自分が感情的になっているかどうかは、意外とわかりづらい

ビジネスの現場において、感情のコントロールができないと悩みが増えるばかりです。感情のコントロールができないことが原因で、ちょっとしたことに頭にきたり、イライラしたりします。些細なことで怒っている自分を顧みて、よけいに腹立たしいと受け止めたり、自己嫌悪に陥ったりして、ますます感情の起伏が激しくなってしまうこともあります。

感情のコントロールがしにくい人は、自分のことを客観的に分析することができません。感情的になっているかどうか自体もわからないのです。ですから、他人から

「どうしてそんなに怒ってるの?」

などと指摘されると、

「怒ってないよっ!」

と感情的に反論することになります。したがって、さらに怒れてきます。特に組織のリーダーが、必要以上に感情的になっていると部下たちは興ざめします。感情をコントロールしづらい人は客観的に自分を見つめられる「サイン」を覚えていきましょう。

感情的になっている「サイン」

感情が「コントロール不能」の状態のときのサインは「極端」です。極端な発想を思いついたり、口にしたりした場合、かなり感情的になっていると受け止めて間違いありません。

ただ極端といっても、常識外の大げさな表現ではありません。たとえば、

「お前なんか100万年、教えてもわからんわ」

「そんなに頻繁に報告すべきなんですか? じゃあ1秒ごとにすればいいですか?」

この段階ではまだ余裕があると言えるでしょう。「100万年」とか「1秒ごと」などと、常識はずれでデタラメなフレーズが出てくるということは、若干の「遊び心」を思い浮かべている証拠ですから、まだ心の余裕があるのです。

それでは、遊び心のない「極端」な表現とは、どういうことでしょうか。キーワードは2つだけです。

1)徹頭徹尾

2)二元論

1)の「徹頭徹尾」というキーワードは、「全部」「全員」「いつも」「毎回」……という意味を包含しています。たとえば、

「君は何をやらせてもダメだな」

「課長はいつも人をバカにしたような言い方をしますよね」

「そんなやり方なんて、うちのスタッフ全員、反対しますよ」

人も、時間も、事柄も、すべて100%全部「●●」なんだ、と思ったり、言ったりしたら、極端な感情が芽生えていると認識したほうがよいでしょう。

2)の「二元論」は、物事を2つの相対立するファクターに基づいてとらえることを言います。善と悪、精神と物体、白と黒、表と裏……。二元論で物事をとらえる人を「二元論者」と呼び、応報性(やられたらやり返す)が強くなる特性があるので、気をつけましょう。たとえば次のような表現は二元論なのです。

「今後は若手のアイデアを積極的に採用すると聞いたけれど、それじゃあ年寄りの話はもういっさい聞かないということなんだな?」

「新しいお客様をつかまえてこいと言うことは、これまで当社をひいきにしてくださったお客様は無視していいってことなんですね?」

「白でなければ黒なのか?」という、まさに「極端」な表現です。感情的になって心に余裕がなくなっているため、「白」以外であれば、「赤」も「緑」も「グレー」もあるはずなのに、その対極の「黒」を持ち出してきてしまうのです。物事が2つの要素でしか構成されていないと思い込んでしまうほど感情的になっている証拠です。冷静になれば、わかるはずです。何事もバランスが大事だということを。

また、感情的になってもいないのに、上記の「極端」な表現を恒常的に使用している人は、習慣になってしまっています。これは「悪癖」です。何事もバランスが大事ですので、自分自身が使っている表現をたまに振り返る癖をつけたいですね。