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近所に保育所ができるのは迷惑? 地域で子どもを育てるということ

小川たまかライター

隣に保育所、迷惑ですか 騒音・送迎車…各地で建設難航」(朝日新聞/2014・6・3)という記事を読んだ(リンク先の全文を読むには無料登録が必要)。待機児童解消のために保育園の増設が検討されているが、近隣住民の反対にあって難航している地区もあるという。記事内では、住民説明会で「静かな老後を過ごしたいと思って家を建てたのに」「送迎の車で住民が事故にあったらどうするのか」といった声があったと書かれている。

騒音、と聞いて自分の幼い頃の体験を思い出した。子どもの頃、都内の保育園に通っていたのだが、年長クラスのときに騒音トラブルがあった。園の片側が、隣接する民家とかなり距離が近く、なかでも年長クラスは隣の家と物干し竿を延ばしたら届くぐらいの近さだった。なぜそれほど近かったことを覚えているかというと、物干し竿で年長クラスの部屋の窓ガラスを割られたことがあるからだ。

隣の家には老夫婦が住んでいて、恐らく何度かそれまでも苦情を言われたことがあったのだろう。その日はちょうど、2人いた担当保育士さんのうち、厳しい方の保育士さんがいなかった。それで私たち年長クラスの子どもは、ちょっと羽目を外してしまった。静かにしなければいけないことはわかっていたが、子どもの集団がいったんハイになったら止められない。気がついたら隣の家のおじいさんが物干し竿をかまえてこちらを睨んでいて、次の瞬間にガシャーーンとガラスが割れた。女の子たちのほとんどは泣き出して、男の子たちの何人かは厳しい方の先生が帰ってきたら絶対怒られると言った。

その後、大人たちの間でどんな話し合いがあって、誰がお金を払って窓ガラスを修理したのかは全く知らないけれど、今になって思い返すとあの老夫婦には本当に申し訳ないことをしたと思う。それこそ「静かな老後を過ごしたいと思って」いただろうに、耐えられない騒々しさだったに違いない。

子どもは騒ぎ回るものだし、大人はせっかく手に入れた自分の家で騒音に悩まされたくないもの。朝日新聞の記事で、保育園側も防音したり、子どもたちになるべく騒がないように言うなどの対策を取っていることが書かれていたが、そのうちのひとつ「職員が周辺の雪かきをするなど、地域に溶け込む努力をした」というものがあった。「餅つき大会の会場を探す町内会に園庭の利用を申し出たほか、住民を招いた夏祭りや高齢者と園児の食事会も開いた」ともいう。これが一番大切なことなのではないかと思う。

騒音を感じたときに、その騒音の主に対して普段どう感じているかと、その騒音をどの程度我慢できるかどうかはかなり関係が深い。たとえば、知り合いの働く個人事務所では隣が楽器の教室になっていて、その音が聞こえてくることがあるという。最初に「うるさいこともあると思いますが、よろしくお願いします」と挨拶をされていたこともあり、うるさいと感じることはなかったそうだ。ところがある日、その教室に通ってきている生徒さんと偶然顔を合わせた際に、挨拶に対して素っ気ない態度を取られるということがあった。その日は音がうるさく感じられて仕方なかったそうだ。

似たような経験は多くの人にあると思う。

顔も知らない、どこかの聞き分けのない子どもが騒いでいるのだと思ったら、なかなか我慢できない。でも、餅つき大会で一緒にお餅を食べたあの子だと知っていれば、「今日はちょっと楽しいことがあったのかな」と思えるかもしれない。私が通っていた保育園でも、あれだけ隣の家と距離が近かったら、どれだけ気を付けても迷惑をかけないことは難しかったはずだ。保護者と園児に対して優しい保育園ではあったが、近隣との交流に関して何かしていたという記憶はない。あれば、少なくともあれほど怒らせてしまうことはなかったのではないかと思う。

さらに思う。暮らしに騒音が持ち込まれるのは耐えがたいことだ。ただ、保育所と聞いただけで始めから建設に反対するのだとしたら、それは対話の拒否だろう。その保育所がどんな姿勢で地域と向き合おうとしているのかを見るべきではないか。ひとことに「保育所」といっても、認可の公立保育園(区市町村が運営)、認可の私立保育園(主に社会福祉法人が運営)、都内だったら認証保育所(民間企業やNPO団体が運営)、さらに認証保育所以外の無認可園など、運営者や運営方法はさまざまだ。「保育所」であればどんな保育所でも子どもの遊ぶ声は聞こえてくるものだが、その「騒音」に対して、運営に関わる大人たちがどのように近隣に配慮するか。それを見るべきではないか。

また、小さい子どもを持つお母さんに取材すると、近所の人に対して積極的に挨拶するように子どもに教えているお母さんは多いことがわかる。地域の人に顔を覚えてもらえば防犯にもなるし、さらには地域の人に存在を知ってもらうこと自体が子どもの社会的な成長につながる。「子どもを地域全体で育てる」というときれいごとに聞こえてしまうけれど、それは親が子どもを育てる義務があるのと同じく、地域で生きる大人の義務なのではないだろうか。子どもの声を「騒音」にしないために、子育てに関わっている大人も、そうでない大人も、できることはあるはずだ。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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