金融機能の再編は、金融機関の再編に帰結するほかありません。例えば、貯蓄と決済という二つの機能を統合した預金は、一方で、金融の外に決済機能が拡大し、他方で、金利のない預金の貯蓄性が消滅するなかで、その存在意義が疑問に付されているわけですが、さて、預金を解体すれば、銀行の解体も不可避とならないでしょうか。

森信親長官の異次元改革

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今の金融庁は、森信親長官のもと、急速かつ本質的な改革を推進していますが、それは、金融庁自身の行政手法と組織の改革であるとともに、金融機関に対しても、金融機能の提供方法と組織の改革を求めるものです。そして、その改革の根底にあるのは、金融機能の利用者の視点、即ち、顧客の視点への抜本的な転換です。

金融に限ったことではありませんが、規制業は、いわゆる業法によって、業務を行い得る業者を規制するように構成されています。つまり、業務を規制することは、業者を規制することと、同一視されてきたのです。こうした規制構造のあり方は、法技術上の帰結なのかもしれませんが、そういうものとして、自明視されてきた面は否定できず、未だかつて、深く反省されたこともないような気がします。

実際、金融規制の仕組みが業者中心である以上、金融庁の行政の対象は、常に金融機関であり、結果として、行政の視点も、常に金融機関の視点であったのです。それに対して、森長官は、行政の視点を、金融機能の利用者の視点へと転換し、金融行政の目的を、金融機能の高度化を通じた国民の厚生の増大におかれたのですから、まさに、革命を断行されたわけです。森長官の次元を異にして偉大なところです。

金融機能は、多くの場合、独立した単一機能ではなくて、複合機能に構成されて、金融機関から提供されています。その複合機能は、それぞれの歴史的な経緯のもと、それが成立した時点の社会の必要性を反映したものとして、構成されたわけであって、そこに顧客の視点がなかったとはいえないまでも、現在の社会技術環境のもとでは、金融機関の都合が優越してしまったものも、少なくないわけです。

複数の金融機能を結合させることを、バンドルするといいますが、今の金融庁の行政課題は、要は、もはや金融機関の都合でバンドルされているにすぎない金融機能を、一旦は、全て、アンバンドル(解体)し、それを、利用者の視点で、リバンドル(再統合)しようということだと思われるのです。

アンバンドリングとリバンドリング

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金融機能のアンバンドリングとリバンドリングは、不可避のこととして、金融機関のアンバンドリングとリバンドリング、即ち、解体再編を誘発します。

一番わかりやすい例は、信託銀行の解体を金融庁が検討しているという一部の報道でしょう。その真偽は不明ですが、金融行政の自然な流れとしては、当然に予想される帰結です。

現在の信託銀行が提供している機能は、非常に広く、また、不動産関連業務のように、非金融機能も多く含んでいますし、そもそも、信託という社会機能自体、本来は金融機能ではありません。こうした多様な機能は、信託銀行という業者の存在形態に統合されているが故に、バンドルして顧客に提供され得るわけです。

もちろん、こうしたバンドリングには、歴史的背景と必要性があったのであり、実際、昭和の時代には、信託銀行は、長期金融を担う重要な存在として、経済成長に大きな役割を演じたのです。しかし、現在の社会経済環境においては、当然に、信託銀行という業態の意義は、再検討に付されなくてはなりません。

もしも、そのバンドリングが顧客の利益のためなら、信託銀行の特権とすべき理由は全くないので、他の銀行等にも開放すればよく、それが信託銀行の利益のためなら、信託銀行を存続させる理由は全くないわけですから、どちらにしても、信託銀行という業態は消滅させるほかないでしょう。

業者の利害調整を超えた真の規制改革

念のためですが、信託銀行という業態を解体すること自体を目的化すべきではないのです。それでは、依然として、金融機関の視点を脱却できていないわけです。そうではなくて、一旦、信託銀行の業務をアンバンドルしてみて、改めて、利用者の視点で、どのようにバンドルし直すのがいいのか、検討することが必要なのです。

例えば、住宅仲介については、住宅ローンとバンドルして、住宅仲介業者をモーゲージバンクと呼ばれるノンバンクに構成して、そのモーゲージバンクの資金調達を銀行等からの借入や、住宅ローンの証券化により行うこともできます。こうした新しいバンドリングが利用者の利益に真に適うなら、金融庁としても、最低限の規制のもとで、金融機関、あるいは金融機関以外のものの創意工夫に委ねて、業務の発展を図ることに、特に異論はないでしょう。

その際、金融庁に異論がなくとも、当然のことながら、信託銀行はもちろん、既存の宅建業者、銀行やノンバンク等の金融機関には、様々な異論があるでしょう。しかし、そうした異論が自己の利益のためなら、金融庁が規制によって既得権益をもつ業者を保護するのは、国民の利益に反することにもなりかねません。

この問題は、金融に限らず、全ての規制業において、悩ましいところであるわけですが、結局、従来型の業者規制では、業者の利害調整に終始することにならざるを得ず、根源的に国民の利益の視点に立つことができないわけです。そこを、森長官の金融庁は、真の国民の利益の視点から、抜本的な規制改革を断行しようとしているのだと思われます。

