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【アップルウォッチ】慶応病院での臨床研究開始と海外で不整脈が見つかった実例(医師の視点)

福田芽森循環器内科専門医
Apple Watchで心電図を測定する際の操作の指示画面(著者撮影)

先日、海外各国では既に利用されていたApple Watch(Appleが開発・販売している多機能な腕時計型の電子機器)の「心電図データ解析、分類」、「心房細動(不整脈の一種)の通知」の機能が、本邦でも医療機器として承認され、国内でも利用可能となったことがニュースになりました。

筆者も心臓を診る循環器内科医の視点で、機能の有用性や心房細動自体の解説を前記事で述べましたが、本記事では続編として、Apple Watchが国内外の医師にどうみられているかについて触れてみたいと思います。

(※ 本稿ではApple Watchの機能と心房細動という病気については解説しておりません。前記事を先に読んでいただくと、本稿の内容がより理解しやすいかもしれません。)

世界的企業の製品の新機能ですから、各ニュースサイトなどで本件は大きく話題になっていましたが、このApple Watchの新機能は、実は医療界隈、少なくとも心臓を診る循環器内科医や、医療機器開発者の間でも、一定の注目を浴びています。

慶應義塾大学病院で臨床研究が開始

海外では先んじてApple Watchを使った臨床研究が行われてきましたが、本邦でも2月1日、慶應義塾大学病院が、Apple Watchを利用した臨床研究Apple Watch Heart Studyを開始したことを発表しました。

慶應義塾大学病院循環器内科の木村雄弘医師は、初代Apple WatchからApple Watchを活用して心臓疾患の治療に取り組んでおり、2019年12月にはアップルの最高経営責任者(CEO)、ティム・クック氏が木村医師を来訪したニュースもありました。今回の臨床研究も、木村医師が実務責任者を担っています。

この臨床研究は、対象者の異なる2つの研究「Apple Watch Heart Study 慶應義塾版」、「Apple Watch Heart Study」から構成されます。

慶應義塾大学プレスリリース資料 https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2021/2/1/210201-1.pdf より説明用イラストを引用
慶應義塾大学プレスリリース資料 https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2021/2/1/210201-1.pdf より説明用イラストを引用

Apple Watch Heart Study 慶應義塾版では、当院に通院する心房細動患者さんにご協力いただき、臨床現場で使用している心電図検査(2週間 Holter 心電図、携帯型心電図)と Apple Watch と心電図アプリケーションから得られる脈拍データおよび心電図との比較を行います。また、ヘルスケアデータを睡眠、飲酒、ストレスとの関係に関して人工知能で解析し、どのような時に不整脈になりやすいかを推定するアルゴリズムを構築します。

また、全国の Apple Watch ユーザーを対象とした Apple Watch Heart Study では、睡眠中および可能な範囲での日中安静時の Apple Watch 装着と、動悸などの症状の記録のご協力を7日間お願いします。Apple Watch で収集するデータを活用し、日本におけるヘルスケアビッグデータの構築と解析を行うとともに、慶應義塾版で開発するアルゴリズムを一般国民のデータに対して適用し、生活スタイルや申告された症状のデータに焦点を置いた解析を行うことで、適切な精度となるよう評価・改修を行います。

慶應義塾大学プレスリリース資料より引用

つまり、Apple Watchのデータと既存の心電図検査で測定したデータの比較や、Apple Watchのデータとその他収集したデータを用いて、どのような時に不整脈になりやすいかを推定するアルゴリズム(コンピューターで計算を行うときの計算方法)の構築を行うそうです。この研究の目的は、心臓の異常を的確に記録し病気の早期発見につなげるためには、家庭で「どのタイミングで心電図を記録すればいいのか?」を明らかにすることです。

これは非常に興味深い研究で、筆者も結果を追っていこうと思います。

慶應義塾大学病院では研究への参加者を募集していますので、興味のある方は研究ホームページをご参照下さい。

Apple Watchで救われる命もある?

その他、実はApple Watchについての医学論文はすでにかなり多くでています。PubMedという文献データベースで“Apple Watch”と検索すると、141件がhitします(3月2日時点)。これら全てがApple Watchメインではないとしても、研究医、臨床医に一定の注目を浴びていることは明らかです。中には、Apple Watchが心筋梗塞や狭心症の検出に有用であるという可能性を期待したジョークで、 “An apple a day may keep myocardial infarction away.(1日1個のリンゴが心筋梗塞を遠ざけてくれるかもしれません。)” と結ばれた論文もありました。(1)

診療のイメージ
診療のイメージ写真:CarteBlanche/イメージマート

さて、Apple Watchの「心電図データ解析、分類」、「心房細動の通知」あるいはその基礎となる「心拍数測定」の機能に関する論文は、みたところ以下に大別できそうでした。

  • Apple Watchの機能について精度を検証した研究
  • Apple Watchが診断に有用だった例の報告
  • Apple Watchをモニタリング機器として使用した場合についての研究や報告

