【熊本地震連載・最終回】「言い伝え」を可視化へ 「自分ごと化」を促す取り組みが進む

最終更新時間:4/13 19:14

キーポイント

  • 被災地を歩けば、熊本地震が現在進行形であることが分かる。
  • 今から128年前にも酷似した地震が起こっており、専門家は経験の共有が防災・減災に役立つと指摘。
  • ITで「言い伝え」を可視化し、「自分ごと化」するための取り組みも進む。

熊本地震から1年。今も4万人を超える人々が仮設住宅で暮らし、家屋の解体もまだ完了していない。熊本地震は現在進行形なのだ。一方で将来を見据え、防災・減災の新たな取り組みも進んでいる。(文と写真:Yahoo!ニュース個人オーサー 田中森士)



※2016年4月に起きた熊本地震のその後を伝えるYahoo! JAPANの連載企画です。毎月14日にお届けしてきました。

「私がやらねば」とプレハブで再出発した益城町の文具店

今月初旬、熊本地震の震源地・益城町を訪れた。同町は筆者が通学した県立高校の校区内でもあり、多数の友人が住んでいた地域だ。昨年7月の訪問時、町のあまりの変わりように、ショックを受けた。大きく傾き、壁がはがれた家屋。長い亀裂が入った道路。まるで空爆を受けたかのような光景に、言葉が出なかった。

プレハブで営業を再開した山口文具店=熊本県益城町、2017年4月4日

現在は、県道沿いを中心に、家屋の解体を終え更地になっている場所が目立つ。しかし、少し道を入ると、公費解体の順番待ちなのか、損傷した家屋が多数残る。

しばらく歩くと、細長いプレハブの建物が目に入った。入り口には「山口文具店」と書かれている。中に入ると、店主の山口宏子さん(66歳)が微笑みながら「いらっしゃい」と出迎えてくれた。ちょうどボールペンのインクが少なくなっていたので、商品名と購入したい旨を伝えると、山口さんは「今品切れだから」と、使いかけのボールペンをくれた。

山口さんの自宅も兼ねていた同店は地震前、文房具の販売、クリーニングの取次、中学校の体操服や水着の販売を行なっていた。特に体操服は、近くの中学校指定のものを扱っており、地域になくてはならない存在だった。

山口さんは本震時、その自宅兼店舗にいた。けがを負いながら慌てて外へ飛び出し、その後は避難生活を送った。もともと一人で経営しており、従業員もいなかったため、地震直後は「もう店はやめよう」と考えた。しかし、ほどなくして中学校が再開すると、携帯電話には保護者から「体操服を買いたい」との問い合わせが殺到。やむなくコンビニエンスストアの駐車場で待ち合わせ、受け渡した。

そうしたやりとりを続けているうちに「私がやらなければ」との思いが湧いてきた。「困っている人がいるから急ごう」と考え、自費で自宅兼店舗を解体。プレハブで店舗をこしらえ、先月9日にオープンさせた。今後は、主に体操服と水着の販売で生計を立てていく予定だが、「やっていけるか不安」と心境を吐露する。

「この一年間、常に地震のことが頭にあった」と話す山口さん。「私の中ではまだ熊本地震は続いている」という言葉が印象的だった。

明治時代の「熊本地震」が示す伝承の難しさ

あまり知られていないが、実は熊本で大きな地震が発生したのは、今回が初めてではない。平成28年熊本地震から127年前にも、特徴のよく似た地震が起きている。その名も「明治熊本地震」。地震は、明治22(1889)年7月28日深夜、熊本市の金峰山付近を震源に発生した。マグニチュード(M)は推計で6・3。地震により21人が死亡、200棟以上の建物が全壊した。8月3日にも激しい揺れが起きている点、余震が長期にわたり発生(地震から5カ月の12月末までに余震500回以上)している点で、今回の熊本地震と酷似している。

「熊本明治震災日記」の挿絵。家屋の被害が克明に描写されている

今回の熊本地震では、前震後に自宅へ戻り、本震の揺れで命を落とした例が多くあった。「もし二度の激しい揺れが起きうることを皆が理解していたら」と思わずにはおれない。しかし、筆者を含め、周りの誰もが「明治熊本地震」の存在すら知らなかった。地震を語り継ぐことがいかに難しいかを痛感した。

