熊本地震2カ月 地元の「放送」は今

最終更新:2016/7/13 23:52

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キーポイント

  • 熊本県全域をカバーするテレビから「L字情報」は消えました
  • 市や町のFMラジオ局はきめ細かな情報発信を続けています
  • 復旧復興への対応、余震への警戒と、抱える課題はさまざまです

熊本地震発生から6月14日で2か月。地元メディアは今でも毎日毎日、発信を続けています。今、どんな思いで何を伝えているのか。「ありのまま正しく伝えたい」「ひたすら心に寄り添いたい」といった声が聞かれました。時間の経過とともに見えにくくなっていく被災地の姿。「伝え続けること」に対して発信する側はどう向き合えばいいのか、その答えを探っていきます。(Yahoo! JAPAN 北九州編集室)

テレビから消えた「L字情報」

発災直後からテレビ画面に出続けたL字型の災害情報。熊本県民テレビ(熊本市)は5月17日、24時間掲出をやめました。情報番組やニュース枠の時間帯だけに絞った後、5月末で完全に終了。同時に地震情報サイトも消しました。TwitterやFacebookも災害情報に限らず発信する形に戻しました。災害情報を伝えていた5つの媒体のうち、データ放送だけ6月いっぱい続けます。

L字情報の入力画面。大雨などに備えていつでも使える状態にしています(熊本県民テレビ)

「L字情報は県内の他の民放やNHKもほぼ同時期、6月第1週までに消えました。むろんまだまだすべての県民が震災から立ち直っているわけではありません。しかし、局面が避難から復旧・復興へと移るにつれ、すべての県民の暮らしにかかわる、今すぐ伝えねばならない情報が減ってきているのも事実です」と取締役報道局長の丸山淳一さん。「5月の連休明けぐらいから『目障りだ』『外してほしい』という視聴者の声も聞こえてくるようになりました。ドラマ録画したい人などです。Twitterなどでも『(L字情報が)まだ必要な人もいるでしょう。県民だからガマンします。でももうそろそろ……』といったつぶやきが見られました」

ピーク時には120人いた県外からの応援スタッフは現在5人。夏の参院選を控え、これ以上他局に応援を頼める状況にないといいます。「まだニュースの9割方は地震関連で、今取材しないといけないことはまだまだあります。取材に出たくても人手がない状態は続いていますが、いつまでも応援に頼るわけにはいきません。復旧復興へと向かう中で記録として残すべきものを残していくのはわれわれの使命。被災したいろんなものがどう変わっていくか、最後まで記録し、見届けていくのは地元の仕事です」。

ただ、その記録映像の保存が悩みのタネでもあります。報道局フロアの一角、山積みされた30個ほどの段ボールの中はすべて発災直後から取材した映像です。「すべて貴重な記録なのですが、それぞれの取材や撮影に携わった記者やカメラマンしかどんな映像なのかわからないのが実情。膨大な映像をコストをかけて編集・放送しても、その後はどう活用していくか。インターネット上にアーカイブとして残しておくとか、よい方法はないものか。残さなくちゃいけないといっても、死蔵させてしまうのだけは避けたいのですが……」

報道局フロアの一角、地震関連の映像が入った段ボールの山(熊本県民テレビ)

また、地震情報の特設サイトを掲出したことでホームページへの訪問者が爆発的に増え、災害情報を流した「テレビタミン」のTwitterフォロワー数は3倍ほど伸びました。災害情報を求めて集まった人たちが興味を持ち続けてくれる情報をどう届けていくかも大きな課題です。

「熊本地震を忘れてほしくないと言っても、全国すべての人にというのは無理な話ではないでしょうか。2か月を振り返ると、サミット、消費増税、舛添知事、といろんなことがありました。今後は毎月14日にあわせて特集を作る計画です。毎日の動きを追うニュースとは別に、振り返っておかなければならないことをきちんとやりたい。そのつど報じていることが結局よかったのか悪かったのか検証し、今後の教訓とするための場です」

