「災害弱者」を守る避難所、熊本学園大学が独自運営

最終更新:2016/5/6 16:22

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キーポイント

  • 熊本学園大学(熊本市中央区)は独自にお年寄りや障害のある避難者を受け入れています。
  • 大学の施設も被害を受けましたが、医療や介助の体制を整え、学生やボランティアが運営に協力しています。
  • 5月9日に授業が再開しますが「最後の一人まで安心した生活に戻ることを見届けたい」としています。

熊本市中心部にある熊本学園大学では、4月14日の地震発生直後から避難者を受け入れています。お年寄りや車いす利用者など一般の避難所での生活が難しい「災害弱者」に配慮した運営が、教員と学生、そして多くの協力者の手によって続けられています。(ヤフー株式会社 北九州編集室 山内安子)

「地域の恩返しに」と受け入れを決断

地震発生後から野外グラウンドには地域の人たちが続々と避難してきました。大学は4つの教室を開放し、車いすの利用者や要介護の高齢者も一緒に受け入れました。
しかし避難者は増え続け、教室からあふれ通路までいっぱいに。そこでバリアフリー対応の大ホールを介助が必要な避難者のために開放しました。

高齢者、障害者の受け入れ先となる「福祉避難所」の指定は受けていません。大学の施設も被害を受けていますが、「耐震性は保障できませんが、地域に恩返しという思いでした」と同大社会福祉学部長の宮北隆志教授は振り返ります。
医療体制は医師免許を持つ教員や看護師で整えました。介助は車いす体験授業などでつきあいのあったNPO法人ヒューマンネットワーク熊本のスタッフが交代で担っています。

車いすも移動しやすいスペースを確保

ホールでは552席あるいすの前方半分を舞台下に収納し、車いすも移動しやすい空間にしました。落下の危険がある照明器具は低く下げたところ男性と女性の空間を仕切るために役立っています。

最初の3日間、限られた人手で24時間をしのぎました。床ずれを防ぐため2時間ごとの巡回、水洗トイレ用にプールの水をポリバケツで運ぶ作業……避難してきてホールの舞台にテントを張って寝泊りする学生の手も借りました。
5日目にホームページで学生に協力を呼びかけたところ、約400人が登録しました。

中尾拓海さん(18)、浦上奈波さん(18)は経済学部1年生。4月3日の入学式後に1週間のオリエンテーションを受け、本格的な授業が始まったその日の夜に最初の地震がおきたといいます。



現在は毎朝9時半から参加し、お昼と夕方の炊き出し、足湯マッサージ、トイレ掃除など行います。最近は話し相手として喜ばれるのだそう。「求められる役割が変わってきている」と浦上さん。市内の自宅は一時ガスや水道が止まりましたが復旧が早かったため「いまだ大変な思いをしている方たちのお手伝いをしたい」と話します。



また自治体職員の応援があるほか、唐揚げやピザを振る舞う炊き出し作業、マッサージ、散髪、歯の診断……いろいろな支援の申し込みが続いています。「地元紙に紹介された影響もあり、ここは恵まれている」と宮北教授。

障がいのある子どもや家族でつくる音楽サークル「the Pure Heart」は県内や福岡のメンバーら20人が炊き出しに訪れ、昼食に鶏の照り焼き丼、夕食にハヤシライスを振る舞いました。
同サークルの高村光浩さんは「東北で復興支援コンサートを毎年行ってきました。熊本が被災したから何かしなければと動いています。東北も熊本も支援を続けたい」と話します。

一方で、大学の建物は壁や窓枠が外れるなどあちこちに被害が出ました。5月9日に授業が始まりますが、復旧には至っていません。
宮北教授の研究室も本で腰の辺りまで埋もれ、通路を作るので精一杯。「片付けまでなかなか手が回らない」と話します。

また中尾さんは「図書館では西日本有数という蔵書が崩れ落ちました」とスマートフォンで撮った写真を見せてくれました。これから棚の強度を確かめるため棚から出して箱詰めする作業も待っているといいます。

避難所と授業の場、どう両立していくか

「学生は単位をとらないといけない。授業ができる環境を自分たちで作っていかないと」と話す浦上さんは「ここにいる方は独り身の方が多い。話し相手など、自分ができることを考えながらお手伝いを続けたい」と話します。

ピーク時には750人いた避難者も少なくなっています。要介護度が高い人は一時60人いましたが、5月3日時点では20人ほど。
「避難所と授業の場を両立させながら、最後のお一人まで安心した生活に戻れるよう見届けたい」と宮北教授。教員と学生、ボランティアなど協力者一体となった取り組みは続きます。

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