「君は原発推進勢力が君の右足を引っ張っていることに気を取られているだろう。それは確かだ、間違いがない。そしてそのせいで4年ほど前に転んで大怪我をしたことは知っている。しかしどうして君の左足ももう一つ別の力に引っ張られていることに気がつかないのか。そうでなければ、君がこうして残酷にも二つ裂きになることはなかったのだよ。」

盗まれた怒り

放射能おばけは、恐怖を煽る誤った言説(デマ)なしには存在しえない。もっともこれまでも心ある人々によって、放射線問題にまつわる一つ一つのデマを否定する努力はなされてきた。その努力はデマに囚われた人々を自由にするためのものであったにもかかわらず、往々にして、かえって敵意をもって迎えられてきた(1)。したがって放射線おばけを肥えさせるデマについて考察する場合、人々が反目しあっている状態がなぜ生じているかをもう一度虚心に考える必要がある。

人々の不信の発端は、福島第一原発事故を起こしてしまったこと、それに対する対応のずさんさにあったことには間違いがない。実際、事故には間違いなく日本のこれまでの原発行政の不透明さと科学的リスク管理の甘さに原因があろう。そしてその問題解決のためには、事故の処理のため、およびこうした事故が再発しないように、原発行政において科学的なリスク管理と透明な意思決定を保証するメカニズム作りが最重要課題なはずであった。

つまり人々が不信を抱くべき対象は、本来原発行政の不透明さと無能さであったはずだ。具体的には問題を情報公開と監督する立場の政治家・専門家の金銭的な利益相反問題に絞り込み、この核心的な問題を解決することで人々の不信を融解させるメカニズムを議会での立法により創り出すべきであった。

しかし相当数の人々の関心は、どういうわけかこの最大重要で喫緊の課題から逸れてしまい、専門家全体への攻撃と科学技術全般の不信にすり替わってしまった。怒りの対象がすり替えられてしまった。人々の怒りが盗まれたのである。

それだけではない。実は専門家・科学技術全般の不信にこそ、放射能恐怖を生み出すデマがくすぶる原因があり、放射能おばけの生存基盤があり、民主政治が麻痺する原因がある。

くすぶるデマ

実は特に情報拡散能力の高いツイッターといった媒体においては、デマが拡散するのも速いが、修正情報が拡散するのも同じように速ければデマの寿命は短いはずだ(2)。ところが実際には、低線量放射線をめぐる恐怖を煽る言説は、ツイッターやフェイスブックの上を4年近くも飛び回り続けている。

これは一部の人々が、専門家の語る言葉に対して目を瞑り耳を塞いでしまい、情報の流れから孤立させられてしまって、デマの虜になってしまっていることに原因がある。そしてこの状況を許している最大の原因は、社会の分裂が深刻で、人々のあいだの不信が根強いことにある。

当然のことながら、放射線問題をめぐるデマにとって、天敵は科学者・専門家である。だから、放射能おばけが闊歩している空間には、いつもといっていいくらい、極端で非科学的な言説と、行政全般さらには科学者全般・専門業界全てに対する不信を煽る言説がセットになって存在しているのは偶然ではない。

つまり、放射能おばけは科学者・専門家の力を封じ込めることによってのみ存在しえる。

煽られた不信

事故前の原発のリスク評価や事故直後の情報公開をめぐって原発行政には多大な問題があった。日本の学会が形骸化して、社会に中立的立場から関与する義務を放り出してきたことも重大な問題であった。だから原発事故を機にこうした行政や学者に不信をもつようになるのはごく自然なことだ。しかしこの不信の力は、今後原発行政を透明化して有能なものにさせるための政治的なメカニズム作りという建設的な方向に向かうべきであった。

ところが現実には、原発事故後の一部の言論は、科学者全般・専門業界全てに対する不信に拡散していってしまった。こうして専門家たち全般に憎しみまで持っているひとが相当数いるに至ってしまった。ここで重要な点は、科学者全般・専門業界全てに対する不信が存在しないことには、科学の世界で信用のない言論人が語る非科学的な言説・デマが力を持つことはできないことである。

