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働く人として尊重されない 疲弊する非正規社員

2016/05/31(火) 11:57 配信

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長時間労働や過度なプレッシャー、あいまいな評価などによって追い詰められるうちに、人生や人格すべてを仕事に奪われ、自分が壊れてしまう「全人格労働」。これまで大企業中小企業の正社員のケースを中心に、働く現場から聞こえてきた悲鳴に耳を傾けてきたが、最後は急増する「非正規雇用」。派遣社員や契約社員は、どのようにすり減っていくのか。(Yahoo!ニュース編集部/AERA編集部)

婚約者の両親から反対されて破談

都内のPR会社に勤めて8年になる契約社員の男性(32)は、28歳の頃、結婚したいと思った派遣社員の女性がいた。プロポーズも受け入れてもらい、2人で頑張って働こうと決めたが、彼女の両親は婚約相手が正社員ではないと知った途端、「娘が苦労するのが目に見えている」と反対した。最初は「親を説得する」と言っていた彼女も、だんだんと会う回数が減っていき、2カ月後には「やっぱり親と縁は切れないから」と言い出し、破談になった。以来、恋愛に臆病になり、ずっと彼女はいない。

イメージ:ロイター/アフロ

就職活動ではメーカーを中心に40社ほど受けたが、内定はゼロ。大学の卒業を延期し、「就職浪人」したが2年目の就職活動もうまくいかなかった。そんなとき、「新卒派遣なら、正社員登用率が高い」という派遣会社の誘い文句に引かれて登録、秋に卒業するとすぐに50人規模のPR会社に派遣され、営業職に就き、3年後に契約社員になった。 

「正社員登用」というニンジンぶらさげられ

婚約破棄の一件以来、正社員への思いはますます強くなった。上司からは「頑張れば正社員にしてやる」と言われ、鼻先にぶらさげられた「ニンジン」を手に入れようと、正社員以上の仕事量を押し付けられても、嫌な顔を見せずに成果を出してきた。終電間際まで続く打ち合わせに、突然の残業や休日出勤にももちろん応じる。金曜日にいきなり、月曜日までにある企業向けの企画書を仕上げるように言われ、土日に計画していた友人たちとの旅行をキャンセルしたことも。けれど、いくら必死に頑張っても、「ニンジン」は手に入らない。正社員と同じかそれ以上の仕事量、責任を押しつけられて、手取り給与は正社員の7割程度だし、ボーナスももらえない。

「正社員以上に働いて、部署の赤字脱却に貢献してきたのに、待遇では大きな差がある。上司には安くて使い勝手のいい駒として利用されているだけの気がしています」

非正規雇用は右肩上がり

非正規社員が増えている。総務省の労働力調査のデータを見ると、1990年に881万人だった非正規雇用者数は右肩上がりで増え、2015年には1980万人と2倍以上になった。正規雇用者は徐々に減っているため、90年には20.2%だった非正規雇用者の割合が、15年には37.5%にまで増えている。非正規雇用者の約7割が女性だ。

非正規雇用者の中には、「夫の扶養内で働きたい」「自由に使える時間がほしい」と、働き方を選んでいる人もいるが、同調査によると、本当は正規雇用を希望している人が2割弱いる。派遣労働者に限ってみると、厚生労働省の調査では正社員を希望する人は6割を超えるという。

中高年派遣は10年で2.4倍

最近ではリストラの影響などで中高年の派遣社員も急増している。労働力調査によれば、45歳から64歳の中高年の派遣社員の数は14年平均で34万人と、10年前の2.4倍になった。約119万人いる派遣社員の3割近くが中高年だ。

大手メーカーに勤めていた52歳の男性は、部署の業績が悪化した2年前にリストラに遭った。有給休暇を消化しながら転職活動をしたが、退職日にも再就職先は決まらなかった。一人娘はまだ小学生だし、妻は20年近く専業主婦で、いまさら働いてほしいとも言えない。男性は生活のために派遣会社に登録した。派遣される先は引っ越しや警備、交通整理、倉庫内での作業といった現場での肉体労働ばかりだった。50 を超える体には正直きつい。

AERA編集部

20歳以上年下の社員からタメ口で指示

物流倉庫に派遣されたときは、注文用紙にある商品を探してきて、それを一括りにする「ピッキング」という業務についた。派遣先のリーダーは、30歳前後の男性正社員。タメ口で指示を出し、ちょっとでもミスをすると「使えねぇ」「お前なんて、クビにしてやる」などと怒鳴る。他の派遣社員へも同じような接し方だった。人格まで否定するような暴言を毎日聞いているうちに、男性は左耳が聞こえなくなった。耳鼻科を受診すると「ストレス性突発性難聴」と言われた。

このままだと両耳が聞こえなくなるという恐怖があり、本社の総務部にパワハラだと訴えたが、「派遣社員だから」「どうしても嫌なら他の会社に移って」と言われ、取り合ってもらえなかった。

「今はセクハラやパワハラに対する目が厳しくなっている時代のはずなのに。正社員の頃は守られている実感がありましたが、派遣社員はその対象ではないんだと思い知らされました」

入院申告したら契約が切られる

「この仕事を続けたら自分が壊れると感じたので辞めました」。3年前まで約10年間ホテルの非正規雇用で働いていた関西地方の女性(38)は、連載第1回で募集した「全人格労働」に関するアンケートにそう書いた。

