熊本地震3カ月 地元情報誌が届ける「笑顔と元気」

最終更新時間:2016/7/14 23:36

写真・画像Yahoo! JAPAN

キーポイント

  • 熊本市中心部の商店街などはにぎわいを見せる一方、今なおつめ跡が残ります
  • 熊本と大分のタウン誌、フリーペーパーは地元に元気を届ける工夫を続けています
  • 復興に向け、県外から訪れた人にも役立つ情報を発信しようと意識を強めています

4月14日の熊本地震発生から7月14日で3カ月。被災地である熊本や大分では、官民さまざまな「復興応援」の効果もあり、あちこちでにぎわいが戻ってきているようです。一方で、震災の生々しいつめ跡もいまだ残ります。日ごろグルメやレジャーなどの情報を扱うタウン誌やフリーペーパーの編集者にとっても震災は大きな試練でした。衣食住にさえ困っている人がたくさんいて、自粛ムードが漂う中、自分たちは何を伝えていけばいいのか。「笑顔と元気を届けよう」。慌しく取り組んだ緊急対応がひと段落し、震災で得た気づきやチャンスを復興につなげる新たなページ作りも始めています。(Yahoo! JAPAN 北九州編集室)

□お話を聞いた方
・タウン誌「月刊タウン情報くまもと」編集長の小崎信夫さん(以下タンクマ小崎さん)
・フリーペーパー「ナッセ熊本」編集長の森下文さん(以下ナッセ森下さん)
・タウン誌「シティ情報おおいた」編集長の藤田亘享さん、発行元企業専務の北村良太さん(以下おおいた藤田さん、おおいた北村さん)

【熊本】中心部はにぎわい、郊外では休業も

7月第2週の週末、熊本市中心部のアーケード街は夏のセール真っ最中。梅雨の晴れ間、買い物袋を両肩から下げた女性、家族連れ、学生など多くの人が繰り出しています。カフェには空席待ちの人もいました。「がんばろう熊本」「復興応援セール」の張り紙も目立ちます。

【熊本】鶴屋百貨店前の交差点。この日、熊本市内では震度4の地震が発生。悲鳴が上がるも、情報を確かめるより先に「これは4だね」と体感を伝え合う声が聞かれました(7/9熊本市中央区)

フリーペーパー「ナッセ熊本」の森下さんは「商店街の飲食店は徐々に通常を取り戻してきています。ですが、いつもにぎわっていた郊外のショッピングモールが数軒休業しています。シネコン(複合型映画館)は休業が多く、市内の映画館はアーケード街の一館のみ。熊本市内中心部は渋滞がひどく、駐車場に停められない状況が続いています」。

【熊本】市電終点近くの「健軍商店街ピアクレス」。写真右手にあった大型店「サンリブ健軍店」の解体工事が進む傍らで、青果物店や鮮魚店、洋装店などの個店は営業中(7/9熊本市東区)

タウン誌「月刊タウン情報くまもと」の小崎さんは「街に人通りは戻っています。でも、どこか緊張している人はいっぱいいると思う。ただ商店街は完全には元には戻ってないです」といいます。

【熊本】上通商店街の老舗書店「金龍堂まるぶん店」は10月再開予定。閉まったままのシャッターには再開を待ち望む人たちの応援メッセージが書き込まれています (7/9熊本市中央区)

古い木造の町家が並ぶ地区などでは、被災の跡が残る建物で営業再開にこぎつけたお店もあります。

【熊本】5月下旬に営業再開した「御菓子司しぼりや」。店舗兼工場兼自宅だった築約100年の町家は「危険」判定。木材で補強しましたが「大きい地震や台風が来たら危ない」と店主の岩原和哉さん。建て替えを目指し、補助金申請の準備を進めているそうです(7/9熊本市中央区新町)

