【熊本地震連載】風評被害に耐えた観光地の今

最終更新:2016/9/14 0:01

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キーポイント

  • 熊本地震直後、九州各地の観光地で予約キャンセルが相次ぎました。
  • 「元気で営業中」と、被害がおおげさに伝わらないよう発信し続けました。
  • 九州ふっこう割の「その後」を見据え、おもてなしに磨きをかけています。

熊本地震で予約キャンセルが大量発生した九州の観光地。自粛ムード、余震、メディア報道に一喜一憂しながら「元気で営業中」とあの手この手で発信しました。地震発生から5カ月たった今、九州旅行が最大7割引きになる「九州ふっこう割」がカンフル剤となり、息を吹き返しています。その効果が切れた時が正念場です。九州観光の要・熊本の早期復興を願いつつ、おもてなしに磨きをかけています。(Yahoo! JAPAN北九州編集室)

※2016年4月に起きた熊本地震のその後を伝えるYahoo! JAPANの連載企画です。毎月14日にお届けしています。

九州各地でキャンセルの嵐

熊本地震後、九州地方の観光客は大きく減少しました。観光庁の調査によると、5月の宿泊者数は前年に比べ-18.4%までダウン。6月は-7.7%に持ち直し、7月は-0.6%まで回復しています。

地震被害もあった大分県の落ち込みぶりは特に顕著で、5月は-42.8%までダウン。県内最大の震度6弱を観測したのは、有名観光地でもある別府市と由布市の2カ所でした。

由布院では首相視察日に震度5弱

由布市まちづくり観光局によると、市内では数千件の建物被害が出ましたが、観光業ではゴールデンウィーク(GW)までに9割近くが営業。9月の現在まで閉店や廃業はないといいます。

しかし地震後、キャンセルの嵐に見舞われました。「今行ったら危ない」「迷惑になるだろう」と自粛の動きが広がったのです。原因は、ニュースでは被災した建物ばかりが流れ、観光地全体が深刻な被害にあった印象を与えたことが大きいと観光関係者は見ています。

さらにGW初日の4月29日、安倍首相が視察で訪れた日に震度5弱が発生。駅舎のガラスが崩落した様子が報じられました。被害はほぼこれだけにとどまったものの、再びキャンセルが多発したといいます。

JR由布院駅構内の観光案内所。平日午後、レンタサイクルも名物の観光辻(つじ)馬車も「完売」でした

別府でも11万人キャンセル、被害13.7億円

別府温泉郷でも、地震直後からホテル組合連合会加盟112軒中111軒が営業していたにもかかわらず、8日間で推定11万人の宿泊キャンセルが発生、被害総額は13.7億円にのぼりました。

やはり報道による風評被害がありました。熊本の深刻な被災状況を伝える映像の後に「一方、大分では」といった番組の流れによって「別府もかなりの被害を受けている」と誤解を与えてしまったのです。「全国的に有名な観光地は、良くも悪くも記憶に残ってしまいがち」と別府市ONSENツーリズム部観光課長の河村昌秀さん。

JR別府駅前では、別府観光の父と呼ばれる油屋熊八氏の銅像と一緒に記念撮影を楽しむ姿も

熊本を気遣い 発信を遠慮するジレンマ

観光関係者は危機感を抱きました。しかしそれぞれの市内や隣県・熊本で被災した人もいる中、「観光に来てください」「うちは元気です」と言いにくい雰囲気があったそうです。

由布院温泉旅館組合は「どこが営業中で、どこが営業していないのか」情報把握して組合のホームページや組合員個々の手段で積極的に発信することとしました。行政や他の地元団体の観光PRも心強かったといいます。

さらにおおげさな情報が出回らないよう、マスコミ対応窓口を事務局長の安部順一さんに一本化。組合員には「取材を受けないで」とファクスを送りました。

「被害が出て困っていることはニュースになるが、被害が少なかったことはニュースになりにくい。被害はありますが9割方は営業できてますよ、と報道されれればよかったのですが」と専務の渕上真幸さんは語ります。

由布院温泉のシンボル・由布岳をバックに、由布院温泉旅館組合の安部さん(左)と渕上さん(右)

個人のFBに「いいね!」21万

個人も動きました。Facebookページ「湯布院ファイト!!」で旅館の営業再開状況などを伝えてきた川嶋雄司さんです。旅館の集客支援のサポートをしている川嶋さんは本震当日、市内の避難所、大分自動車道の通行止めの様子を出張先のテレビで見て「由布院は甚大な被害だ」と衝撃を受けたといいます。

ところが由布院に戻ってみると、「一般道や街並みは普段と変わりなかったんです」。取引先に大量のキャンセルが入っていることを知りました。そこで早速、ページを開設。信頼できる情報と認識してもらおうとまず自己紹介し、電話番号も記載したそうです。

総菜コーナーの商品まで投稿

営業再開情報以外にも、ライフラインからスーパーの総菜コーナーの商品まで、その場で文章をつけてすぐアップロード。「いいね!」は4日間で4000に。JR由布院駅が運転再開を旅館に知らせるファクス文面を掲載したときは最高21万「いいね!」に達しました。

川嶋さんは「これほど多くの方に見ていただけるとは驚きました。災害時、現地情報を広く発信する存在に個人でもなれる可能性を感じました」。いたずら電話や批判は一切なかったそうです。

JR由布院駅で「取材」する川嶋さん。写真を撮って文章をつけてすぐに投稿

由布院ではGW期間中、余震もあって客足は例年に比べ半減しましたが、県内や福岡県などから少しずつ戻ってきました。近場だと比較的状況が見えやすいこともあって応援に来てくれたと見ています。東北や台湾など震災を経験した地域からの来訪も目立ったそうです。

