「核戦争」を想定した女王演説

ロイヤルベビー誕生の余韻さめやらぬ英国では、核兵器を使用した「第三次世界大戦」の開戦を国民に告げるエリザベス女王の演説草案が8月1日付の英紙1面に掲載された。

時は「1983年3月4日金曜日」、主題は「女王陛下による国民向け放送のメッセージ文」とある。

その前日にソ連と東欧諸国のワルシャワ条約機構側が化学兵器で攻撃を開始、北大西洋条約機構(NATO)軍が戦術核で反撃を加えたという想定で、当時、英国の関係省庁による図上演習が行われた。

高級官僚が用意したエリザベス女王のテレビ演説草稿には驚きと悲しみ、そして決意が込められていた。

「勇敢な私たちの祖国は生き残るために準備しなければなりません。3カ月足らず前にクリスマス演説を行ったとき、私たちはクリスマスの団欒を家族で楽しんでいました」

「私は妹(マーガレット王女)と子供用ラジオに集まって父(ジョージ6世)の演説に耳を傾けた1939年の運命の日(第二次世界大戦の開戦)の悲しみと誇りを忘れることはありません」

「しかし、その厳粛で恐ろしい任務が私に振りかかる日が来るとは一瞬たりとも想像しませんでした」

核抑止力を維持するか、議論する英国

それから30年、幸いにも女王の開戦演説は読み上げられることはなかった。日本より国土が狭い英国は核兵器の第一撃に極めて脆弱だ。このため、第一撃を受けても報復攻撃できる能力として、核ミサイル16基を搭載できる原子力潜水艦4隻を運用している。

2020年代にその原潜が相次いで退役するため、英国は米ロッキード製の核ミサイル「トライデント」の配備を継続するか、否かの議論を進めており、最終結論を2016年に出す方針だ。

オバマ米大統領は6月19日、ベルリンのブランデンブルク門前で、米露間の新戦略兵器削減条約(新START)で定めた配備済み戦略核弾頭の上限1550発をさらに1千発程度まで減らす考えを表明した。

米露が欧州に配備する射程の短い戦術核兵器の削減を目指す決意も示したが、プーチン露大統領はさらなる核軍縮を進める計画はないことを明確にした。

オバマ大統領のベルリン演説を受け、ロンドンのシンクタンク、英立国際問題研究所(チャタムハウス)でも7月に「核兵器の抑止力は機能するか」と題してパネルディスカッションが行われた。

前労働政権下で国防相を務めたデス・ブラウン氏は「米国と核兵器を共有するNATO加盟国を含めると核保有国は14カ国。このうち大西洋・欧州地域は9カ国で、核兵器全体の95%を保有している」と指摘、「テロなど21世紀の脅威に核兵器の抑止力がこれまでと同じように機能するかどうかは疑問だ」として核軍縮の必要性を訴えた。

一方、ジェームズ・アーバスノット英下院国防特別委員会委員長は「英国の国際的な影響力を維持するためにも、核抑止力を保持する必要がある」と主張。元英合同情報委員会委員長のポーリン・ヌヴィル=ジョーンズ上院議員は「核抑止力は依然として機能している。核兵器を持とうとする国がなくなる保証がない以上、英国は核兵器を保有し続けなければならない。その上で核兵器の数を最小限に抑えるのは重要なことだ」と指摘した。

核兵器を保有する国連安全保障理事会常任理事国5カ国の中で、政府が核抑止力を保持し続けるべきか否かをことあるごとに議論しているのは英国だけだ。議論の結果、英国では常に「核抑止力を保持」という結論に落ち着いてきた。

コスト削減のため原潜を現在の4隻から3隻に減らすという選択肢は残るものの、英国は2016年にこれまでと同じように核抑止力保持という結論を出すことになるだろう。

オバマ大統領の削減計画

オバマ大統領は2009年4月、プラハで演説し、「米国は、核を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任がある。核兵器のない、平和で安全な世界を米国が追求していくことを明確に宣言する」と述べた。

ベルリン演説は、プラハ演説の「核なき世界」をさらに一歩推し進めるものだ。背景には核兵器削減を迫られる苦しい米国の財政事情があるものの、米露が率先して核軍縮を進めることで北朝鮮やイランに核兵器計画の放棄を求める道義的な正当性を確立する狙いが込められている。

しかし、オバマ大統領は「核の傘」を提供している同盟国に配慮して、「さらなる核軍縮を行っても同盟国の安全を確保でき、抑止力を維持できる」と約束した。

チャタムハウスの外交雑誌『インターナショナル・アフェアーズ』でオーストラリア戦略政策研究所のロッド・ライアン研究員は「米国の戦略核の弾頭数は将来300発になると予測する学者が数人いる」と指摘。米国が「核の傘」を提供する同盟国は40カ国近くあり、単純計算すると1カ国当たり8発程度の割り当てになると試算する。