「心に寄り添う」FMに届いた反響

熊本市のコミュニティFM「熊本シティエフエム」。放送部長の上村鈴治さんは「災害以前と変わらない生活に戻れた方、いまだに被害を受けたままで先が見えない方。その差がだんだん広がっている感じ」と話します。4月末まで臨時災害放送局の役目を果たした後、徐々に番組編成を元に戻し、6月1日にはほぼ地震以前と同じ内容に戻しました。「ただ完全に戻れるものではありません。特別なルールなどはありませんが、つらい思いをしている人たちにひたすら寄り添うだけ」

スタジオの一角に置かれた資料は、行政のプレスリリースや、スタッフ自らネットなどで収集した情報。現場判断で「今最も伝えるべきこと」を選んで読み上げます(熊本シティエフエム)

臨時災害放送局として生活情報を重視した姿勢はいまも変わりません。「朝昼夕の情報番組で取り上げています。最近は仮設住宅の抽選説明会やメンタルヘルス情報が多いです」と上村さん。

復活したコーナーの一つが人気の「妻たちのグチ川柳」です。6月のお題は「言いたいこと」です。これまでは「倦怠期」などのお題でうっぷん晴らしするお遊びの場でしたが、できるだけ前向きな内容にと決めました。地震の怖さをよんだ作品が届きましたが、放送は控えることにしました。やはり今は配慮しないといけませんから」

局内ではインターネットラジオを検討する矢先の震災でした。上村さんは「始めていたら全国からメッセージが集まり収集つかなくなっていたでしょう」と話します。余震が続きスマホの電池切れも気になる中で「応援してます」のメッセージに埋もれ、本当に大事な情報が届かなくなることを心配しています。一方で「例えば毛布が足りませんと伝えるだけで一気に届く力は大きい」とも感じています。

来月の7月9、10日には市内中心部で復興支援イベントを開くために準備を進めています。被害が大きかった益城町や西原村、南阿蘇村のブースを設けます。「ラジオだからこそ言葉で励ませる。音楽で元気づけられる。情報を間に挟んでお互い支えあいましょうという思いで放送を続けます」

大きい余震、八代市で震度5弱

八代市の「エフエムやつしろ」。5月の連休明けに通常編成に戻った後も1時間半に1回は災害・生活情報を挟んでいます。「市内の皆さんは益城町や西原村を見ると誰も何もいえない。不自由だ不便だと言っている場合じゃないと我慢してきました」と放送局次長の上野留美さん。6月12日夜には市内で震度5弱の余震が発生し「しばらくはまた夜寝られない方もいるかもしれない。情報はしっかり伝えていきたい」と話します。

「エフエム小国」(小国町)でも行政のお知らせ情報を毎日放送中。「ほかの地域に比べたらそれほど大きな被害はありませんでしたが、大きな地震は初めてだったので、どうしたらいいか分からないことだらけでした」とチーフディレクター市川貴晴さん。東日本大震災被災地のコミュニティFMから応援メッセージが届いて励みになったといいます。

町役場内に生まれた小さなFM局

「御船町災害FM」は、4月25日の放送開始から今も変わらず毎日4回(9、12、15、18時)、生放送を続けています。企画財政課の女性職員2人が交代で町のホームページに掲載された情報をもとに原稿を作成し、自らアナウンスを務めます。生放送は1回10~15分程度、録音して30分再放送します。

役場3階の議員控え室。町内を見渡す大きな窓に向かって原稿を読み上げます(御船町)

同課主査の細木芙美さんは「開局当初は被災状況のお知らせがメインでした。避難所数や避難者数、全壊半壊の家屋軒数など。今でもライフラインは毎回必ず入れます。ほかには町内23の通行止め箇所、水道料金の減免など生活に関する内容が中心です。今は被災した方がしなければいけない手続き関係が中心で、り災証明の情報が一番重要。発行日が地区ごとなので、そのお知らせは1日2回必ず入れます。当日や翌日の炊き出しなど身近な情報も」

町には防災行政無線がありません。また倒壊や避難のため空き家状態になっているお宅も多く回覧板が回せない状態です。町民に情報を直接届けるには、FM放送のほか、各小学校区・12箇所に設置した掲示板に紙のお知らせを貼る以外にありません。FMは現在3箇所ある避難所で、約270人の避難者に向けて流しています。ただし半径10キロ圏内しかカバーしていないため、被害の大きい山間地域には届きません。県外避難者に届けるためにも、どこにいてもスマホがあれば聞けるアプリ対応したい考えです。

