■「江戸しぐさ」はやめましょう。

先月の記事「「江戸しぐさ」はやめましょう。:何が問題か。なぜ広がったか。」は、多くの方々にお読みいただきました。

「江戸しぐさ」とは、江戸時代の町民が行っていたマナーの数々と称するものです。そのマナー集を、現代においても活用しようとする人々がいます。この「江戸しぐさ」は、ずいぶんと広がり、教科書にまで載りました。

ところが、この「江戸しぐさ」。その由来があまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)事実無根と批判され始めました。その結果、掲載していた教科書も、今後の掲載はないと報道されています。ただし、歴史に関する「都市伝説」を明確に否定することはなかなか難しく、相変わらず「江戸しぐさ」を広めようとする人々もいます。

前回の記事では、「江戸しぐさ」の問題点を指摘しましたが、ご質問もいくつかいただきました。今回は、その質問疑問にお答えしたいと思います。

■「江戸しぐさ」とは:その内容が悪いのか

前回の記事に対して、「江戸しぐさ」のマナー自体を批判しているのかとのご質問をいただきました。そんなことはありません。

「江戸しぐさ」と称するものには、次のようなものがあります。

傘かしげとは

「傘をさした二人が狭い道ですれ違うときには、互いに傘をかしげて、通りやすくしましょう。」

肩引きとは

「狭い道ですれ違うときに、互いに肩をさっと後ろに引きましょう。」

時泥棒とは

「誰かの家を訪問する時には、アポイントメントをとって、きちんと時間を守って訪問しましょう。」

こぶし腰浮かせとは

「乗り物の長椅子に座っている時に新しい乗客が来たら、こぶしで腰を浮かせて、詰めあいましょう。」

といったマナーです。別に悪くないです。いえ、積極的に行いたいと思います。

実際にはなかったマナー

ただし、江戸の生活文化を考えると、上に書いたマナーも含めて実際には行われていなかったマナーがたくさんあります。年賀状がない時代の「江戸しぐさ」なのに、年賀状のマナーもあります。

ロクとは

また、「ロク」と呼ばれる「江戸しぐさ」は、江戸っ子の優れた第六感だそうで、江戸っ子(江戸しぐさ伝承者)はこれで関東大震災を予知したといいいます。こんなことが本当にできれば良いのですが。

■江戸にはさまざまなマナーがあったでしょ。その紹介なら、良いのでは。

実は、私も最初はそう思っていました。江戸時代にあったさまざまな美しいマナーを「江戸しぐさ」と呼び、それを現代にも復活させようとするなら、良いのではないかと。

あるいは、江戸時代に何があったかはまったく問題ではなく、現代人が守るべきマナーを、江戸時代風の絵で表し、「江戸しぐさ」とか、「江戸っ子は〜」と表現するのも、良いのではないかと思っていました。それを、史実とは違うと批判するのは、野暮ではないと思っていました。

しかし、それは誤解だとわかりました。「江戸しぐさ」は、たんなる比喩的表現ではなく、歴史的事実だとして広めようとする人々がいます。さらに、そこには都合よく捏造された嘘の歴史がちりばめられているようです。

このような「江戸しぐさ」を広めることは、大きな問題があると感じています。

■道徳教育がいけないのか

前回の記事に対して、道徳教育自体を批判しているのかとのご質問もいただきました。そんなことはありません。たしかに、道徳教育と称して、ただ為政者に都合の良い押し付け教育をしたり、個性を無視した理想像でこり固めようとするのには反対です。

しかし、昔から言われているマナーや道徳は、心理学的に見ても意味のあるものが多いと、私は考えています。道徳教育に反対しているわけではありません。

■資料がなくても、伝承だけでも良いのではなか

江戸時代の町民たちが「江戸しぐさ」を行っていたという資料は、何もありません。口伝えでも伝わらなかったのは、「江戸っ子大虐殺」が行われ、資料も証人たちも失われ、ただごくわずかな人だけに伝えられたからだと、NPO法人「江戸しぐさ」は主張しています。

さて、たしかに文献がないからダメと決め付けることはできません。しかし、「江戸しぐさ」には、「伝承」すらありません。つまり、研究者らを納得させられるような証拠は何もありません。

■間違っていても良いではないか。妖怪話のように。

「ゲゲゲの鬼太郎」のような妖怪話、伝説の昔話は、楽しいものです。民俗学的に研究する意味もあります。長年、たたりがあると思われていたために、開発から守られた自然もあります。子どもがカッパが怖いと感じて、危険な川に近づかないのも良いでしょう。「鬼から電話」も使いようによっては、有効です(「鬼から電話」の効果と使い方:叱り方の心理学)。

子どもたちも、大人になってから、あれはお話だったのだ、伝説だったのだと知っても、傷つくことはないでしょう。

これらの話は、現代人は事実だとは考えていません。しかし妖怪話をもとに、現代の生物学や物理学が間違っていると子どもたちに教える人がいたら、批判されるでしょう。あるいは、本当はまったく存在しない伝承を作り上げて、自分勝手に新しい妖怪を伝統的な妖怪として作り上げてしまうのも、間違っているでしょう。

「「人」という字は支え合って生きる人間を表している」といった金八先生の話も、漢字の成り立ちから見れば誤りですが、このような文字遊び、こどば遊びは、よくあることです。世間から批判されることではありません(「人」は支え合っていません。:武田鉄矢さんが金八先生の名言否定?とアイデンティティの心理学)。

ただし、ここに捏造された歴史を追加し、事実として子どもに教えたら、当然批判されるでしょう。

■子どもたちに何を伝えるか

「人には親切にしましょう。互いに愛し合いましょう。平和を作りましょう」。私は、この「ピース・インストラクション」を、M42 星雲(オリオン)からやってきた、宇宙の友人から直接聞きました。残念ながら、彼らからもらった証拠の数々は全て失われましたが、どうぞ私を信じてください。

「江戸しぐさ」として世に広まったものは、実は「越後しぐさ」なのです。当時の越後(新潟)は、日本一の人口を誇り、文化的にも非常に優れていました。「越後しぐさ」は、漫遊中の水戸光圀(「越後のちりめん問屋」の隠居)によって関東にもたらされましたが、平賀源内の策略によって「江戸しぐさ」と改変されてしまったのです。資料は何も残っていませんが、私の先祖だけが、その伝承を受けました。

さて、もちろんこれは作り話、ホラ話です(新潟が人口日本一だったことは本当)。でも、内容が良いのなら、問題ないでしょうか。碓井の「ピース・インストラクション」や「越後しぐさ」の話を教科書に載せたり、生徒向け講演会で話しても良いでしょうか。

マナーの話自体は間違っていなくても、あとになって、その人がとんでもない嘘、ホラを広げている人と知ったら、子どもはどう思うでしょう。

よくできた都市伝説陰謀論は魅力的です。今、これらの話が流行っているように思えます。それは、昔流行ったネス湖のネッシーや学校の怪談とは、違う様相を示しているようにも感じます。

「お話」を楽しむことは良いことです。しかし、明治政府による江戸っ子大虐殺があったとか、秘密結社が世界を支配しているとか、現実の世界観を歪めてはいけません。事実をきちんと確認しない反知性主義は危険です。子どもには夢を持たせたいと思います。同時に、客観性や科学性を育てたいと思います。まず、私たちがその手本となりましょう。

関連本、関連サイト

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○原田実 著 『江戸しぐさの正体:教育をむしばむ偽りの伝統』

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