【大分】日本人客が増えている

地震後キャンセルが相次いだ大分の温泉地・別府や湯布院では、旅行者へ向けたお得なキャンペーン「九州ふっこう割」をはじめとする官民の支援施策で、にぎわいが戻りつつあるそうです。外国人の姿は少なくなった反面、日本人が増えているといいます。タウン誌「シティ情報おおいた」の北村さんは、地元の意識の変化も大きいといいます。「まだ大変な状況にいる人もいます。そのことは忘れずにこれからは前に向かって、それぞれのできることをやっていきましょう。別府は元気さをどんどんPRしていこうという空気になっています」と話します。

【大分】由布市湯布院町のメインストリート「湯ノ坪街道」。近くのみやげ物店の女性は「今は週末中心のにぎわいですが、夏休みに入ったら変わるでしょう。家の修繕が終わらず生活はまだ落ち着きませんが、遠来の方からの励ましの言葉は本当にうれしい」(7/10)

被災地の「元気」は現状さまざま。地元情報誌は各地を見つめながら「本当の意味で元気にしたい」との思いを強めています。

地震発生、最新号への影響は

前震がおきた4月14日、「おおいた」と「ナッセ」は25日、「タンクマ」は27日に最新号「2016年5月号」発売に向け準備中でした。予想もしなかった大きな揺れに戸惑い、熊本ではスタッフが被災する中で、各編集部はどうすべきか悩み、現地に出向き、議論して対応しました。

【おおいた】現地の掲載店を訪ね無事確認

おおいたは既に原稿をすべて印刷所におさめていました。特集企画は、ゴールデンウィークのドライブ観光。3月末の東九州自動車道開通にあわせました。発災後すぐに被害が伝えられた湯布院や別府へ出向いて掲載店を回ると、ほとんどが片付けを済ませて通常営業中。問題ないとみてそのまま発売しました。「結果論として多少なりとも空気が読めていない感じがあったでしょうが、いたし方なかった。読者もそう感じたのかもしれません。販売部数は非常に厳しかった」と北村さんは振り返ります。

【タンクマ】被災見舞いメッセージを追加

【熊本】前震後のタンクマ編集部。5月号の原稿データが入ったパソコンはかろうじて無事でした。いったん片付けたものの、本震がきて再び散乱(4/15タンクマ編集部提供)

タンクマは色校正を済ませ、校了を明日に控えた夜、前震に襲われました。オフィスはめちゃくちゃでしたが、印刷所の担当者が足を運んでくれてぶじ入稿できました。予定通り「カレー特集」の印刷が進みました。避難所から通うスタッフもいる中、10日間は仕事に集中できる状況になかったといいます。

会議室で炊き出ししながら今後どうするか議論を繰り返す中で、みんなから「せめて一言メッセージを入れたい」との声があがりました。被災した読者へのお見舞いの言葉。印刷には間に合わないとみて、表紙にはるシールを作ってもらえないかと相談すると、印刷所が直接プリントしてくれたのだそうです。

【ナッセ】全面差し替えで発行延期

ナッセは広告主体のフリーペーパー。ちょうど広告主が出そろって、編集部では原稿の作成と写真撮影、校正と追い込み時期でした。2度の大きな揺れで予定通りの発行は断念しました。まずは状況把握しようと営業スタッフ全員で広告主に電話をかけ、つながらない先は直接訪問したそうです。

スタッフから入ってくる情報は「入居するビルがダメージ受けたため営業できない」「営業したいがガスがこない」「スタッフが被災して人手がない」「閉店」「移転予定」「広告は控えたい」……連絡が結局とれない広告主もいました。

スタッフ総出で原稿を書き直し、レイアウトを変え、発行できたのは1週間後の5月2日でした。分量は52ページ。通常のわずか3分の1ほどに激減しました。「収入はほぼ広告だけに、売上げも比例し収益も減りました」とナッセ森下さん。特別号として発行したこの本に、さまざまな方から「今までで一番薄い本なのに、重みを感じた号だった」といった思いがけない声が届き、胸が熱くなったといいます。

【熊本】「掲載うんぬんよりまず安否確認」と1軒でも多くコンタクトをとろうと奔走した営業スタッフら。顧客に寄り添うことを心がけたといいます(ナッセ編集部)

