神戸児童連続殺傷事件の元少年Aに出したメールに、返信が来ました。彼の更新されたホームページ内での返信です。

犯罪によって利益を得ることは、道義的に許されません。被害者は保護されるべきです。同時に、彼の更生には支援が必要です。

■神戸連続児童殺傷事件元少年Aとのコミュニケーション

神戸連続児童殺傷事件の「元少年A」。彼の著作「絶歌」と彼のホームページ「存在の耐えられない透明さ」を読み、9月10日に彼にメールを出していました。その返信がありました。私個人へのメール返信ではなく、10月12日に更新されたサイトに返事が載っていました。

彼も私が書いたページ「元少年A公式ホームページ「存在の耐えられない透明さ」全文を読んで:酒鬼薔薇事件は今も続いているのか」を読んでくれていました。

■元少年Aに出したメール

先月9月10日。次の内容のメールを元少年Aに出していました。

「存在の絶えられない透明さ」ウェブマスター 様

はじめまして。私は、新潟青陵大学にて心理学を担当しております碓井真史と申します。

貴サイトに関しまして、マスメディアの方からの取材を受けた関係で、

一般の人より一足早く、サイトとメールアドレスを知りました。

ご著書とホームページを拝読いたしました。

ご著書の出版に関しましては、様々な意見があります。

出版に関しては、私も問題を感じざるを得ません。

しかし同時に、ご著書を拝読し、心震える思いを持ったこともまた事実です。

教育や少年司法に関わる人々には、ぜひ読んでもらいたいと感じました。

ホームページも、興味深く拝見いたしました。

インターネットは、たしかに自由な表現の場としては、良いものだと思います。

「ギャラリー」にある、昆虫のようなものが、祈っているように見える絵が、私は気になりました。

なめくじは、あなた自身の象徴なのでしょうか。

メイキングは、普通の人にとってはかなり気持ちの悪い画像でしょう。

「レビュー」を拝見し、私も「ひげよ、さらば」をアマゾンで注文しました。

「NIGHT HEAD」は、私も当時テレビで見ていて、とても印象的なドラマでした。

佐川一政さんに関するコメントも、納得させるものがあります。

さて、ホームページとメールアドレスを公開すれば、様々な意見が寄せられるでしょう。批判的な意見が来ることもご覚悟の上かと存じます。

犯してしまった犯罪事実は消えませんが、法的にはすでに終わっています。どうぞ、今後とも心穏やかに、そして優れた表現者としてご活躍されますことを、お祈りしております。

新潟青陵大学 碓井真史(うすいまふみ)

■元少年Aからの返信

元少年Aからの返信は、「存在の絶えられない透明さ」の「告知」→「元少年Aの “Q & 少年A”」に掲載されていました。

昨日10月12日にアップされたようですが、私は先ほどマスメディアの方から連絡をもらって、初めて知りました。

(補足10/15:現在このページにはアクセスできなくなっています。「元少年Aの有料ブロマガが「閲覧不能」に…運営元が凍結か」)

返信の内容は次のようなものです。

「~『彼は彼なりに深く反省し後悔していると思います。』『犯行当時の彼とは違い、今は人の優しさも彼なりに感じ取れるようになっているようです。』と書いてくださっていたことが印象的でした。普通、こういった行動を取れば「ほら見ろ、あいつは全然治っていないし、反省もしていない」という、判で押したような意見しか出ないものと思っていたのですが、碓井さんは人間全般への理解が他の人たちよりも一段深い方なのだなと、素直に感動したものです。」

「それにしても、「真史(まふみ)」ってユニセックスで美しい名前ですね。ご両親のネーミングセンスが素晴らしいです。」

このほかに、彼が感想を書いていた『ひげよ、さらば』に関しての話題や、人間の心の複雑さなどについての話題がありました。

彼の本の出版も、ホームページの開設も、「元少年Aの “Q & 少年A”」というコーナー名も、被害者ご遺族の心情を逆なでするようなものだと思います。彼の過去の犯罪行為自体、ほんのわずかも認めることはできません。

しかし、その上で、あえて誤解を恐れずに正直な気持ちを言うならば、私は彼からの返信を読んで、「好感」を持ちました。このようなメールのやり取りをすれば、その人と友人になりたいと思うほどです。もちろん、ほめられているといった単純な理由ではありません。歯の浮くようなお世辞を言われても、少しもうれしくありませんから。

彼は元凶悪犯罪者であり、またある意味とても注目されている有名人ですが、だからと言って不自然な虚勢や自己卑下がなく、まるで青年からもらったメールのようなナチュラルな印象を受けました。そこが好印象につながっているのかと思います。

