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日経電子版の英紙見出しは「編集」されている 執筆者は「問題ない」と回答

楊井人文弁護士
Financial Times10月31日付コラムと日経電子版のツイッター(右)

日本経済新聞が電子版ニュースサイトに「[FT]トランプ、プーチン、安倍…強権指導者の危うさ」と見出しをつけて英紙フィナンシャルタイムズ(FT)のコラムを掲載したところ、原題の「Trump, Putin, Xi and the cult of the strongman leader」と食い違いがあるとの指摘が日本報道検証機構に寄せられた。そこで、この問題を調査したところ、日経はFTの翻訳記事を掲載する際、原題どおりに翻訳せず、日本人読者向けに独自に見出しを作成しているケースが多いことがわかった。本文では強権指導者の一人として安倍晋三首相の名前が出ている。コラムの執筆者はロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席とは異なる位置付けで安倍首相を取り上げたと指摘しつつも、見出しの変更は「問題ない」と回答した。

ただ、多くの人が「誤訳」と誤解しかねない見出しに問題はないのか、そもそも翻訳記事の見出しを編集することに問題はないのか、といった点は、従来あまり論じられたことはないと思う。今後もこうした誤解が起きるリスクが残っている。この機会に問題の所在を検討しておきたい。

見出しは「誤訳」でも「捏造」でもなかった

日経は昨年11月に買収する前から提携関係にあったFTの記事を、社説やコラムを中心に毎日数本程度、翻訳して紙面や電子版などに掲載している。

11月7日には、電子版に「[FT]トランプ、プーチン、安倍…強権指導者の危うさ」という見出しで翻訳記事が掲載された。元は、ギデオン・ラックマン(Gideon Rachman)氏=国際問題チーフコラムニスト(chief foreign affairs columnist)=が執筆した10月31日付コラム。原題は「Trump, Putin, Xi and the cult of the strongman leader」で、そのまま翻訳すれば「トランプ、プーチン、習…強権指導者の流行」となる。原題にあった、中国の習近平(Xi Jinping)国家主席の名前の代わりに、日本の安倍首相の名前が入っていたことから、見出しを捏造したのではないかとの疑念がネット上で続出した。(*1)

もっとも、コラムの本文では「強権指導者」の一人として安倍首相も取り上げていた。ラックマン氏は、冒頭で「モスクワからマニラ、北京からブダペスト、アンカラからデリーに至るまで、国家主義の『ストロングマン(強権的な指導者)』が再び流行している」「ストロングマンに魅了される流れは、独裁的な国と民主主義国の双方に広がっている」と指摘。習主席やフィリピンのドゥテルテ大統領、プーチン大統領、トルコのエルドアン大統領を取り上げ、「程度はまし」との断りを入れて、ハンガリーのビクトル首相にも言及した。それに続けて「まだ正真正銘の民主主義体制の枠内で活動しているものの、その政治的アピールは、国家主義をはっきり帯びた毅然としたリーダーシップというイメージを基盤としている強権的指導者」として、インドのモディ首相と安倍首相の名前も挙げた。(*2)

見出しが改変されているとの疑念について検証するため、コラムを執筆したラックマン氏にメールで取材を申し込んだところ、回答があった。ラックマン氏は、日本語版の見出しが原題と違っていたことについては「知らなかった」としつつ、「日本の読者により興味を持ってもらえるよう見出しを変えたと思われる」「ジャーナリズムの世界ではよくあること」として「問題はない」との認識を示した。訂正を求める考えもないと答えた。

実は翻訳記事の見出しは大幅に「編集」されている

日本経済新聞にも質問したところ、同社編集局読者センターより「日経グループのFTの翻訳記事を掲載する際に読者が日本語で読みやすいように、見出しを含め編集をするケースがあります。本紙と提携している海外メディアの翻訳記事も同様です」との回答があった。日経がグループ傘下あるいは提携している海外メディアは、少なくとも24社あるが(日経ウェブサイト)、こうした海外メディアの翻訳記事の見出しも、日本側が独自に編集、作成しているとみられる。

実際、日経電子版に11月1日から10日までに掲載された24本のFT翻訳記事(ラックマン氏のコラムをのぞく)の見出しと原題と照合してみたところ、外形上、原題に近い見出しもあったが、原題とかなり違っているものが大半だった。一部を挙げてみよう(《 》はFT原題、( )は試訳、「 」は日経電子版の見出し)。

  • 11月2日付コラム《Climate change and the risks of denying inconvenient truths》(気候変動と不都合な真実を否定するリスク)

→日経電子版「[FT]パリ協定 効果期待できず 温暖化の脅威に楽観と現実否認」(11月6日掲載)

  • 11月4日付社説《A Brexit thunderbolt from the High Court》(英EU離脱にとって高等裁判所の判断は寝耳に水)

→日経電子版「[FT]英EU離脱、議会承認求めた司法判断は正しい(社説)」(11月4日掲載)

  • 11月6日付コラム《Corporate US dismayed over choice of Clinton or Trump》(米企業はクリントンかトランプか選択で苦悩)

