農村部での野生鳥獣の被害は、拡大の一途をたどっている。農作物への被害額は現在、じつに約200億円にものぼる。被害の約7割がシカ、イノシシ、サルによるもので、全県でそれぞれ1000万円以上(うち34都道府県は1億円以上)の被害が発生している。
1990年代に入り、国内の2大害獣であるシカ・イノシシの数は、異常な増加を見せている。環境省の推定によるとシカは90年の約30万頭から2012年には約250万頭に、イノシシは約25万頭から約90万頭に増えた。
どうすれば農作物への被害を食い止め、継続的な害獣駆除ができるのか。そんな難題に挑んだのは、意外にも都市地域の若者だ。(Yahoo!ニュース編集部/ライター中村計・Forbes JAPAN編集部)
脱サラ青年、島根でイノシシを狩る
島根県の中山間部に位置する邑智郡美郷町。人口約5500人のこの町では、中心を流れる江の川を囲むように、山がそびえ、森林が広がる。村の中心部から、車で10分ほど、江の川のほとりの小屋で、黙々とイノシシの解体を行う若者がいる。波多野一輝、現在30歳の元広告代理店に勤務していた脱サラ青年だ。
2年前に美郷町に移住した波多野は、猟銃を扱う資格も持ち、時には森の中へ自ら猟に出る。波多野がさばくイノシシの数は、年間500頭ほど。多い時には1日に5〜10頭に及ぶこともある。解体したイノシシ肉は、「おおち山くじら」のブランド肉として全国に出荷される。また高級缶詰として加工され、都市地域の若者をターゲットに販売されている。
波多野を含め、都会から美郷町に移住した20〜30代の3人の若者をとりまとめるのは、東京に本社を置く「クイージ」代表の石﨑英治だ。
「元々は、大手シンクタンクで農家や自治体にアドバイスするコンサルタントの仕事をしていましたが、農家の方々にとって、害獣被害は想像以上に深刻でした」
石﨑と「害獣」との出会いは、学生時代にさかのぼる。北海道大学農学部林学科の在籍時代、阿寒の森を研究していた時のことだ。成長記録を付けるはずが、何十年も先輩の代から見守り続けてきた森林が、1990年代に入って異常増加したエゾシカによって、樹皮を食べられ、丸裸になり枯れ果ていくのを目の当たりにした。
ドイツ林学の流れをくむ林学の中には、そもそも狩猟学も含まれていた。恩師の言葉が心に響いた。
「シカを獲るのも林学の仕事だよ」
森を守るため、自ら狩猟の資格を取り、駆除にあたった。
鳥獣の激増と被害拡大の背景には3つの理由がある。気候変動と、高齢化と、過疎化だ。まずは、暖冬で雪が少なくなり、害獣たちの生息域が山から農村部まで拡大した。次に高齢化にともない猟師の数が約40年で1975年の52万人から半数以下の約18万人まで減少。人口に対する比率も0.1%と欧米に比べて極端に低い(アメリカは4~13%、フランスは1.9%、イギリス0.7%)。
しかも日本の狩猟者の半数以上が60代以上だ。また過疎化で耕作放棄地が増え、収穫されないまま残った農作物を野生動物が漁りにくるようになり、簡単に食料を得る方法を覚えてしまった。
増え続ける被害に、政府も対策に乗り出している。農林水産省は鳥獣被害対策の事業費を拡大。2008年の28億円から2015年には95億円となるが、被害は拡大の一途をたどっている。
「地元で害獣を駆除してビジネスとして成立させる。"害獣ビジネス"を成り立たせることが、課題を解決するための一番の近道ではないか」。そう考えた石﨑が野生のシカやイノシシの卸、加工販売を行う「クイージ」を立ち上げたのは、2010年のことだ。
害獣ビジネスの難しさ
クイージを創業した石﨑は、北海道、島根、静岡、高知など、全国の山間地域でイノシシやシカ肉の卸業を始めた。
だが、すぐに問題に直面する。それは野生動物の肉は安定供給に向いていない、ということだ。野生動物は家畜と違い広範囲に点在している。処理場の近くのシカを捕り切ってしまうと、遠くへ猟に行かなければならない。移動時間が長くなれば、仕留めたシカの腐敗がそのぶん進んでしまう。その上、年によって捕獲量に波もある。
「卸だけではない、一貫した捕獲・管理・販売が必要なのではないかと考えるようになっていました」。そんな時、美郷町を訪れた石崎は、理想的な場所だと感じる。
美郷町では、イノシシの駆除を、猟友会の駆除班ではなく、被害にあった農家自らが猟の免許を取得、駆除を行っていたのだ。