Apple Watch機能の精度を検証した研究

こちらは第一弾の記事でも紹介しましたが、有名なものは、NEJMという権威ある医学雑誌に掲載された論文です。合計約42万人が参加した臨床試験において、3ヶ月で不整脈が通知された2167人(0.52%)に別途測定するための心電図測定機器を送った所、機器を返却した450人中153人(34%)に心房細動が検出されたとのこと。精度として、心房細動の陽性的中率(Apple Watchが陽性と判定したときに、本当に心房細動である確率)は84%でした。研究参加者は若年者が多い、心房細動が見つかっているのは高齢者が多いなど、結果の解釈には注意が必要ですが、悪くない結果でした。(2)

Apple Watchが診断に有用だった例

既に心電図機能が使用されている海外では、Apple Watchの機能が診断に役立ち治療に至ったという例が、何例も報告されています。

  • 56歳 高血圧、糖尿病のある男性患者。動悸を感じはじめてから、1日中、心拍数が150/分であることに気が付いた。救急医がその記録から心房粗動(不整脈の一種)を疑い、病院での心電図で確定された。(3)
  • 16歳女性、3年前から運動に関連した動悸、息切れ(30〜60分程度)があった。2週間医療機関の心電図モニターを装着したがその期間には発作は出ず、その後、症状がでたときにApple Watchで心拍数182/分の心電図を記録。房室結節リエントリー性頻拍(不整脈の一種)が疑われ、アブレーション治療に至った。(4)
  • 80歳 高血圧、発作性心房細動をもち、肺塞栓症に罹ったことのある女性。安静時に胸の痛みを2回感じていた。当初、病院で測定する12誘導心電図では心電図に異常はなく血液検査も問題なかったが、Apple Watchの過去の記録に著明なST低下(狭心症に特徴的な心電図異常のひとつ)が残っていた。結果カテーテル検査を受けたところ、心臓の血管に狭い箇所があり、治療に至った。(1)
  • 39歳男性。4時間にわたる動悸があり、受診。Apple Watchで1分間に60~130の間で変動する心拍数が記録されていた。12誘導心電図でも心房細動が同定され、治療が開始された。(5)
  • 60 歳の健康な男性。動悸とふらつきを伴う胸部不快感が約25分間続き、Apple Watchで心電図を測定したところ心室頻拍(不整脈の一種)が疑われる波形が記録された。救急隊員が12誘導心電図を測定したときには洞調律となっていたが、Apple Watchの記録から推定された不整脈を確定させるため精密検査を進める方針となった。最終的に診断に至り、アブレーション治療を行った。さらに、不整脈原性右室心筋症(心筋症の一種)という病気も見つかり、植込み型除細動器の手術(致死的な不整脈を電気ショックで治療する機器の植込み手術)も行われた。(6)
  • 10年前に感染性心内膜炎、大動脈弁置換術の治療をされた63歳男性。その後、発作性心房細動に対してアブレーション治療も実施された。ある時患者は失神に近い状態で動悸を感じ受診したが、病院で貸し出されたホルター心電図(24時間心電図を記録する機器)装着時には発作が起きず証拠を捉えられなかった。循環器内科医は自宅モニタリング用にスマートウォッチの購入を勧めた。症状が再発したとき、患者はスマートウォッチで心電図を記録することに成功。その後の精密検査で心室頻拍の診断となり、アブレーション治療を受けた。(6) (※本件はApple Watchでないスマートウォッチを利用したケース。Apple Watchの症例と同じ論文にまとめて記載されていました。)

沢山並べましたが、要するにApple Watchの記録が診断の助けとなった例の報告は多くあります。なぜ、心電図の性能としてはApple Watch含むスマートウォッチよりも優れているはずの病院の心電図検査で、病気の証拠を100%捉えることができないのでしょうか。

それは、不整脈や狭心症は、「非発作時」、つまり症状が全くない状態、一度発作があったとしてもそれが治まってしまっている状態では、心電図は元通り、普段通りとなってしまうからです。つまり、タイミングが大事であり、「発作時に証拠を捉える(心電図を測定する)」ことが早期診断、ひいては早期治療に繋がるのです。

不整脈や狭心症のこういった特性から、実は今でも、心電図を病院外で記録する装置の貸し出しは行われています。しかし、そのどれもが使用期間が限られていたり、使用期間が長いものは侵襲的な処置が必要であったりするため(下表参照)、時計として装着していられるApple Watchは、「装着の簡便さ・不快感の低さ」「記録可能時間の長さ」では軍配が上がります。しかしApple Watchは心電図波形の常時モニタリングはできず任意の時にしか波形を測定できないですし、性能にはまだ限界があります。

