を示している。1948年と1954年のモデル規約では、「会員となることのできる者は‥‥」として、親と教員が明示されていた。
「『会員となることのできる者』という言い方で、任意制を示しています。ところが、1967年の規約では『PTAは、学校に在籍する児童生徒の親および教師によって、学校ごとに組織される』と。任意制が引っ込んで、先生と親がPTAに自動的に入らなくてはいけない、と思わせる書きぶりになった」
文部省のモデル規約は、任意制に関する表現が弱められた。だが、任意加入の原則そのものが消えたわけではない。
では、その「任意加入の原則」は各現場で、どれくらい徹底されているのだろうか。東京都港区に事務所を置く日本PTA全国協議会を訪ね、東川勝哉副会長に認識を聞いてみた。同協議会は、事例集やマニュアルを作るなどして、各地の活動をサポートしている。
「ほとんどの皆さんに、楽しく、やってよかったな、という活動をやってもらっています。が、中には役員を決める時に難しさに直面するといったことがあります。(任意加入の説明が)きちんとされているか、伝わっているか、ということについては、課題として残っていると思います。ただ、ほとんどのところは(適切な説明が)されているという認識です」
PTAへの疑問が膨らむ中、新たな動きも出てきた。
札幌市立札苗小学校は2013年2月の臨時総会で「入退会自由」を打ち出した。事前のアンケートでは7割が「自由加入」を知らなかったという。現在の加入率は95%である。
最初から入らない人、途中で抜ける人、再入会する人。それぞれの役割も「やれる人がやる」という形に変えてきた。会長の川﨑克彦さんは「これをやれる、やれない、とはっきり言えるような形にしたのは良かった」と明快だ。
自由加入の徹底で、従来型PTAそのものが事実上、無くなった学校もある。沖縄県の那覇市立識名小学校もその一つ。富田尚校長が話す。
「任意加入と並行して、活動もやりたい人がやる形に変わりました。ただ、学校と切り離されてしまったところがあり、活動も連携していません」。名前だけ残るPTA。今後、どういう形が望ましいか、模索を続けている最中だ。
間違った意識「集団になると牙をむく」
最後にブログ「PTAはガラパゴス」を開設する女性の声を紹介しよう。大阪府在住で、PTAの息苦しさを訴え続けている。彼女はこんな話を明かしてくれた。
「PTAには、地域の行事や市が主催する講演会などを手伝うことが『ノルマ』として課せられていて、この仕事を『動員』と呼びます。例えば、市が行う市民大会や講演会に『●小PTAは●人』と割り当てがきて、本部役員を通じて各委員会に『●人動員を出してください』と連絡がきます」
いやいや出向いた人には時間のムダ。そんな人に交通費を出すのはPTA会費のムダ。やがて退会を申し出ると、彼女はこんな言葉を浴びた。
「親の責任を果たしていない」「子どもに自分の背中を見せられますか」「退会したら、逃げたと後ろ指さされますよ」。そんなに嫌なら「加入が任意の学校へ転校されたらどうですか」とも言われたという。
「ひどいことを言った本部役員の方々も、ある意味でPTAの犠牲者。長年の間違ったやり方で『PTAは親の義務』と刷り込まれているだけ。一人ひとりはとても良い方ですが、間違った意識は集団になると牙をむきます。他の学校では、親が様々な事情でPTAに参加できなかったり、退会を理由に子供が集団登校班に入れてもらえなかったり、卒業式で1人だけコサージュをつけてもらえなかったりという差別が起こっています」
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