避難所運営などは県外職員の応援もあり、職員は通常業務に戻りつつあるといいます。り災証明の発行も始まりひと段落した一方で、蓄積した疲労の影響も出ています。「り災証明が出ないと支援手続きができないので遅れて申し訳ない思い。住民の皆さんもだいぶ疲れていますが、本当に落ち着けるまでにはまだまだかかります。元の生活に戻れるようみんなで頑張ります」

避難所の一角、調理室がスタジオ

「こんにちは。こちらは、JOYZゼロR-FM、益城さいがいFMです」。指定避難所「益城町総合福祉センター」2階調理室の中にスタジオがあります。ボランティア3人と町広報課職員が生放送に臨んでいました。放送の前後には、町の移住促進PR用に作られた曲「おかえりなさいが聞こえる町」を復興ソングとして流しています。

調理台を使って放送。機材は元アナウンサーなどから提供を受けました(益城町)

ボランティアは46人が登録。7割が町内、3割が町外です。希望する日に参加します。原稿は町広報課職員が各課から情報を集めてまとめ、復興課長の決済で確定します。放送は1日3回。14~27分とまちまちなのは、選別せず必要な情報はすべて伝えるためです。「最近は生活再建の手続きが中心です。応急仮設住宅の入居者決定、被災者生活再建支援金支給申請の受け付けなど」と同課の田中康介さん。スタジオでは「局長」と呼ばれています。

ご近所さんに恩返し

ボランティアの一人、町内に住む徳永恵美子さんは自宅が半壊。「参加のきっかけは、隣のお宅が東京の息子さんのもとに避難したこと。町内を離れた方たちに情報をいち早く伝えられれば、と思い始めました。子育てを手伝っていただいた恩返しのつもりです。いくら情報発信しても受け手は興味を持つ人、思いを寄せている人だけ。だんだん意識は薄れていきます。最初は地元の大変な状況を外に伝えるなんて怖くてできませんでした。でもたとえば臨時職員募集などの情報を伝えることで生活がよくなる人がいればと思い、発信しています」と話します。

アプリで全国どこでも聴ける

アプリでは文字情報の送信やメッセージの受信もできます(益城町)

町内の情報に特化した放送は貴重で「やめないでください」とリスナーからメッセージが寄せられることも。もう少し楽しい話題やいろんな人の声、避難者や商店を再会した人の声を聞いて見たいという要望も寄せられます。一方で「本当に必要な情報だけ伝えてくださっていてとてもいい」との励ましのお便りも。「要望は、気持ちに余裕がでてきた表れかなとも受け取れます」。しばらくは淡々と大事な情報を正確に伝えるべき時期とみています。県外から来ている人から「聞けてよかった」という反応、県外に避難した人から「助かっている」という感謝も届いているといいます。

FM局として目下の悩みは、仮設住宅への入居が進んだ後のこと。「いまは避難所の館内放送で流して多くの町民に一斉に伝えられます。仮設住宅に移るとラジオもスマホも持たない方たちに大事な情報が届かない恐れがあります。ラジオを各世帯に配るか、寄り合い所のような場所に設置するか、どんな形がよいのか相談しているところです」

益城町の倒壊した家屋(6/10)

仮設住宅への入居が始まった町では

甲佐町でも「こうささいがいエフエム」として役場からFM放送を流しています。県内トップを切って仮設住宅への入居が始まり、最大1800人いた避難者は4人にまで減りました(6/13現在)。生放送ではなく、ボイスレコーダーに録音した情報を組み合わせて放送しています。「最近はり災証明書発行のため調査員が家屋に入っていることなどをお知らせしています。怪しい人ではないと安心いただくためです」と担当者。「放送はまだ続けます。住民の生活がしっかり落ち着くまで。それはまだしばらく先になりそうです」

「被災地のことを伝え続ける」意味を被災地の人たちはどう考え、取り組んでいるのか。どうすればみんなの幸せにつながるのか。これから1年を通して、話を聞き、現地を歩き、答えを探っていきます。