気象台の「朗報」を今でも手元に

由布院温泉旅館組合の渕上さんは、「大分県中部では強い揺れを伴う余震が発生する可能性低下」と、6月10日に大分地方気象台などが発表した新聞記事を、今でも大切に保管しています。

有感地震が〇回に達したと繰り返し報道される中での「朗報」に、「『よかった、助かった』と思いました。お客様を受け入れることにやっと自信がもてました」。その後渕上さんは組合員に一斉にファクスして、できる限り拡散するよう呼びかけました。

実際、由布市では6月以降、震度3以上は一度も観測されていません。それでも「自然が相手である以上、安全安心ですとは言えません。今でもそうです」と渕上さんは話します。

ふっこう割では高価プランほど早く完売

観光ポスターを掲げる由布市まちづくり観光局の高田信明さん(左)と岩野貴文さん

「そろそろ行ってみようか」と遠方からの予約も増えてきたタイミングで「九州ふっこう割」実施が発表。取り扱い旅行サイトから申し込めば熊本、大分の旅行や宿泊が最大7割引きになるとあって「せっかくだから利用しよう」と6月中はキャンセルや買い控えの動きもありました。

7月に「九州ふっこう割」が発売されると、割引率の高い高級旅館・ホテルから完売する状況。旅行代理店と契約していない小さな旅館など対象外の施設も多く、回復に片寄りがみられるものの、まちに活気が戻ってきました。

発信したことへの手ごたえも感じています。「一番効果があったのはどれかわかりませんが、地元も県もあちこちから発信したのがよかったと思います。テレビ局が取り上げてくれた効果もあったと見ています」と渕上さん。

「別府に来なくていいの?」という気持ちで

震災直後、大量な予約キャンセルに危機感を抱いた別府市は、大々的なPR作戦を展開。「今の別府にとって、お客様は(マジで)神様です」「今なら、温泉で泳げます」。地元県紙にGWの4日間、一面広告を掲載したのを皮切りに、市長も10日間、市内の宿を泊まり歩きネットでPRしました。その陰でテレビ局に「ほとんどの施設は営業中。そのことも伝えてほしい」と申し入れもしました。

GW明けには官民で大々的なメディアミックス広告を展開。「ピンチ過ぎて作りすぎてしまいました」とアピールしたCM動画「別府温泉の男達」が全国的な話題を呼びました。「余震は続いていましたが、少しでも客足が戻ってきてほしかった」と河村さん。結果、動画は制作費をはるかに超える3億円余りの広告効果が出ました。心配していた「炎上」もなかったそうです。

「別府は絶対いい所。来なくていいの?という気持ちで乗り切れました」と語る市観光課長の河村さん

PRのかいもあってか、市内から県内、九州、関西、関東と近隣から遠方へ、少しずつ客足は戻ってきました。

長崎のハウステンボスでも影響大きく

長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」でも揺れによる被害はなく通常営業を続けましたが、修学旅行をはじめキャンセルは2万人に。

経営企画室長の高田孝太郎さんは「遠方ほど、熊本も長崎も同じ『九州』という認識が強まる。旅行先としては控えたほうがいいというムードが強かったと思います。旅程に熊本が入っているだけで丸ごとキャンセルになったこともありました。被災した阿蘇も熊本城も、九州観光・交通の要衝です。何かあれば九州全体が影響を受けてしまいます」。

7月以降は前年を上回るにぎわいに。夏のイベントも盛況でした(提供:ハウステンボス=7月撮影)

熊本の復興なくして九州の復興なし

九州ふっこう割が利用できるのは今年いっぱいの予定。この「カンフル剤」の効果が切れたときどうするか、が目下の課題です。観光地として環境が完全に元に戻ったわけではありません。

「熊本の道路寸断で大分・熊本の周遊ルートが組めないのです。せっかく行くなら熊本が復旧してから行こうよ、というのが遠方のお客様でしょう。『九州は一つ』であることに気づきました。これまではどうしても『九州は一つ一つ』で動いていました。九州の復興は熊本の復興なしではなし得ません」と由布院の渕上さん。

「情報」という諸刃の剣、使いこなせるか

それでも待ってばかりはいられません。

「いつまでも復興支援に頼っていられません。来春までに震災の影響はなくなっていることをイメージして、段階に応じた発信の仕方をどうするか考えています」(由布市まちづくり観光局の高田さん)。

別府市はSNSの拡散力に注目しています。市観光課の河村さんは「今まで人手もお金もかかると手を出せなかった欧米の誘客にも使えるかもしれない」と意欲を見せています。

実際に九州ふっこう割の利用客がSNSで発信し、それを見て興味をもった人が訪れる、という好循環も生まれています。「元気でやっている様子を実際に来て見ていただいた。これをきっかけに良いクチコミが広がっていくよう、おもてなしに磨きをかけていきたい」と由布院の渕上さんは気を引き締めます。

別府・鉄輪温泉の湯けむり風景。NHK「21世紀に残したい日本の風景」で富士山に次ぐ2位に

SNS時代の「クチコミ」の力。イメージが大切な観光業には特に、あっという間に広がる情報は諸刃の剣です。「正しい情報を正しく伝える」「被害があったことだけでなく無事であることも伝える」。その大切さを実感した人たちは、風評被害を広げた敵に終わらせず、さらに魅力的な観光地へ進化するための味方にしようとしています。

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