プーチンの復讐

今月13日、パリでIS(イスラム国)関係者らに拠ると思われる大規模テロが発生し、130人以上が犠牲となった。

週明けの16日、プーチン大統領は、10月にエジプトのシナイ半島で発生したロシア機の墜落がテロであった可能性を示唆し、翌17日にはFSB(連邦保安庁)のボルトニコフ長官が公式にテロであったことを認めた。約1kgの手製爆弾が撃墜の原因であったといい、ISの「シナイ州」を名乗るテロ組織(実際は事後的にISの認定を受けたもの)が犯行声明を出している

シナイ半島墜落事件がテロであったことが判明したのを受け、プーチン大統領は「(犯人が)地球上どこに居ても見つけ出し、処罰する」などと述べ、シリアへの空爆を強化する方針を示した。

そして、その言葉通り、ロシア軍はその日のうちにシリアに対する激しい空爆を実施した。しかもその規模と内容は、これまでにないものであった。

大型爆撃機を集中投入

17日、ショイグ国防相がプーチン大統領に報告したところでは、この攻撃にはTu-160及びTu-95MS戦略爆撃機並びに12機のTu-22M3戦域爆撃機が投入された。

Tu-160とTu-95MSはカスピ海上から34発もの長距離空中発射巡航ミサイルを発射し、アレッポ及びイドリブを攻撃した。ただし、この過程では(またも)一部のミサイルがイラン領内に落下したようだ。

以下はロシア国防省が公表した巡航ミサイル攻撃の模様である。

映像から確認できる限り、ここで使用されたミサイルの一部は最新鋭のKh-101であったと見られる。

射程が数千kmにも及ぶとされるステルス巡航ミサイルだが、これまで実戦投入されたことはない。実際、シリアへの空爆であればより射程の短い巡航ミサイルでも間に合う筈で、おそらく今回は試験的に少数が発射されただけであろう。

イラン領内に落下した不発ミサイルの残骸などから判断しても、発射されたミサイルの大部分は以前から配備されているKh-55又はその改良型であったと見られる。

一方、Tu-22M3には長距離巡航ミサイルの運用能力がないため、シリア上空まで直接侵入し、ISの「首都」であるラッカ及びデリゾールを攻撃したという。いずれもシリア空爆に投入されるのは初めてである。

ちなみにロシア空軍は空爆が始まってからの48日間で2289回の戦闘飛行を実施し、4111回のミサイル及び爆弾攻撃を実施したとしている。

ロシア本土からもシリア空爆を強化

ショイグ国防相の報告と同じ場でゲラシモフ参謀総長が発表したところによると、ロシアは今後、シリア空爆をさらに強化していく計画である。

このため、シリアに展開している航空部隊に加え、ロシア本土を拠点として活動する航空部隊を設立し、シリアの内外から空爆を加えていく方針のようだ。

今後、シリアに投入される空軍機の増強計画(ロシア国防省)
今後、シリアに投入される空軍機の増強計画(ロシア国防省)

同参謀総長によると、現在、シリアにはSu-30SM戦闘機4機、Su-34戦闘爆撃機4機、Su-25SM攻撃機12機、Su-24M戦闘爆撃機12機などが展開している。

今後はこれに加え、Tu-160戦略爆撃機5機、Tu-95MS戦略爆撃機6機、Tu-22M3戦域爆撃機14機、Su-34戦闘爆撃機8機、Su-27SM戦闘機4機がロシア本土を拠点としてシリア空爆を支援するという。合計すると大型爆撃機25機、戦闘爆撃機8機、戦闘機4機が増強されることになる。

強化・拡張されるモズドク基地(ロシア国防省)
強化・拡張されるモズドク基地(ロシア国防省)

これらのうち、Tu-160やTu-95MSのような大型爆撃機は欧州部の基地から飛来してもシリアまで十分に往復可能であるが、Tu-22M3以下の中・小型機はなるべくシリアに近いロシア南部の基地を前進拠点とする必要がある。

そこで国防省は今年7月からロシア南部の北オセチア共和国にあるモズドク空軍基地を大幅に拡張し、大型機の離着陸が可能な態勢としていた。

シリアへの物資輸送や空軍機の展開では、まさにこのモズドクが集結・補給・積み込みなどを行う中継点として使用されており、今回の空爆でもTu-22M3はおそらく同基地から発進したと見られる。今後はSu-34戦闘爆撃機なども投入されるとすれば、今後、モズドクは空爆拠点としての性格をさらに強めていくことになりそうだ。