その頃、街や観光地の様子は一変

【おおいた】大型バス駐車場が空っぽに

おおいた藤田さんは「湯布院に取材に行ったら、メインスポットである金鱗湖そばの大型バス専用駐車場に一台も止まっていなかったんです。あんな光景は見たことがありません」。被害が小さかった大分市内でも自粛ムードが漂いました。「外出は控えようとか、ひと目が気になるとか。広告主はいま出す時期じゃないよねとか、ボランティアに行くためお店開けられないから広告はやめとくとか。当たり前の日常があって初めて余暇を楽しめる。その土台に不安がある状況では普通のことができないということなのでしょう」。そんな状況が1カ月ほど続いたといいます。

【ナッセ】女子会の気配なし

ナッセ編集部は5月半ば、熊本市中心部の商店街に出て宴会の様子をのぞいてみたそうです。「すると女性がいないんです。女子会らしき集まりが見られなかった。県外出張者を連れた社会人の方やボランティアの方が多く目立ちました。余震が怖いため夜遅く出歩けない、商店街がガラガラになっていました」と森下さんは振り返ります。

正念場の6月号、どうするか

そんな状況を見ながら、次の6号以降をどうするか、会議を重ねて考えました。

【ナッセ】動ける読者が「復興支援者」

自粛しすぎると熊本の経済はどんどん弱って再建に時間がかかってしまう。買ったり食べたりすることで復興支援になる。ナッセは読者全員を「復興支援者」と位置づけました。

6月号の特集は「絆(はん)年会をしよう」。毎年この月の恒例企画「半年会」をアレンジ。各店の協力を得て、お客さん一人当たり100円が寄付金になる「復興コース」を設定。続く7月号は支払い2000円のうち200円が寄付金になる「グルメチケット」を企画販売しました。

【熊本】「地震前は半年先まで企画を決めておくのが当たり前でした。地震後は広告主の話などいろんな情報の中で変化していきます」と森下さん(ナッセ編集部)

「熊本に住む人なら地震後はじめて会う人とは必ず地震の話題になる。地震を共有できる人たちといっぱい話すことで元気になれる、と思い企画しました。避難所にいて地震前の生活に戻れていない方もたくさんいます。そんな中でも動ける人から動いて熊本の街を元気にしていくことがみんなの生活再建につながるという思いです」と森下さんは語ります。

【タンクマ】東北のタウン誌に相談

一方、タンクマは6月号の老舗特集の準備をとめ、取材を済ませていた店にお詫びに回りました。何を出せるか。出していいのか。やめようか。どうしていいか悩み、タウン情報全国ネットワークで交流のある福島と仙台のタウン誌に相談。それをヒントに6月号は「元気です!熊本」特集号としました。

【熊本】スタンプラリーや著名人のメッセージに加え、県民の笑顔がたくさん載ったタンクマ「元気です」特集号。「ふくしま」誌面を参考にしました

企画は決まったものの時間がありません。スタンプラリーは特典を用意してくれたお店にお客さんを呼んでお金を回そうという作戦です。30人の社員総出でお店に声をかけて回りました。いつもはクーポンが嫌いで絶対割り引きしないお店も「それだったらやるよ」と応じてくれたそうです。1000軒近いお店に声をかけて448軒の協力を得ました。

その中で、あるイタリア料理店主が印象深いと小崎さんはいいます。「うちは食事を出したい。割り引きではなく、避難所から来た人に無料で出します」という店主に「いやそこまでは望んでいない。生ビール半額とかで十分。お店にも潤ってほしい」「でも炊き出しできてないのでごはん出したい、みんなに出したい」「避難所から来たかどうか確認できないじゃないですか」「いや、来たと言う人に出すよ」「それは困る。ちょっと落ち着きましょう」と押し問答。「みんなどうにかなっているんですよ。いい意味で。何か人のチカラになりたくて。みんないい人だなと思いました」

【熊本】福島、宮城のタウン誌から助言を受けた小崎さん。「まちの人たちが笑顔になることをするのがタウン誌の役目、という言葉に共感しました」(タンクマ編集部)

