【熊本地震連載】外国人を悩ませた災害時の日本語

最終更新:2016/11/12 12:13

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キーポイント

  • 発災時、外国人の旅行者は「熊本から出たい」と県外への交通情報をたずね、在住者は地震への恐怖を訴え避難先を求めました。
  • 「給水」「配給」といった言葉は日常会話ができる外国人にも難しく、不安を抱え避難所を退去した人も多数いました。
  • 日本人と外国人が日ごろからやさしい日本語で声を掛け合う関係を作り、災害時に備えようという取り組みが進んでいます。

熊本地震の発生後、熊本市内にいた外国人に対して支援情報など災害時に必要な情報はどのように届いたのでしょうか。熊本市国際交流振興事業団が運営する「災害多言語支援センター」の取り組みを振り返ります。(Yahoo! JAPAN北九州編集室)

※2016年4月に起きた熊本地震のその後を伝えるYahoo! JAPANの連載企画です。毎月14日にお届けしています。

外国人特有の悩み解消へ、今も活動続く

「災害多言語支援センター」は熊本城にほど近い熊本市国際交流会館の中にあります。熊本地震発生後、支援情報を3カ国語(英語、中国語、韓国語)に翻訳して発信しました。

【11月】災害多言語支援センターの掲示板。日本語を含め4カ国語の情報が並びます。左は八木さん

現在は「アパートが取り壊され、新居を探しているが入居拒否された」「失業し、在留資格に合った職に就けない」など震災の余波ともいえるさまざまな相談が寄せられます。

「外国人特有の問題を解消するため、まだ支援が必要です」と同事業団事務局長の八木浩光さんは話します。

旅行者と在住者、異なる問い合わせ

4月16日未明の本震で最大震度6強を記録した熊本市。同会館には午前中から外国人旅行者が殺到し、ほぼ全員が「熊本から避難したい」と交通に関する情報を求めました。

【4月】熊本市国際交流会館には最大147人が避難し、4月30日までスタッフが24時間対応しました

一方、熊本に住居や仕事を持っている在住者からは、旅行者とは異なり「地震は今後どうなるのか」「家が壊れたがどうすればいいか」という問い合わせが相次ぎました。

こうした問い合わせに対応するため、4月20日、全国からの応援スタッフを受け入れて開設したのが「災害多言語支援センター」です。

毎日、市役所から災害支援情報を入手し、簡単な日本語で文章にまとめ直したあと、3カ国語に翻訳。ウェブページに掲載したり、各地の避難所で配ったりしました。

【4月】翻訳作業には全国からの応援もあり常時6~10人、多い時で20人近くがあたりました

熊本県内の在留外国人は1万800人、うち熊本市には80カ国以上の約4500人います。幸い、ほとんどの外国人はスマートフォンを持ち、センターが発信した情報はインターネットやSNSを通して受信できる環境にあったそうです。

情報は一方通行、伝えきれないことも

ただ、あらゆる情報を網羅できたわけではありません。

中国出身で市内在住25年の楊軍さんは「おじいさんが認知症で体が不自由。トイレまで階段をのぼらねばならない避難所生活は無理でした」。バリアフリーで高齢者を受け入れていた熊本学園大学の存在を知ったのは5月に入ってから。「もっと早く知っていたら連れて行けた」と振り返ります。

【11月】イラン出身のエサニ・サミラさん

市内在住4年目のエサニ・サミラさんは本震後、同じイラン出身の夫とともに隣県の友人を頼り避難しましたが、道路の通行止めにあってはう回を繰り返し、高速道ICまでなかなかたどりつけませんでした。「スマホで道路情報を探しても日本語表記ばかり。難しい漢字の意味を調べなければなりませんでした」

同事業団では震災前に400人が登録していた「災害情報メール」の送信も続けましたが、どれだけの人に中身を見てもらえたか、理解してもらえたか確認しにくいという課題が上がりました。「送ったら安否を確認でき、コミュニケーションを取れる仕組みを考えているところです」と八木さんは話します。

避難所に外国人が少なかった理由

情報発信の傍ら、スタッフは避難所巡回を始めました。そこで予想外だったのは、外国人の少なさでした。

車中泊のほか、公園や大学運動場など屋外に多くの外国人たちが避難していたといいます。避難所の存在自体を知らなかったり、入っていいのか分からなかったり。避難所へ行ったものの日本語で示されるルールや案内が分からずストレスを感じて退去するケースもあったのだそうです。

【4月】1階ロビーにあった掲示板には銭湯、スーパーの営業状況なども張り出されました

「熊本市に住む外国人の大多数は日本語での日常会話ができますが、『避難所』『物資』『給水』など災害時などでしか使われない言葉は、難しかったのだと思います。やりとりをしている日本人も気がたって声を荒げたり早口になったりしました。地震の恐怖に加え、来日後、克服したと思っていた『言葉の壁』に改めてストレスを感じた外国人は多かったと思います」と八木さん。iPad画面で母国語のページを見せただけで安心した表情を見せたタイ人の話が印象的だったそうです。

「やさしい日本語」を使う心づかい

その「言葉の壁」を理解してからは、「とにかくやさしい日本語を使おう」とさまざまな文章を言い換えて伝えるようになりました。たとえば「車中・テント等に避難されている皆様へ」は「車の中やテントなどで生活している人は読んでください」と変換します。

単語も意味をかみ砕いて伝えました。
・り災証明…建物がどれくらい壊れているか書いてある紙
・給水車…水をくばる車
・住宅の補修…家をなおすこと

漢字にはすべてふりがなを振った「やさしい日本語」は、同事業団の公式サイトに掲載されています。

弱者を置き去りにしない「地域の力」

言葉という面では「災害弱者」の外国人。ところが炊き出しや物資配布など支援する側に回る姿もあったといいます。災害に備えて何より大事なのは「地域の力」づくりだと同事業団は認識しています。

その下地はすでにあります。震災前から同事業団が続けている「くらしのにほんごくらぶ」活動。市民と外国人がおしゃべりしながら日本語を学ぶ場です。

震災時、ある地区では、くらぶの参加者同士がいち早くLINEグループで安否確認し、営業中のガソリンスタンド情報などを交換したり、励まし合ったりして過ごしたそうです。

この「成功例」を各区に広げようと、随時開講する準備を進めています。

【11月】外国人支援の拠点となった熊本市国際交流会館

顔の見える関係にあるご近所同士が、やさしい日本語で声を掛け合う風景が日常にあれば、いざという時に災害弱者を置き去りにしない社会になる―熊本地震で得たその手ごたえを確実なものにするために、取り組んでいく構えです。

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「被災地のことを伝え続ける」意味を被災地の人たちはどう考え、取り組んでいるのか。どうすればみんなの幸せにつながるのか。この1年を通して話を聞き、現地を歩き、答えを探っていきます。

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