現段階では、医療機関で勧められた検査を行うことが基本ですが、上記のようなケースもありますし、この技術が発展することはポジティブに捉えたいところです。

<心電図測定機器の使用の実際についての比較(著者作成)> 仕様/使い勝手は様々であり、どんな人/状況にどれが最適かということはまた別問題です。病院では左の4つについて、どれがその状況で最適か医師が判断し、患者さんに説明、検査を進めていきます。
<心電図測定機器の使用の実際についての比較(著者作成)> 仕様/使い勝手は様々であり、どんな人/状況にどれが最適かということはまた別問題です。病院では左の4つについて、どれがその状況で最適か医師が判断し、患者さんに説明、検査を進めていきます。

モニタリング機器としてのApple Watch―COVID-19症例でも

Apple Watchをモニタリング機器として使用した場合についての論文もいくつかありました。

  • 心臓リハビリテーション中の心拍数モニターとして、Apple Watchはスマートウォッチの中では正確な方であったが、既存の心電図モニターほど正確ではなかった。(7)

※ 心臓病の患者さんがリハビリをするときは、体の状態をみながら行う必要があり、心拍数のモニタリングを行います。

  • 新型コロナウイルス感染症のQT間隔(心電図データから計算される。心臓の興奮が始まり、消退するまでの時間)評価のためApple Watchを活用し、自宅隔離にて遠隔診療で治療を終えることができた例の報告。(8)

※ 新型コロナウイルス感染症の治療薬のなかに、心室性不整脈の発症のリスクのあるものがあり、これを防ぐため該当薬での治療中は定期的に心電図でQT間隔をチェックすることが望まれます。自宅隔離中で遠隔診療を受けており、自宅でも使用できるApple Watchを活用したようです。

以上、Apple Watchについての医学論文紹介でした。

社会のなかで、医療全体のなかでApple Watchの有用性を語るには、機能の精度以外にも、機器利用により本当に患者さんの予後が改善したかどうか、医療資源の過剰利用を来していないかどうか、過剰利用があればメリットとのバランスはどうかなど、様々な観点での検討が必要ですが、上記のようにApple Watchが役立った実例は、確かにあるのでしょう。

Apple Watchの機能は100%のものではないですが、現段階の機能でも有用なケースはあり、懸念と期待の両方をもって、国内外の医師に一定の注目を浴びています。

実例が集まればよりよい使い方もわかり、これをフィードバックすることで機器もさらに進化していくことでしょう。医療機器の進化は、これまでも医療の発展に大きく寄与してきました。よりよい医療の実現のため、医療機器の進化を今後も期待します。

<参考文献>

  1. Drexler M, Elsner C, Gabelmann V, Gori T, Münzel T. Apple Watch detecting coronary ischaemia during chest pain episodes or an apple a day may keep myocardial infarction away. Eur Heart J. 2020;41(23):2224.
  2. Perez MV, Mahaffey KW, Hedlin H, et al. Large-scale assessment of a smartwatch to identify atrial fibrillation. New England Journal of Medicine. Published online November 13, 2019.
  3. Goldstein LN, Wells M. Smart watch-detected tachycardia: a case of atrial flutter. Oxf Med Case Reports. 2019;2019(12):495-497.
  4. Siddeek H, Fisher K, McMakin S, Bass JL, Cortez D. AVNRT captured by Apple Watch Series 4: Can the Apple watch be used as an event monitor? Ann Noninvasive Electrocardiol. 2020;25(5):e12742.
  5. Samal S, Singhania N, Bansal S, Sahoo A. New-onset atrial fibrillation in a young patient detected by smartwatch. Clin Case Rep. 2020;8(7):1331-1332.
  6. Burke J, Haigney MCP, Borne R, Krantz MJ. Smartwatch detection of ventricular tachycardia: Case series. HeartRhythm Case Rep. 2020;6(10):800-804.
  7. Etiwy M, Akhrass Z, Gillinov L, et al. Accuracy of wearable heart rate monitors in cardiac rehabilitation. Cardiovasc Diagn Ther. 2019;9(3):262-271.
  8. Chinitz JS, Goyal R, Morales DC, Harding M, Selim S, Epstein LM. Use of a smartwatch for assessment of the qt interval in outpatients with coronavirus disease 2019. J Innov Card Rhythm Manag. 2020;11(9):4219-4222.

*1*2 日本鋼管病院こうかんクリニックwebサイトより引用

*3 三栄メディシス株式会社webサイトより引用

*4 徳島大学循環器内科webサイトより引用

検査についての説明はこちら:ホルター心電図携帯型心電計植込み型ループ心電計

循環器内科専門医

東京女子医科大学卒業後、独立行政法人国立病院機構 東京医療センターで初期研修を積む。同院循環器内科に所属ののち、慶應義塾大学循環器内科に勤務。現在はAI医療機器開発ベンチャー企業で臨床開発を担当し、京都大学公衆衛生大学院に在学中。産業医としても活動し、働く人の健康をサポートしている。循環器内科専門医、日本循環器学会広報部会/COVID-19対策特命チーム所属、認定産業医、ACLS(米国心臓協会二次救命処置)インストラクター、JMECC(日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会)インストラクター、レジリエンストレーニング講師(The School of Positive Psychology)。

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