長年、鳥獣被害に取り組んできた、町議会議員の安田勝司氏は語る。
「農家は通年でイノシシを駆除して欲しい。ですが、猟師さんからしてみると、夏のイノシシはやせ細っていて金にならないので面倒くさい。イノシシの旬は脂が乗った冬場。一頭あたり夏場は数千円だけど、冬場なら10万前後になりますから」
"害獣駆除の先進地域"になった美郷町
そこで美郷町では猟友会の駆除班を解体、現在では、200人ほどの住民が農作業の一つとして罠猟を行っている。美郷町で採用されているのは箱罠猟という猟法だ。箱罠猟では、エサで害獣をおびき寄せ、檻に閉じ込め生きたまま捕獲する。その方が衛生的なうえ、新鮮なうちに精肉できる。捕獲、処理、出荷をすべて自分たちで行う組織を作り上げた美郷町には、ここ十年、イノシシの駆除に悩む地域からの視察が引きも切らず訪れている。いわば害獣駆除の先進地となったわけだ。
だが、そんな美郷町にも少子高齢化の波が訪れる。年々、解体作業を行う人の確保などが難しくなってきており、イノシシの安定供給が危ぶまれていた。人材の確保は至上命題だった。そこで石崎は考えた。
「そのときの美郷のイノシシ肉の売り上げは1000万ぐらいだったので、あと1000万あれば3人は雇用できるかなと。3人いればスモールビジネスができるはず」
野生動物という性格上、乱獲はできない。人材を増やしたからといって捕獲量が増えるわけではない。となれば、単価を高くするために付加価値を付けるしかなかった。そんな時相談したのが、以前から取引のあった、全国展開するインテリアショップ、アクタスが運営するカジュアル・フレンチ「スーホルム」の責任者・河合祥太だった。
フランスを中心としたヨーロッパではジビエ料理と呼ばれる伝統的な料理がある。河合はジビエ肉を安定して供給してもらうためにも、イノシシなどを害獣として駆除している地域の経済的な安定が必要と考えていた。そこで石﨑と意気投合したのだ。
2人がたどり着いたアイデアは、肉を新鮮な内に調理することができ、流通・保存にも優れた缶詰だった。2人は地域にお金を還元するためにも、地元に工場をつくることにこだわった。その際、補助金等はほとんど受けなかった。自立したビジネスとして成立させることで、持続可能な「害獣被害」の解決につながると考えたのだ。
高級缶詰で「天然モノ」の肉を売る
また、ジビエ肉には、新しい可能性がある。
「魚には『天然もの』という言葉があるのに、肉にはありません。イノシシやシカの肉はいわば肉の"天然モノ"。一部の出先や餌が不明な牛や豚よりも、健康志向や持続可能性に意識の高い都市地域の若者のニーズに合う可能性があります」(河合氏)
都市の若者をターゲットに付加価値をつけるため、「味」にも自信のあるものを作りたいと、依頼したのはフレンチの名店「ナリサワ」で修行経験を持つ「Ata」の掛川哲司シェフ。彼が監修した手作り缶詰は価格1200円から1800円の価格帯、いわゆる高級缶詰の部類だ。掛川シェフが胸を張る。
「缶詰は大量につくると、食品衛生上、過度な加熱を繰り返さなければならないので食材が崩れてしまう。でも手作業だと、最低限の加熱で済むので、レストランで出すものと遜色のないものができる」
今春、美郷町ではイノシシを使った缶詰を3種類製造、3月末から発売を開始する。工場では、都市部から移住したクイージの社員3名の他に、地元からパートを3名雇い入れた。缶詰工場での生産ラインは、1日約200缶。月4000缶出荷する予定だ。
前出の安田勝司さんの妻で、婦人会会長の兼子さんが明るい声を上げる。
「続けていれば、いいことがあるんだなあ、と思いましたね。缶詰工場までできて。この地域は山菜もものすごくおいしいんです。最近は、缶詰工場の空いた空間を使って、山菜でも何かできないかなとか考えているんですよ」
迷惑千万なものでも工夫次第で宝に変わり、それを欲しいと思っている人がいて、両者をつなげることができればビジネスが成立する――。一見すると、そんな物語だ。しかし、クイージの本当の存在価値はそこにあるのではない。彼らの最大の功績は、地域が自立できる仕組みをつくり、そこに住む人に自信を持たせたことだ。
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