とはいえ、同じ轍(てつ)を踏むわけにはいかない。熊本市都市政策研究所は今年1月、大西一史・熊本市長の命を受けた「特別プロジェクト」(同研究所)で、当時の状況を詳細に記録した「熊本明治震災日記」の現代語訳版を出版した。同書は、当時の人々の行動や揺れの強さなどについて、克明に描かれている。

「熊本明治震災日記」の挿入図。地割れ発生箇所が赤線で示されている

同研究所の蓑茂壽太郎(みのも・としたろう)所長は、地域防災計画をはじめとする様々な資料に「○年以内の大地震の発生確率が○%」と記載されていることを例に挙げ、「こうした数字も大切だが、それだけではリアリティ(現実味)を感じづらい」と指摘。過去の文献についても、細かい数字や関係機関の対応のみを記録したものは、専門家以外が興味を持って読むことは少ないと分析する。

「先人たちのメッセージは、日本全体の防災になくてはならない」と語る、熊本市都市政策研究所の蓑茂所長=熊本市中央区、2017年4月7日

その上で、「人間の印象に強く残る」として、「言い伝え」が刻まれた石碑や日記形式の文献など、人間味の感じられる「記憶のモニュメント」の有効性を強調。今回のプロジェクトのように、過去の「モニュメント」を収集し、分かりやすい形に加工して発信すべきだと訴える。

「先人たちのメッセージは、日本全体の防災になくてはならないものだ」と考える蓑茂所長は、こうした取り組みが全国に広がることを強く願っている。

「言い伝え」の可視化で「自分ごと化」を促す取り組み

ITの分野でも、「伝承」に着目した取り組みが始まっている。減災のための情報収集・情報発信に取り組む団体「減災インフォ」は先月、全国の災害・防災に関する「言い伝え」をネット上の地図に落とした「災害に関わる『言い伝え』マップ」を公開した。

「災害に関わる『言い伝え』マップ」の宮城県南三陸町をクリックすると、「異常な引潮 津波の用心」と表示された

同団体は2015年、東日本大震災でIT支援を行ったメンバーらによって設立された。命を守るという意味での「減災」 が活動の目的だ。災害時は主に「支援する側」に向けて、平時は「減災に関心がある層」に向け、減災につながる情報を整理した上で発信している。

同マップは、消防庁ホームページに公開されている、平成16〜18年度に収集された、全国の災害・防災に関する800近くの言い伝えが一覧できる資料がベースとなっている。資料を見つけた同団体が、「可視化することでより多くの人に分かりやすく伝わる」と考え、マップ作成に着手した。マップの各地点をクリックすれば、「地震の後、潮が引いたら高いところへ 逃げろ」など各地域の「言い伝え」を見ることができる。

同団体発起人の小和田香さんは、マップを通して、誰もが地元の言い伝えを「自分ごと化」できている状態を目指している。小和田さんが例に挙げるのが「津波てんでんこ」。「津波が来たら『自助』を最優先に、とにかく高台に逃げろ」という三陸地方の言い伝えだ。東日本大震災でも、家族を迎えに浸水地域に向かう「ピックアップ行動」で命を落とした人が多いことが検証され始めている。

都内で開かれたイベントで発言する、減災インフォ発起人の小和田さん

自然災害は地域特性がとても高く、津波のリスクが低い東京の内陸部の人に「津波てんでんこ」を伝えたとしても、全く響かないし、そもそも役に立つ場面を考えにくい。しかし、三陸地方沿岸部の人は、具体的な場面をイメージすることができ、いざという時に自分の命を守れる。マップで地元の「言い伝え」を知り、いざというときを想像して行動に生かしてほしい。小和田さんはこう考えている。

同団体は今月9日、全国から「言い伝え」を集めるための情報提供フォームを作成した。また、地元住民が地域の「言い伝え」を掘り起こすワークショップも計画している。こうした取り組みにより、情報の充実と「減災の自分ごと化」の促進を図る。

小和田さんは、「災害を防ぐことはできないが、人的被害を減らすことはできる。先人の言葉を、スマホ世代が興味を持つ見せ方で分かりやすく届け、一人でも多くの命を守りたい」と決意を語った。

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昨年の6月から続きました本連載は、今回を持ちまして終了となります。ご愛読ありがとうございました。

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