→日経電子版「[FT]米経済界4割、苦渋の選択でクリントン氏支持 FT調査、3万社超へ」(11月8日掲載)

  • 11月8日付社説《Japan must proceed cautiously with Russia》(日本はロシアと慎重に交渉すべき)

→日経電子版「[FT]プーチン氏と踊る安倍氏 対ロ交渉は慎重に(社説)」(11月9日掲載)

  • 11月9日付コラム《Donald Trump’s win is a mandate to blow up Washington》(トランプ氏の勝利とはワシントン爆破の指令だ)

→日経電子版「[FT]トランプ氏の勝利、英のEU離脱以上に深刻」(11月10日掲載)

翻訳記事見出しの改変はどこまで可能か

そもそも翻訳記事の原題を翻訳の範囲を超えて改変することは、問題ないのだろうか。

まず、自社が作成したコンテンツをその作成主体を明記して掲載・配信する場合は、そのメディアが当然に見出しを作成、編集する権限をもっている以上、翻訳時に見出しを全く別のものに変えることも自由で、何の問題もない。(*3)

では、他社が作成したコンテンツの翻訳記事であればどうだろうか。翻訳とは、原文に即して、その意味内容を維持したまま別の言語に移し換えることであるが、訳者による意味内容の「解釈」なくして成り立たない作業である。字句に忠実な「直訳」では意味が伝わりにくいことが多々ある。趣旨をわかりやすくするため、ある程度の言い換えや加除修正を施す「意訳」は翻訳の慣行上認められている。とはいえ、原文の解釈を誤れば「誤訳」と評価されるし、「意訳」にも自ずと限界があろう。その境界を定めるのは難しいが、原文の意味内容の同一性が維持され、「わかりやすくする」という翻訳の目的に必要な範囲内の改変かどうか、で判断するほかないと思われる。「わかりやすくする」目的を超えて原文を書き換えてしまうと「翻訳」ではなく、「編集・改変」とみなされる。

さきほどのFT見出し5つの事例は、原題に大幅な変更が加えられてるから「意訳」の範疇に入らず、「編集・改変」に当たると思われる。

著作権の観点からいえば、見出しも著作物の一部分であり、翻訳を超えて編集・改変するのであれば、著作者の承諾を得ることが原則であろう。ただ、明確な承諾を得ていなかったからといって、見出しの編集権を行使できないわけではない。ラックマン氏の回答にみられるように、メディアにおける見出し編集権の裁量は広く、読者層に合わせてローカリゼーションを行う慣行もあるようだ。文意に反した改変でもない限り、原著作者が異議を唱えることはないと思われる。(*4)

見出し編集権を逸脱しているといえるか

もっとも、見出し編集権にも限界があると考えるべきである。まず、一般論として、原文に全くない意味の文言を付け加えたり、本文の趣旨に反する印象を与える見出しをつけることは、編集権の裁量範囲を逸脱しているとみなされるだろう。読者は見出しをみて本文を読むかどうか判断するから、本文との齟齬が大きいとき(いわゆる「釣り見出し」など)は読者の信頼を損ねることになる。このことは、基本的に、翻訳記事であろうとなかろうと当てはまる。

では、今回問題となった日経電子版の見出しはどう考えるべきだろうか。結論からいうと、「強権指導者」としてトランプ氏、プーチン氏、安倍氏の3人を見出しに冠することは、翻訳の範囲を超えた改変に当たるが、編集権の逸脱とまでは言えないと考える。

ラックマン氏のコラムを読めば、安倍氏を「国家主義をはっきり帯びた毅然としたリーダーシップというイメージ」という要素や、首脳個人間のアプローチを重視して「国際外交に独特のスタイルを持ち込む」という点で、トランプ氏やプーチン氏ら他の「強権指導者」と同列に扱っていることがわかる。

一方で、コラムは、習氏について毛沢東主義のニュアンスを帯びた「核心」という呼び名で「個人独裁」(personalized autocracy)に近づいていると指摘。プーチン氏とエルドアン氏は「最も独裁的なストロングマン」(most autocratic strongman)と呼び、彼らの具体的言動に言及しつつ、「程度の差こそあれ、こうした強権的指導者は皆、個人崇拝を促してきた」と評している。他方、ラックマン氏は、安倍氏に関してこうした「個人独裁」「個人崇拝」的要素には触れてはいない(否定もしていないが)。そうした要素がはっきりと強調されていたのは、習氏、プーチン氏、エルドアン氏、トランプ氏、あるいはドゥテルテ氏であった。そこに着眼すれば、コラムにおいて安倍氏はプーチン氏ら「最も独裁的なストロングマン」と同じ位置づけを与えられてはいないと解釈できる。

念のため、ラックマン氏に確認したところ、「コラムで述べた趣旨は、安倍氏も強権指導者の一人だが、民主主義の枠内で政権運営しており、プーチン氏や習氏、エルドアン氏とは全く異なる。むしろ(インドの)モディ首相に近い」との回答があった。前述のとおり、ラックマン氏自身、日経電子版の見出しには問題ないとの認識も示している。