「同盟国」フランス

ロシア単独の軍事介入が強化される方向性であるのは以上の通りである。

その政治的背景は別の媒体で詳しく書いたのでここでは簡単に留めるが、単にシナイ半島の事件に対する報復というだけでなく、今後のシリア和平プロセスをロシアにとって有利な方向へと導く思惑があると見られる。

特にロシアとして望ましいのは、ISを共通の敵とし、ロシアと西側諸国、さらにはアサド政権やイランが連携する体制を作り出すことだ。ロシアが今年夏から唱えていた「大連合」である(同構想についてはこちらの拙稿を参照)。

プーチン大統領はフランスを「同盟国」と呼んだ(ロシア国防省)
プーチン大統領はフランスを「同盟国」と呼んだ(ロシア国防省)

こうした中でフランスがシリアへの軍事介入をさらに強化する方針を打ち出したことは、ロシアにとって好機と言える。17日、軍幹部とのテレビ会議に出席したプーチン大統領は、地中海に展開するロシア海軍部隊に対し、フランスがシリア空爆のために派遣した原子力空母と合流して「同盟国(союзник)として」ともに協力するよう命じた。

通常、ロシアがNATO加盟国を指す場合は「パートナー」という言葉を用いるのが普通で、「同盟国」と呼ぶのは極めて異例である。このあたりの言葉遣いに、パリ同時多発テロを機に西側諸国との関係改善やシリア情勢の有利な決着を図りたいロシア側の思惑が見て取れよう。

今回の巡航ミサイル攻撃にあたり、ロシアが初めて米国に事前通告を行ったとされるのも同様の思惑によると思われる。

上掲の拙稿でも述べたように、西側諸国がロシア・シリア・イランと正面から連合を組む可能性はたしかに低いものの、政治的な妥協(アサド政権の即時退陣要求の取り下げ、ロシアの介入容認など)や戦略的レベルでの連携(軍事作戦地域の配分・調整など)は十分に可能であろう。

こうした中でフランスのオランド大統領は来週から米国とロシアを歴訪するとしており、ロシアとの連携を渋る米国をフランスが仲介して、何らかの協力関係を結ぶ可能性も出てきた。

2013年には直前でシリア攻撃を取りやめた英国も、今回はシリア攻撃に積極的な姿勢を示しており、この場合は米英仏露で一定の協力関係が成立する可能性もある。今年9月の国連総会における一般討論演説でプーチン大統領の述べた「第二次世界大戦における反ヒトラー連合のような対IS大連合」を想起させる構図と言える。

ISは壊滅できるか

では、西側とロシアの空爆が激しさを増すことでISを壊滅させることはできるのか、といえば話はまた別である。

これについては、ソ連における第三世界研究の大御所、ゲオルギー・ミルスキーが、次のようにややシニカルに述べている(Radio Free Europeでの座談会より)。

「彼ら(西側、ロシア、イラン、シリア、イラク等)は可能な限り、好きなだけ戦争を行うことができる。彼らは団結しており、今後は米国とロシアが主導する大連合として団結するのだと言っている。

ところで戦うのは誰なのだ?今、既に戦っている勢力以上のものは望めまい。

1年ほど前、私は『独立新聞』にこう書いた。爆撃は誰でもできる。だが歩兵や戦車を送るのは誰か?と。

統一された連合ができたとしても、誰もそれらを送らないだろう」

要するに、何らかの連合が成立したとしても、地上兵力を派遣しない限りISを壊滅させるのは不可能である、というのがミルスキーの指摘である。ミルスキーはまた、シリア政府軍やイランの民兵・特殊部隊だけでは対IS作戦に限界があり、米露が思い切った大兵力を投入するのでなければこうした壊滅作戦は不可能であるとしている。

もちろん、アレッポやパルミラ付近におけるシリア政府軍の攻勢に見られる様に、ロシアの航空支援を受けたアサド政権がISに対して一定の軍事的優勢を確保し得る可能性はある。西側の場合は自由シリア軍などのいわゆる「穏健な反政府勢力」やクルド人勢力と連携することも可能であろう。

しかし、ミルスキーは、軍事的にISを制圧することは可能でも、好戦的なイスラム過激派そのものを圧殺することは不可能であると警鐘を鳴らしている。

それは確実に存在しながらも明確な実態や境界を持たないず、物理的に抹殺するということがそもそも不可能なものであるためだ(たとえばホームグロウン・テロはその典型例であろう)。

むしろパリ同時多発テロに見られる様に、中東での戦闘がISにとって不利に傾いた分、軸足を国際テロへと移してくる可能性も考えられる。

とすれば、ロシアがパリ同時多発テロ事件を機に狙う「大連合」は、その成否や和平プロセスへの影響だけでなく、ISの新たな対抗策も考慮に入れる必要が出てこよう。