田中敦子さんは“戦う女”の代名詞を作った 『攻殻機動隊』草薙素子など数々の功績を振り返る
彼女の声は、導く声だった。 時に荒くれ者の男たちを率いる少佐、時に厳しい教えを授ける師匠であり……。 【写真】2023年11月23日に行われた『攻殻機動隊』イベントに登壇した田中敦子さん その声で命令されると、不思議と従うべきだという説得力があった。 田中敦子さんは、聞いてすぐにわかるその独特なクールさ、艶のある知的な声と芝居で、数多くのキャラクターを演じてきた。アニメでは、『攻殻機動隊』シリーズの草薙素子少佐は、彼女自身のニックネームとなるほどのハマり役だ。吹き替えでは、シャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、サンドラ・ブロックのような戦う女たちの声を担当していた。 30年以上のキャリアの中で演じてきた役は数えきれないほど多いが、その声は外国映画でも、アニメでも、シーンに凛とした空気を与えていた。出番の少ない作品においても、重要な役どころとして、作品全体を引き締めるようなポジションを担うことが多かった。それだけ、多くの演出家に彼女の芝居と声は信頼されていたのだと思う。 彼女の早すぎる死は、アニメ・吹き替えの世界にとって大きな損失であることは、いちいち言うまでもない。彼女の声を聞いて育った人なら、心に大穴が開いてしまうような、辛い一報だった。
「戦う女」の代名詞を作った声
「特に私のキャリアの中では、『戦う女』の役が大きな位置を占めています」。 田中敦子さんは、インタビューでそう語っている。(※) 戦う女といえば、『攻殻機動隊』の草薙少佐だ。この作品は田中さんの声なしに成立しえただろうか。屈強で一癖ある男たちを束ね、様々な政治的折衝をこなしながら、クールに自らの役割を全うし、敵と対峙するその姿は、戦う女の代名詞とも言えるほど、大きな影響を与えている。 このシリーズで田中さんの芝居は、その深遠な世界観を体現するような、深慮の効いた芝居だった。深く思索し、物事の本質を掴み取る。知性と情熱のほとばしるそのパフォーマンスあってこそ、草薙少佐は名キャラクターたり得た。 日本アニメには、戦う女性は数多く描かれるが、多くは少女である。その中にあって田中敦子さんは、大人の戦う女の理想像を体現したと言える。 田中敦子さんは、日本のアニメに戦う大人の女をもたらしたという功績は決して忘れられることはないだろう。 同時に彼女は悪役でも大きな力を発揮した。田中さんが初めて声優を意識したのは、峰不二子を演じた二階堂有希子の芝居だったそうだ。 「『峰不二子って悪女なのになんてコケティッシュでチャーミングで素敵なんだろう!』って、ずっと感じていました。それこそ、私がなりたくてもなれない大胆な女性がそこにいました」(※) 田中さんは、悪役を演じさせても抜群の存在感を発揮した。そのクールな声質は、キャラクターに氷のような冷徹さを与えた。例えば、『Fate/stay night』のキャスター役(メディア)だ。権謀術数で相手を罠にはめ、利用できるものは利用しつくそうとする冷徹な女。しかし、氷は溶けやすい。その冷徹さがなにかの熱に触れたとき、もろくも崩れる繊細さがある役どころだったが、田中さんはそんな繊細さと冷徹さを併せ持つキャラクターも見事に体現していた。