縦割り行政を排する

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実は、宅建業者は、金融庁ではなくて、国土交通省の所管です。この縦割り行政の弊害も、真の規制改革を阻んできたものです。故に、森長官は、金融庁職員に対して、省益を排して国益への貢献を求めているのです。安倍総理の経済政策が有効に機能するためには、行政縦割りを排して、強力な官邸主導のもと、規制改革を断行することが不可欠です。ここにこそ、アベノミクスの成否はかかるのです。

実は、金融機能は、それ自体として、何らの意味もないのです。例えば、住宅ローンは、住宅取引があってこそなりたつものです。金融機能のアンバンドリングは、非金融機能とのリバンドリングにもつながるわけですから、金融行政自体の枠も、抜本的な変更を強いられます。

金融は、その実体経済における社会的機能から遊離するとき、必ず、問題を引き起こします。2008年の金融危機の背景にあったサブプライムと呼ばれる住宅ローンは、住宅取引の現実から遊離しない限り、生じ得なかったはずです。

今の日本の銀行等が演じている住宅ローン競争は、多くの場合、単なる借り換えを促す競争にすぎず、住宅取引からは、遊離しています。故に、不毛な競争による金利引き下げを招き、銀行等の収益を圧迫しているのです。

また、現在、金融庁がアパートローンの膨張に警鐘を強く鳴らしているのも、同じことで、真のアパート需要から乖離して、ローン供給のためのアパート建設が進めば、サブプライムと全く同じ問題を引き起こすからです。金融行政は、不動産取引の実態をも視野にいれてはじめて、有効に機能するということです。

顧客の視点でのバンドリング

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金融機能のアンバンドリングが必要なのは、金融機能を純化させて、その本来の目的を再考するためです。そのとき、金融機関の立場からする金融機能提供ではなくて、本来の金融の目的からする金融機能提供のあり方への道が開かれてくるのです。

例えば、金融庁が重点施策として取り組んでいる投資信託改革がありますけれども、投資信託事業が金融機関の利益の視点で構成されている限り、そこには、少しも発展の余地がなく、事実、発展してこなかったわけですが、国民の資産形成のための重要な社会的機能に基づいて再構成されるときにはじめて、発展への可能性が開けたのです。

金融庁は、国民の資産形成ということ自体を行政の目的に掲げて、金融機関の視点を全く排して、改革を断行したわけですが、その中核概念が「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」という言葉に集約されたのは、当然のことだったのです。

「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」は、もちろん、投資信託事業に携わる各金融機関が守るべきプリンシプル(行動原則)なのですが、それだけではなくて、運用・販売・資産管理等の各金融機関の機能を、顧客の利益の視点でバンドルすることをも意味しているのです。

全ての金融分野で本質的な見直し

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こうした再構成は、金融の全ての分野で行われていきます。

保険については、保障と貯蓄をバンドルした商品のあり方について、再検討が進んでいます。やはり、方向性としては、保障と貯蓄をアンバンドルして、それぞれの機能を国民の利益の視点で強化していくように、保険業界という枠を超えて、再編が進むのだと思われます。

証券取引の分野でも、本来、証券の発行は、産業界の資金調達の手段として行われるものであること、そして、その市場での売買は、流動性を供給して、証券引受を円滑化ならしめるものとして、補助的・付随的な機能であること、そうした証券取引の本来の社会的機能に即した見直しが行われるのでしょう。

もちろん、流動性の確保のために、投機資金の流入は不可欠ですけれども、投機のために市場があるわけではないのですから、取引の高速化も、その目的に即して、検討されるべきことであって、証券会社の利益に即してなされるべきではないのです。

銀行という業態も、融資を通じた産業金融の担い手としての機能と、総合的な個人金融サービスとのバンドリングという伝統的なあり方は、それぞれの顧客本位の視点で、見直しが必要だと思われます。そのなかで、両者をつなぐ鍵として機能してきた預金こそ、本質的な再検討の対象になるはずです。

特に、預金には、決済機能を内包しているという問題もあります。決済は、商取引を支える重要な機能なのですが、それは、本来は、金融機能ではないわけで、今、改めて、フィンテックという角度から、再検討が進むなかでは、預金とのアンバンドリングは不可避なのだと思われます。

金融再編の中心は信託銀行と証券会社

もちろん、金融機能の再編は、当然に、金融機関の再編を促します。金融機能のアンバンドリングは、金融機関の解体をもたらしますが、それは、直ちに、顧客の視点でのリバンドリングを誘発しますから、解体された金融機関は再編成され、結局は、大きな持株会社のもとに、顧客の視点で再編され、かつ利益相反管理が徹底されるなかで、子会社群としてぶら下がるようになるのでしょう。再編のなかで、メガ三行の役割は大きいと思われますが、メガ自身もまた、内部で大規模な再編を行わなくてはならないはずです。

実際、最も先行しているみずほフィナンシャルでは、傘下の資産運用業務を統合再編して、持株会社の直下に置く大改革を実行しています。その結果、既に多くの銀行機能を停止している信託銀行は、中核業務の資産運用が分離されたので、限りなく解体に近い状態になっていて、純粋な信託会社への転換は、時間の問題でしょう。

やはり、信託銀行は、再編の一つの中心なのです。証券会社も、証券引受を通じた産業金融機能を強化していけば、銀行業との統合は不可避ですし、総合個人金融サービスの面でも、他の業態との統合は不可避ですから、これも、再編の別の中心になるのでしょう。