Yahoo!ニュース

車運転中の突然死を防ぐために~鶴ひろみさんの死から考える

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
運転中に身体の異変を感じたらどうすべきか(ペイレスイメージズ/アフロ)

高速道路で

 え?ドキンちゃんが…ブルマが…

 声優鶴ひろみさんが高速道路の車内で意識不明で発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。享年57。人気声優さんの突然の死に、衝撃は大きい。ご冥福をお祈りする。

 運転中にいったい何があったのか。死因が明らかになる前、「情報ライブミヤネ屋」からの取材に、私は死因の可能性がある病気として、心臓(心筋梗塞など)、脳(脳出血、脳梗塞、くも膜下出血)、血管(大動脈解離)を挙げた(参考;急性死の症例100;名古屋大学出版会、1998)。

 所属の青二プロダクションから死因が発表された。

『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ)のドキンちゃん、『ドラゴンボール』(フジテレビ)ブルマの声で知られる声優・鶴ひろみさんが16日午後7時30分頃、運転中の大動脈剥離(だいどうみゃくはくり)により亡くなった。57歳。所属事務所が17日、正式に発表した。

出典:声優・鶴ひろみさん死去 事務所が正式発表 運転中の大動脈剥離で

 大動脈剥離という医学用語はないので、おそらく大動脈解離のことだろう。大動脈解離とは、動脈硬化などでもろくなった大動脈の壁が割けて、そのなかに血液が流れ込む病気だ。血管の壁を破ったり、あるいは心臓の周りに血液が流れ込むと亡くなることがある。

 背中などに激痛を感じ、意識が消失することもある。運転中に発症すれば大事故になることもある。

梅田の事故との類似点

 運転中の大動脈解離で思い出すのが、2016年に大阪梅田で起こった交通事故だ。

 運転中の突然死は防げるか?梅田事故の衝撃で論じたように、運転中に病気が発症したために交通事故が発生することが少なからずある。自動車運送業対象の調査では、運転中の病気が原因で2009年から2012年までに497件の事故が発生しており、143人が死亡している。

健康起因報告事案の発生件数の多い順に、脳血管疾患が114件、心疾患が105件、めまいが24件、失神が21件と続く。死亡運転者数で見ると、脳・心疾患が全体の約8割を占める。

出典:国土交通省「自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討会報告書(平成 25 年度)」

 という。上記資料では、運転中の大動脈解離もしくは大動脈瘤で14名が死亡しているとある。

発症を防ぐためには?

 運転中の病気による事故を防ぐためにはどうすればよいだろうか。

 まず第一にすべきは、健康管理に気を付けることだ。体の小さな異変に耳を傾け、早期に対処することを心がけるべきだろう。

 そんなの当たり前だ、と言われるが、その当たり前が重要だ。

 大動脈解離発症は突然起こり、前兆がないことも多い。しかし、普段から血圧が高いなど、大動脈解離発症に至るまでには様々な前兆がある。早期にそうした異変に対処し、健康管理をしていくべきだ。

 アメリカでは、仕事で運転をする人で、血圧が高い人には運転の制限を行うという。

FMCSA の規則では、治療指示に関する基準はないが、1 年ごとの健診において血圧が高いと下表(著者注;引用のため表はありません)の基準で乗務が制限される。したがって「収縮期 140 mmHg 以上 あるいは 拡張期 90 mmHg 以上」が、実質的に運転手に治療を受けることを促す基準になっていると理解できる。

出典:国土交通省報告書 p36

 こうしたことも検討する必要があるかもしれない。

発症しても事故を防ぐ

 しかし、そうはいっても暮らしていくために車に乗らざるを得ない人は多い。いくら健康管理していても、発症する場合がある。

 その場合には、発症しても大事故にならないようなテクノロジーが必要だ。

 国土交通省の上記報告書は以下のように述べる。

過労・健康起因事故のリスクを小さいうちに摘み取るとともに、万が一の場合でも確実に乗客や他の交通の安全が確保されるよう、遠隔地や運行中においても、運転者の体調を随時確認し、必要に応じて運行管理者が運行中止や休憩等の指示を出し、さらに、疾病発症時等で、事故が避けられない場合に、緊急ブレーキなどにより被害を最小限とする、将来的には、ドライバーの異常を検知して、安全に車両を停止させ、自動的に通報する等、リスクを小さいうちに摘み取りながら、かつ、リスクが増大した場合でも措置しうる多層的な安全対策を講じられるよう環境を整備する。

出典:国土交通省報告書 p58

 鶴さんは、おそらく激痛のなか、事故を避けるために懸命に努力していたのだろう。車はハザードランプが点滅していたという。

鶴さんの車は首都高上で中央分離帯に接触した状態で、ハザードランプを点滅させて停止していた。

出典:時事通信記事

 命つきる最後まで、周囲に気を配った鶴さんの死を無駄にしないためにも、一般ドライバーも含めた運転中の発病の対策がより進むことを願う。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

榎木英介の最近の記事