「核先制不使用」を削除した中国

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の「イヤーブック2013」によると、中国、インド、パキスタンの核弾頭数は10年時点でそれぞれ240発、60~80発、70~90発だったが、13年には250発、90~110発、100~120発に増えている。

アジアでは北朝鮮が8発以上の核弾頭を保有しているとみられるなど、核の緊張が高まっている。

長距離弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、3度目の核実験を強行した北朝鮮の脅威もさることながら、核弾頭数を増やし、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実戦配備を進める中国の動きはさらに不気味だ。

中国政府が今年4月、2年ぶりに発表した2012年版国防白書では、相手より先に核兵器を使用しないという「先制不使用」政策の記述が抜け落ちていた。「先制不使用」政策は1998年版国防白書から明記され、中国の「平和発展路線」の象徴とされてきた。

中国は常任理事国5カ国の中で唯一、核物質の生産を続けており、このまま開発を続ければ核弾頭数はいずれ1千発台に増えるという見方もある。

中国国防省の楊宇軍報道官はその後、「核兵器を先制使用しない政策は変わっていない」と釈明に努めたが、中国が米国、ロシアに続く「第3の核大国」を目指さないという保証はどこにもないのだ。

激動するアジアの安全保障環境

韓国では北朝鮮の核兵器開発に対抗するため、射程の短い戦術核の再配備を米国に求める声が根強くある。これに対し、米軍は、北朝鮮との緊張が高まった今年3月、核爆弾投下可能な戦略爆撃機B52、ステルス爆撃機B2を韓国に展開させた。

傍若無人に振る舞う北朝鮮を牽制する以上に、韓国や日本といった同盟国に米国の「核の傘」が十分に機能していることを保証する意味合いが大きかった。

1991年、ブッシュ(父親)米大統領は在韓米軍の戦術核撤去を発表、韓国の盧泰愚(ノ・テウ)大統領も「核不在」を宣言した。このとき北朝鮮との間で合意された非核化共同宣言に基づき、現在の朴槿恵(パク・クネ)政権は戦術核の再配備を否定している。

一方、日本では1967年以降、「非核3原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)」を掲げてきた。オバマ大統領の「核なき世界」構想によって核の傘の効力に疑念が生じるまで、核抑止力について日米間ではまともな議論は行われなかった。

日本の防衛庁長官経験者はかつて筆者に「米国側から核の傘について正式な説明を受けた記憶がない。日本の首相が米大統領とそんな込み入った話をしていたとは思えない」と打ち明けた。

外交・安全保障に詳しい自民党関係者も「核兵器や弾道ミサイルの性能や配置状況は機密扱いで、核抑止力が実際にどう働くのか詳細はまったくわからない」と語っていた。

その後、日米両政府は初めて、米国が提供する「核の傘」を含む抑止力について公式協議を始めた。

独自核を真剣に模索した日本

実は1960年代、日本は真剣に独自核の保有を模索していた。米国はNATOに加盟するドイツには戦術核の共有を認めたが、日本には「核の傘」を提供した。

広島に原爆が投下された8月6日、平和記念式典に米国政府を代表してルース駐日大使が出席。今回で3回目だ。

唯一の被爆国である日本の国内世論と狭い国土、核拡散防止条約(NPT)の枠組みを考えると、独自核の保有という選択は今のところ日本にはあり得ない。ドイツなどNATO加盟国が米国の戦術核を共有する「ニュークリア・シェアリング」も難しいだろう。

結局、米国との核抑止力協議を密接に行い、事実上「ニュークリア・シェアリング」に近い形を構築するしか残された道はない。

21世紀を形作るアジア・太平洋の4強、米国、中国、インド、日本のうち、核兵器を保有しないのは日本だけだ。米ソ冷戦時代、英国、フランスの独自核に加え、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコに米国の戦術核が配備された。

今後、北朝鮮、中国の動向によってアジアの安全保障環境はどう激変するのか誰にも予想はつかない。

核保有国と非保有国という違いはあるものの、日本政府も英国の例を見習って、核抑止力について徹底的に議論するべき時期が来ている。

独自核の保有とNPTとの関係、米国の戦術核共有の可能性も含めて議論することによって改めて「核の傘」の有効性が確認されるだろう。一番危険なワナは「非核3原則」に縛られて思考停止に陥ることや、唯一の被爆国という道義的権利を振りかざして自国の安全保障をかえりみないことだ。

(おわり)