ホテルでの業務はほぼ立ち仕事。午前中は朝食バイキングや会議室のセッティングなど午前5時半から正午ごろまで勤務。一度家に帰って昼食を取って休憩し、午後は5時から宴会の準備から片づけまでを担当し、遅いときは0時近くまで勤務する。翌朝はまた朝5時半から仕事だ。経費削減のため、冷暖房を使用していいのは客のいるエリアのみ。宴会の準備や片づけの間は、夏は暑く冬は寒い場所で働く。一方、正社員は在庫管理や伝票確認などが主な業務で、現場にはあまり出てこなかった。

ある年の冬、体調不良で病院へ行くと、卵巣が大きく腫れていて、卵巣摘出を勧められた。手術は拒否したが、医師には「体は冷えるし、不規則で睡眠時間も取れない。そんな環境で仕事をするな」と叱られた。その数カ月後には、突然過呼吸のような症状に悩まされるようになったという。

また、この女性は働きを認められて派遣から契約社員になって社会保険にも入れたが、ある時「あごの手術と入院で1カ月間休みたい」と伝えたところ、「一度契約を切る」と言われ、派遣社員に戻されたことがある。病気休業中に本人や家族の生活を保障するためにある「傷病手当金」ももらえず、国民健康保険に入り直して自分で保険料を支払うことになった。手術前で不安だったときに、冷たい仕打ちだった。

AERA編集部

6カ国語堪能の添乗員でも年収200万円

「インフルエンザで40度の熱を出したまま南米に行かされたこともあります」
海外旅行の添乗員として働く40代女性もアンケートに体験談を寄せてくれた。派遣社員なのにミスはおろか少しの体調不良も許されないなど正社員以上の責任を押し付けられ、それでいて賃金は正社員に比べて低く、ボーナスも有給休暇も退職金もない。

「やりがいのある素晴らしい仕事だけど、代わりがいくらでもいるから便利に使われて、完璧だけを求められるロボットのように扱われている気がします」(女性)

連載第1回で男性添乗員のケースに触れたように、ほとんどの添乗員は派遣会社に登録している派遣社員。海外添乗員たちは自費で各国語を学んでいて、この40代女性は、日本語、英語のほかスペイン語など計6カ国語を使いこなし、添乗員として20年のキャリアもあるが、月に2~3回のツアーに添乗し、16~26日ほど働いても年収は200万円前後。さらにそこから国民健康保険と国民年金を自分で支払わなければならない。今年はテロや不景気でツアーが激減しているため、年収が100万円を切ってしまうかもしれないという。

海外添乗員は一度ツアーに出ると帰国するまで拘束され、1日平均12時間、長い時は15、16時間ツアー客と過ごす。書類上は1時間休憩を取っていることにしているが、実際は休憩など取れない。体調が悪くても休めない。ヨーロッパ添乗などではガイドがついていないところを添乗員が案内や通訳をすることも多く、誰でもできる仕事ではないため、病気のままツアーに出発したこともあるし、ツアー前日に急病でどうしても行けなくなったときには、代わりの添乗員の航空券代を全額支払わされた。

イメージ:アフロ

非正規社員こそ知識を持とう

特定社会保険労務士として、雇用者側、従業員側両方の労働相談に乗っている押本靖貴さんによると、「健康保険」「厚生年金」などの社会保険は、会社側の負担も大きいので、非正規雇用者を加入させない会社も少なくない。そうすると、健康保険から支給される「傷病手当金」も受給できず、病気やケガなどで働けない間の生活保障がない。

社会保険は、正規雇用者の4分の3以上の労働時間・日数の場合、加入の義務がある。保険料の自己負担を覚悟しても、傷病手当金がない国民健康保険ではなく、社会保険に入れるような働き方を選んだほうがいい。さらに社会保険料は会社と折半なので、個人にとっては有利な面もある。

また、労災保険はすべての労働者に適用され、1日の勤務でも対象になるし、雇用保険は雇用期間が31日以上の見込みで週20時間以上の勤務なら加入の対象なので、最初に会社に確認したほうがいい。もし雇用保険に加入していなければ、突然雇い止めに遭ったときに失業手当が受給できず、再就職までの収入がゼロになる。会社が守ってくれない以上、自分で守るしかない。

「さまざまな制度や権利について『どうせ非正規だから』とあきらめるのではなく、知識を得て会社と話し合うことも必要です」(押本さん)

裁判以外にも労働審判やあっせん手続き

社会保険労務士は労働相談や社会保険に関する専門家で、中でも特定社労士は、当事者同士の話し合いにより解決を目指す「裁判外紛争解決手続(ADR)」のあっせん代理業務もできる。長い時間と多額の費用が必要な「裁判」以外にも、費用が安く迅速に解決できる「労働審判」という手続きや、半日もかからない「あっせん」などもあって、裁判と比べてハードルが低いので、さまざまな選択肢があることを知っておきたい。

これまで4回にわたって、働き方について考えてきた。初回に実施したアンケートの回答や、続々届くメールでのご意見や体験談を読んでいると、いかに仕事で苦しみ、人生が狂ってしまった人が多いかが分かる。問題は深刻だ。「仕事=人生」になりかけている人は、一度立ち止まって考えたほうがいい。仕事に人生をすべて奪われ、自分が壊れてしまう前に。

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