また東日本大震災を経験したタウン誌のアドバイスは心強かったそうです。「震災を経験した相手には細かい前置き抜きですぐ伝わることがあってとても助かりました。岩手の方からも、気をつけるべきことを伝授してもらいました」

全国のタウン誌から届いた応援メッセージの中で、「ひとごとではないです」という高知からの言葉が印象深かったといいます。「まさか熊本が被災地になるなんて。備えは大事です。どんなアドバイスができるかわかりませんが、全国で経験を共有していければ」と小崎さんは話します。

「情報誌は生きる上でなくてもいいものだけど、ほっとできたり、あってよかったと思ってもらえるようにしようねとは話していました」という小崎さん。売れ行きは「5月号はまあまあ。6月号はさらにまあまあ。被災して余裕のない人たちが買わないという影響はなかったと思います。6月の特集号には読者から『よかったよ』『涙が出ました』『ただならぬ思いを感じた』という声が届きました。そう思ってくれる人がいただけでもよかったです」

さらにタンクマでは県内の観光施設約200件の営業状況を調べて7月号に掲載しました。「県外からの問い合わせも多かったので、電話をかけたり、行ったついで寄ったりして集めました。かなりの作業でしたが、タウン誌はかゆいところに手が届かなくちゃいけないので」と小崎さん。

お店のメニューや営業時間の変更、閉店、移転などの案内はウェブサイトを活用しています。誌面掲載後に確認できた分をホームページ上に掲載。グルメや観光など7000件近い情報を掲載する「クマモトナビ!」の情報も変更が多く、スタッフは更新作業に追われているそうです。

【おおいた】毎月1カ所、被災地をフィーチャー

おおいたは、定番コーナーの中で、震災の影響が大きかったエリアを毎月1カ所紹介しています。6月号は湯布院、7月号は別府、8月号は竹田市。地元の人たち直筆メッセージと写真を掲載しているのは「取材する側の手心を一切加えずに、短い言葉でも伝えてもらうのがいいのではないかと。いろんな思いや状況がある中でみなさん笑顔で率直な言葉を伝えてくださっています」と北村さん。

それでいったん一区切りとします。タウン誌だからこそできる応援とは何か、悩み話し合い「みんなが楽しめる情報、少しでも笑顔になれる情報をピックアップして紹介することなのかな」。そんな結論に至りました。「何が正解かは難しいです。これからも様子をみながら考えていきたい」とおおいた北村さんは話します。

3誌の6月号誌面(左からおおいた、タンクマ、ナッセ)。地元の人たちの笑顔が満載

地震から3カ月、今思うこと

【ナッセ】読者に寄り添う言葉づかい

ナッセ森下さんは原稿を作るとき「言葉遣いが変わった」といいます。「復興コースの紹介文を書きながら思いました。元気にいこうといえない相手もいる。普通に生活できない人もいることを忘れてはいけない。でも一緒に悲しんでいるだけじゃ戻れない。発信側は元気であろう、笑顔を伝えたい、と思いながら書くと言葉も自然と変わりました」

6月号は68ページ、7月号は104ページと、平常時の約150ページに次第に近づいてきました。「お店に来てほしいと願う広告主が増え、ページ数の変化はそのまま復興への変化だとみています」と森下さん。

【熊本】チェーン居酒屋店長は「6月の売り上げは前年比増。余震ゼロの日も出てきて落ち着いてきたのかもしれません。新年度に入って職場の歓迎会すら開けていなかった方たちが戻ってきたり、県外から長期出張で週3日通ってくださる方がいたり」(熊本市中央区)

【タンクマ】みんなを元気にするバランス

タンクマは6月27日、カフェの案内本を発売しました。あえて震災には言及していません。販売期間が1年半に及ぶムック本では、メッセージの受け止められ方がどう変わっていくか想像がつかないといいます。「ムック本では、震災前のような日常を取り戻してほしい。そのほうが元気につながるという思いで作ります」と小崎さん。