これはいかにも不自然な転換である。いったい誰がこの不信を煽ったのか。

「御用学者」パージの意味

ここで気付かれた読者は多いだろうが、2011年に生じた「御用学者」叩きは重大な出来事であった。ここまで考えると、第一部で紹介したクリス・バスビー氏が設立したというCBFCF (Christopher Busby Foundation for the Children of Fukushima)が、「御用学者発言撤回訴訟」を起こそうとしたこと(3)、御用wikiという、様々な形で問題解決にあたって努力している専門家たちを吊るし上げて叩いたサイトの出現(4)、そして同時期に出現した「エア御用」という言葉が全ての科学者に対する不信を煽るものであった事実(5)は興味深い。今から眺めてみると、これらの学者パージの動きが、あたかも初めから社会の分断と放射能おばけの成立を意識的に目指していたように見える。

「御用学者」を批判する名目で、科学者全般・専門業界全てに対する不信を煽り、本来の専門家の力を封じる行為は、3年前からもっと強く批判されるべきであった(6)。なぜなら、放射線のように高度かつ複合的な専門性が要求される問題で、科学者・専門家が萎縮してしまうと、社会からみればその問題に対応する専門的能力を失ったに等しいのだから。やみくもに全ての専門家に敵意と不信をもつことは、人々が自らの右腕をもぐ作業に等しい。

しかし結果としては、歪みがあった原発行政および関連団体の権威だけではなく、社会の専門性を司る学会や科学者・技術者の信頼まで失墜したのが現状である。ここではもはや旧態然とした古い権威の復活を目指してはいけない。それは行ったとしてもゾンビのような組織が生まれるだけだろう。やらなければならないのは人々のものである公共の権威の確立である(第3部にて詳説)。

また、専門家や日本に存在する公的な権威全てに対する底のない不信は、日本社会そのものに対する絶望の深さとおそらく相関し、その意味でここで不信と絶望に苦しむ人々は第一義的には被害者である。そして彼らの絶望が他人をも傷つけ、人々の不信を深める結果になっている。

科学者全般・専門業界全てに対する不信を積極的に焚きつける者に耳を傾けてはいけない。

文献・注釈

1. 四書五経の一つ、「易経」には、人々が反目しあう状態のことを、次の言葉で簡潔に示している。

そむきて孤(こ)なり。豕(いのこ)の塗(どろ)を負うを見、鬼を一車に載す。先には之が弧を張り、後には之が弧を説(と)く。寇(あだ)するに匪(あら)ず、婚媾(こんこう)せんとす。

これは現代語に砕けて訳すると、次のような意味になる。

「(人々が)反目しあって互いに孤立している。(ある人のところに)泥だらけのイノシシや鬼を乗せた車が押し寄せてくるように見えて、(その人は)弓を構えて防御攻撃の準備をするが、のちに弓をおろす。相手は攻撃しにきたのではなく、実は結婚の申し込みをしに来たのだった」

つまり、人々をデマに囚われた状態から助けようと差し伸べる手が、自分たちを攻撃しにくる原発推進側からの拳に見えてしまう。このような心理に陥るのは、放射線問題についての科学のレベルではなく、「反目しあって互いに孤立している」人々の状態そのものに原因があるというのは、日本社会の現状をよく捉えられる視点だろう。つまり、第一義的には、不信が煽られていることに問題がある。

2. 参考:拡張 SIR モデルによる Twitter でのデマ拡散過程の解析. 岡田 佳之ほか. The 27th Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence, 2013.

3. Skeptic’s Wiki、「御用学者発言撤回訴訟」の項目参照. この経緯は片瀬久美子氏(@kumikokatase)が紹介してくれた。あらためて情報提供に感謝したい。

4. 御用wikiサイトはなぜか急に閉鎖されたが、黒木玄氏(@genkuroki)が記録してくれていた(リンク)。ここであらためて黒木氏に感謝したい。

5. たとえば、次のリンクを参照:

エア御用問題 あらら氏にまつわる話 御用wikiに関わることの意味は

あらら氏によるエア御用概念の説明

6. 私自身、これらの問題に気がつきながら当時から発言を行わなかった事実を深く悔いている。私がこの連載記事を書いている理由はここにある。