(もちろんその自然さが、無反省だという世間からの怒りにもつながるのでしょうが)

彼は、別の人からのメールにも返信しています。あるメールには次のようにありました。

「罪がこれから先も消えることはない。」「罪を一生背負って生きていくことを要求する。反省のなかで、自殺したところで、多くの人々及び、被害者遺族がご自身を許すはずがない」。

このメールに対しては、たった一言、「“禿同”です。」(激しく同意です)との返信がありました。

■個人的メールが公開されたこと・ネット上で返信をもらったこと

自分が個人的にもらった手紙やメールでも、送り主に無断で勝手に全文公開などしてはいけません。彼もメールの公開に際しては、「一般の方に関しましては明らかにハンドルネームとわかる場合を除き頭文字表記or任意の呼び名」と書いています。

私と、フリーライターの方だけ、実名が出されています。彼としては、このような立場の人間の氏名所属は出しても良いと判断したのでしょう。

しかし職業は何であれ、私信ですから、ネット上でさらしてはいけません。個人的に書いた手紙が不特定多数に読まれれば、誤解を受けることもあるからです。ただし、今回のことに限って言えば、私はまったく不快には思っていません。そのことよりむしろ、返信があったことをうれしく思っているほどです。

元少年Aは、碓井に返信したいと思ったのでしょう。そして同時に、それもまた「表現」としての作品にしたかったのでしょう。みんなに、そのやり取りを読んで欲しいと思ったのでしょう。

このような彼の態度を、目立ちたがりとか、自己顕示欲とか、かまって欲しいのかとか言う人がいます。私は、少し違うと思います。もっと純粋に、ただ表現したい強い思いなのだと思っています。

その表現したい思いが、事件当時は、犯罪行為や犯行声明文になってしまったのでしょうか。今は、道義的な批判は受けるものの、合法的な表現手法になっているのかと思います。

■有料ブログ

彼は、有料ブログ(FC2ブロマガ)を始めました。上記ページに、購入ボタンが設置されています。これもまた、世間の非難を浴びることでしょう。ただ彼も、これで大金が得られるとは思っていないでしょう。(現在、このページはアクセスできない状態になっています。10/15)

でも、自分が書いた文章がお金になることは、文筆家を目指す人にとっては、喜びです。彼は、表現し、自分の表現を認めてもらいたいのでしょう。そしてもちろん、生活もしていかなければなりません。

■贖罪と更生と

私が元少年Aにメールを出した目的は、もう二度と犯罪など犯さず立派に更生して欲しいとの思いからです。彼は、元凶悪犯罪者ですが、今は社会生活を送っているわけですから、私は著者、ウェブマスターとしての彼にに対する敬意を込めて、素直な感想と共にメールを出しました。

最も伝えたかったことは、メールの最後の段落です。このような活動をしていれば、世間からのバッシングを受けることになるだろうが、どうか精神的に不安定になることなく、社会生活を送って欲しいとの思いです。

彼に対する法的制裁は終了しています。だからマスコミも、犯罪者扱いはできません。しかし、人としての贖罪は続きます。けれども、だからといって彼が罪への思いで自殺してもよいなどとは思いません。そんなことで、ご遺族の心は癒されないでしょう。再犯はもってのほかです。彼には何としても更生してもらわなければなりません。社会に貢献し、働き、収入を得て、自立してもらわなければ困ります。

しかし同時に、被害者ご遺族は保護されなければなりません。今回の一連の出来事で、ご遺族は傷つかれています。社会としては、被害関係者の保護が第一です。そして同時に、元少年犯罪者の更生への努力も求められています。

犯してしまった罪をつぐない,社会の一員として立ち直ろうとするには,本人の強い意志や行政機関の働き掛けのみならず,地域社会の理解と協力が不可欠です。

出典:法務省保護局「更生保護とは」

本の出版によって得た大金を、被害者遺族に渡すべきだとの意見も多く聞かれます。けれども、犯罪被害者の会の弁護士さんお聞きしました。そんな本で得たお金を差し出されたりしたら、かえってご遺族は傷つくだろうと。

犯罪者は再犯を犯さず、更生することが必要です。しかし、更生した姿を見て苦しむ被害者や遺族もいます。加害者はただ元気に更生すればよいわけではありません。贖罪とつぐないの思いを強く持つこともまた、真の更生のためには不可欠なのでしょう。

更生と被害者保護。それは、とても両立が難しい問題です。それでも、私達はその両者を進めていかなくてはなりません。

■関連サイト

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