2億ドルの身代金要求

イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」を名乗るグループが湯川遥菜さんとフリージャーナリストの後藤健二さんとみられる日本人2人を人質に取り、身代金2億ドル(約235億円)を72時間以内に支払わなければ殺害すると脅すビデオ声明を公開した。

安倍晋三首相は訪問先のイスラエルで記者会見し、「人命を盾に取って脅迫することは許し難いテロ行為であり、強い憤りを覚える。直ちに解放するよう強く要求する」と述べた。2人の無事救出を祈りたい。

政府はシリアの隣国ヨルダンの日本大使館に現地対策本部を、首相官邸の危機管理センターに対策室を設置した。

今回の中東訪問で安倍首相はイスラム国対策でエジプトの国境管理能力強化のための50万ドルを含む総額2億ドル規模を新たに支援。ヨルダンの安定を支えるため新たに1億ドルの円借款と、国際機関経由で総額2800万ドルの新規支援を表明している。

イスラム国は安倍首相の中東訪問に合わせて日本人の人質の身代金を要求、米国や英国よりソフトターゲットの日本を狙って脅しをかけてきた可能性が極めて強い。

テロ組織が手にした身代金は141億円

国連安全保障理事会テロ対策委員会に対する専門家の報告では、イスラム国はこの1年間に3500万~4500万ドル(最大52億8700万円)の身代金を獲得。2004~12年に1億2千万ドル(141億円)の身代金がテロ組織の手に渡ったと推定されている。

身代金目当ての誘拐は今後も増加するとみられている。誘拐は国際テロ組織アルカイダにとってテロ資金獲得の柱だ。現にアルカイダ指導者ザワヒリ容疑者は12年10月、欧米諸国の市民を誘拐するよう呼びかけている。

イエメンに拠点を置く「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」は11~13年に2千万ドルの身代金を受け取り、アルジェリアなどを拠点にする「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」は過去4年間に7500万ドルを獲得したという。

二分する国際社会の対応

テロリストの要求に屈して身代金の交渉に応じるか否かをめぐって国際社会の対応は二つに分かれている。

1977年のダッカ日航機ハイジャック事件では福田赳夫首相(当時)が「一人の生命は地球より重い」と述べ、身代金支払いと超法規的措置として過激派メンバーを釈放し、批判を浴びた。

イスラム過激派による身代金目的誘拐事件とテロ多発に苦しむアフリカやアラブ諸国、身代金支払いは新たな誘拐を誘発すると考える英国と米国は身代金を支払わない方針を明らかにしている。

これに対して、欧州など多くの先進国は人質の安全を優先して身代金を支払っている。

米誌タイムは2010年10月、AQIMが03年以降、外国人誘拐で少なくとも7千万ドルの身代金を荒稼ぎしていたと指摘した。人質1人当たりの身代金は最大700万ドル。

スペイン、イタリア、フランス、スイス、オーストリア、ドイツ、カナダが身代金の支払いに応じていた。09年、マリで起きた人質事件では、身代金の支払いに応じたスイス人2人、ドイツ人1人が解放されたのに対し、身代金を支払わなかった英国人が殺害された。

イスラム過激派の資金源を断つため、アフリカ、アラブ諸国は10年秋、身代金の支払いを禁じ、違反した国には制裁を科す国際法を提案した。

実現すれば北アフリカや西アフリカで活動するAQIMやソマリアのイスラム過激派アル・シャバーブにとって致命的な打撃になる可能性があったが、人質の安全を優先する欧州は慎重姿勢を崩さなかった。

いかなる身代金の支払いにもテロリスト釈放要求にも応じない姿勢を貫く英国でも12年3月、ケニアで誘拐された英国人女性が100万ドルの身代金で解放されている。

一方、救出作戦には危険が伴い、10年10月にはアフガニスタンの復興支援に取り組んでいた英国人女性の救出作戦が米海軍特殊部隊によって実施されたが、英国人女性が死亡するなど、人質が命を落とすケースが後を絶たない。

身代金に応じなくても人質解放に成功した例はある

1980年代にイランやレバノンで人質の解放交渉に当たり、自らもベイルートで87~91年に1763日間、人質になった経験を持つ英国人テリー・ウェイト氏は、人質事件が発生した際、家族を支援する団体「ホステージ(人質)UK」を設立した。

ウェイト氏は過去に英紙ガーディアンで「人質経験を持つ人が家族に寄り添うだけで心理的な助けになる」と指摘したうえで、「身代金を支払っても次なる誘拐を誘発しないという主張もあるが、私は反対だ」と持論を展開している。

ウェイト氏によると、誘拐事件の動機は、政治的なゴールを達成するものと、身代金の2つに大別できる。前者では人質を脅したり、殺したりすることも珍しくない。

政治的なゴールを達成するための誘拐でも、いったん身代金を要求し出すと、後者の身代金目的の誘拐に転じていく傾向があるという。

身代金やテロリストの釈放に応じないことと人質の安全を優先することが両立しないわけではない。ウェイト氏はイラン革命防衛隊と交渉して、原則に違反しない形で政治的妥協点を見出し、英国人の解放に成功したことがある。

英世論会社YouGovが身代金か救出作戦かについて討論したところ、全員が身代金交渉には応じないことで一致した。

英国人が人質になった場合、救出の責任を負うのは発生地の国ではなく、英国だと全員が考えており、「自国民の安全を守るのはわが国だ」という共通認識が形成されていた。

人質事件に対する日本政府の方針をQ&Aの形でまとめてみた。

――人質事件に対する日本政府の方針は

「2004年にイラクで日本人3人が拘束され、解放の条件としてイラクに派遣されていた自衛隊の撤退が要求されたが、日本政府は応じなかった。身代金や過激派の釈放などテロリストの不当な要求には応じないのが日本政府の方針だ」

――海外で日本人が人質事件に巻き込まれた場合の体制は十分か

「1990年のイラクによるクウェート侵攻や96~97年の在ペルー日本大使公邸占拠事件で日本人が人質になった。世界の中で救出作戦を行える部隊を持っているのは米国、英国、フランス、イスラエルなど、それほど多くない」

「日本の場合は法律の制約もあるが、実際に部隊を持つ必要があるのかという現実的な考慮がある。重要なのは、いざというときに支援が受けられるよう、そうした能力を持つ米国や英国などときちんと連携が取れているかだ」

――シリア全土に外務省の退避勧告が出ていた

「テロリストがいろんな国に広がり連携を強める中で、リスクは高まっている。退避勧告には法令上の強制力はない。海外では日本の常識は通じない。自分の身は自分で守るとの心構えをもって、情報収集や安全対策に努める必要がある」

(おわり)