広告自粛の影響で一時的に減少しましたが、すでに回復しているといいます。小崎さんの気がかりは阿蘇のこと。「お店のおばちゃんと話すと、秋口までにトンネル、道路開通するといいけどね、とのんき。言葉が出ません。もしインフラの整備が追い付かないまま冬を迎えたら、峠越えのう回路は凍結するでしょう。バイトの若い子が通学できなくなって熊本市やその近郊に引っ越して、中にはオープンできても働く人の確保が難しかったりするお店もあったりすると聞きます」

「冬場を乗り切れず、お店にとってこれまで以上の被害が出てくるかもしれません。せっかく地元に親しまれるタウン誌を37年間も作っているんだから、みんなに行ってもらって、少しでも阿蘇が体力温存できることをしたいと思う。阿蘇は熊本の財産。もちろん、県内全体が被災しているのでまんべんなくやっていかなくてはいけないので、バランスを悩みながらできる支援をやっていきます」

【熊本】「九州全体が受けた風評被害を追いやるには『熊本、元気です』と僕らが伝えていくことが大事」とタンクマ編集部

【おおいた】もっと近くに目を向けて

おおいたの北村さんは「今回強く感じたのは、県内に住んでいる人たちに湯布院、別府に目を向けてもらう作業は日頃から必要だったということ。何か起こると遠方や海外の観光客はどうしても足が遠のいてしまう。そのときに県内や九州の人たちの動きが力になる」といいます。

「情報発信の真価が問われるのはこれから。震災が風化していく、情報が時間とともに少なくなるのは、いい悪いの問題でなく仕方がないこと。でも何も知る機会がないと、ずっと気づかない。ふとしたときに今度は湯布院や別府や竹田に行ってみようか、と一人ひとりが震災を意識した選択をしていく機会をどこかで気づけたり作っていったりすることもこれから先ずっと大切だと思います」

【大分】「例えば飲食店はカウンターの外だけでなく中に一歩二歩と入ってその一皿や一杯にどういう思いがあるかストーリーを聞けるのがタウン誌の特性。県内の人や来てくださった人たちに伝えていきたい」とおおいた編集部

復興に向けた新たなページ

【ナッセ】「復興新聞」創刊へ

ナッセは7月25日に新媒体を発行する準備を進めています。森下さんは「地震を風化させてはいけない。熊本は大きな被害を受けましたが、地震によって地域、そして家族や会社での絆が深まりました。ナッセではこの『絆』をベースに、地域と人をつなぐために『絆(きずな)っせ』を発行します。復興していく熊本を、熊本人として発信していきたい。県外の方には、元気な熊本にぜひ来てほしい」と願っています。

【タンクマ】「復興応援ページ」を準備

タンクマは8月号(7月27日発売)で、復興支援のイベントやキャンペーンなどの情報を集めたページを新設するそうです。小崎さんは「熊本では地震があったからこそ生まれた人とのふれあい、ステキなシーンが全国の人たちのおかげで生まれています。継続していくものがいっぱいあるので、動きを追っていこうと思います。熊本の皆さんが本当に欲しがっている情報を出していきたい」。

「震災で熊本の人たちはつらい思いをしましたが、たくさんのことも学べたと思います。すべて前と同じ形には戻らないなら、前以上になればいい。いい方向に変わるチャンスでもあります」とタンクマ小崎さん。震災がもたらしたものはマイナスだけでは決してない。前よりもっとよくなれる――その思いで、新たなページ作りを始めています。

【熊本】復興支援イベントの一コマ。場所は、6月末まで熊本市災害ボランティアセンターが置かれていた「(仮称)花畑広場」(7/9熊本市中央区)

「被災地のことを伝え続ける」意味を被災地の人たちはどう考え、取り組んでいるのか。どうすればみんなの幸せにつながるのか。1年を通して話を聞き、現地を歩き、答えを探っていきます。

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熊本を知り尽くしたタウン情報クマモト編集部とYahoo!ライフマガジンがコラボし、熊本の魅力を100本の記事で紹介していきます。

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