結局、ラックマン氏のコラムにおいて取りあげ方に多少の差はあるにせよ、安倍氏も「強権指導者」の一人に挙げられていた以上、日経電子版の見出しが明らかに文意に反しているとはいえず、編集権の逸脱とは言えない。原題の「トランプ氏、プーチン氏、習氏…」よりも「トランプ氏、プーチン氏、安倍氏…」の方が、日本の読者の注意を惹くと考えて見出しをつけることは、メディアの編集裁量の範囲内と考える。

その見出しが適切かどうかの絶対解はなく、センスの問題としか言いようがない。日経電子版の編集担当者は原題を確認しているだろうから、「習氏」に代えて「安倍氏」を入れた点に、見出し編集のセンスが悪いと感じる人もいれば、良いと感じる人もいるだろう。いずれにせよ、見出しが常に文意を的確に代弁していると期待することは、メディアリテラシーとして禁物である。ラックマン氏が安倍氏をどのように位置付け評価しているかは、読者各自が文章を読み解き、理解するほかない

見出し編集権の所在を明示せよ

とはいえ、今回の見出しが原題と似通っていたうえ、「FTの原題を日経が翻訳したとの外観」を呈していたことが、編集権に基づく改変ではなく、翻訳を逸脱した改変との誤解を生んだことも指摘しておかなければならない。日経電子版のFT翻訳記事の見出しにはすべて冒頭に[FT]と表示されている。注意深く見渡しても、原題の翻訳ではなく、日経編集部において見出しを編集・作成しているとの注意書きがなく、末尾に次のような定型文が記されているにすぎない。

(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

(試訳:著作権はすべてフィナンシャルタイムズ社に属する。日本経済新聞社はこの翻訳記事の提供について単独で責任を負い、フィナンシャルタイムズ社は翻訳の正確性やクオリティーについていかなる責めも負わない。)

出典:日本経済新聞電子版(Financial Times翻訳記事の末尾)

一般読者の多くは、海外メディアの翻訳記事は、見出しも含めて原文に基づいて翻訳されていると認識しているのではないだろうか。日本側メディアが翻訳を超えて見出しを独自に編集、作成している実情はあまり知られていないであろう。以前にも、日経電子版に掲載されたFT社説の見出しと原題の食い違いが指摘されていたようである。(*5)

見出し作成者の混同を避けるためにも、翻訳記事の見出しは日本側で独自に編集・作成していることを明記し、原文と照合したい読者のために原題も情報提供することが必要ではないだろうか(翻訳記事末尾には、元の記事の掲載日と筆者名が記されており、そこから記事を特定することは可能だが、容易ではない)。この点も、日本経済新聞社に質問していたのだが、何も回答はなかった。

われわれ読者としては、翻訳記事の見出しは必ずしも原題の翻訳ではなく、日本のメディアが独自に作成しているケースが多々あることを頭に入れておくしかない。

【注】

(*1) 当初、日本報道検証機構のツイッターで「誤訳の見出し」との表題で見出しの食い違いを指摘しましたが、調査の結果、日経電子版が配信した見出しは、原題を翻訳したものではなく「編集」したものである可能性が高まり、訂正しました。誤解を与えたことを改めてお詫び致します。

(*2)

There are the strongmen who will operate within geneuin democratic systems, such as Narendra Modi in India and Shinzo Abe in Japan, but whose political appeal is based around the idea of decisive leadership, with a distinct of dash of nationalism.

出典:Financial Times "Trump, Putin, Xi and the cult of the strongman leader" by Gideon Rachman

(*3) たとえば、ロイター通信日本語サイトに掲載された記事の見出しが、原題どおりではなく、日本の読者向けに変更されること(いわゆるローカリゼーション)は、普通にあるだろう。原題が編集・改変されていても、ロイター通信というメディアが作成した見出しであるという点において、読者の認識に齟齬が生じることもない。

(*4) 著作権法上、法的に保護される著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」とされているが、新聞記事の見出し単体では要約としての意味内容しかないケースが多く、創作性が認められることはあまりない。評論を主とするコラムは見出しの創作性が認められる余地もあるが、今回の「Trump, Putin, Xi and the cult of the strongman leader」という原題が創作性を認められる可能性は低いと思われる。また、日本の国内法上、見出しの同一性は著作者人格権として一応保護されているが(「題号の同一性を保持する権利」、著作権法20条1項)、著作者の「意に反して」いなければ問題なく、メディアの見出し編集権行使が「利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」という例外事由に該当する可能性は十分にある。なお、日本経済新聞社にFTとの契約上、翻訳権とは別に見出し編集権の承諾を得ているか確認したが、明確な回答はなかった。

(*5) 2011年4月、日経電子版に掲載された翻訳記事の見出しが「[FT]今こそ原発を推進しよう(社説)」で、原題の”Time to revive, not kill, the nuclear age”(原子力時代を終焉させるのではなく、復活させるべき時)の食い違っていると指摘されていた

(*) FTコラムニストの名前の表記を「ラックマン」氏に統一しました。(2016/11/18 19:45)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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