「いのちをつなぐ」熊本の農業、再生への決意

最終更新時間:2016/5/2 8:42

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キーポイント

  • 生産者の直売マーケットが1日、地震後も通常通りの賑わいをみせた。
  • 東日本大震災をきっかけに協同農園を設立した農家も参加。
  • 熊本地震の被災生産者が多く参加し、「食といのち」を見つめ直す機会に。

 熊本県内の農家や農業関連施設は、地震で大きな被害を受けました。しかし1日、毎月1回開かれる生産者の直売マーケットが、地震後も通常通りの賑わいをみせました。生産者と消費者が、震災を経て「食といのち」を改めて見つめなおしています。(ヤフー株式会社 社会貢献推進室 森禎行)

朝獲れ野菜を、昼にはマルシェで販売

「地震などなかったかのように、野菜は毎日すくすく育ちますからね」。
 農事組合法人「美里ゆうき協同農園」の内田敬介・代表理事=写真右=は1日朝、美里町の畑で大きく育った野菜を収穫しました。

 サンチュ、水菜、サニーレタス、わさび菜__
 摘み取った野菜をていねいに洗い、一つ一つ包装します。

 その他、大根、ニンジン、たまねぎ、ハーブ、にんにくの芽などを、トラックいっぱいに積み込みました。

 昼前には車で1時間弱の熊本市内に到着し、「朝獲れ」の新鮮でみずみずしい野菜を、なじみ客などに販売します。



 今年の成育は例年通りとのことです。今回はたまねぎと大根を多めに詰めました。

東日本大震災が設立のきっかけ

 美里町は、熊本県の中央部に位置し、熊本盆地の南端にあります。今回の震災では、震度は14日が震度5強、16日が震度6弱でした。

 内田さんの自宅の瓦は落ち、農事組合法人の事務所の外壁がごっそり落ちてしまいました。片付けに一週間を費やし、先週はほとんど農作業ができませんでした。「農業では10日の遅れが大きく響くので、これからが勝負」といいます。
 連休中、学生の農業ボランティアがお手伝いに訪れるとのことです。

 組合法人の設立は、東日本大震災と原発事故がきっかけでした。内田さんは福島県の南相馬市や飯館村の有機農家を回リ、話をききました。「いのちの危機を感じた」といい、被災農家に心が傷んだといいます。
 2011年10月、「土といのちとくらしを守る」ことを目指し、協同農園を設立しました。

 元教師など農業経験のない人も集まり、現在組合員は8人です。4年間赤字で、今年はやっと軌道にのるまでになりました。そんな矢先に、地震がおこったのです。

「いのちは食べることから」。直売マーケットがにぎわう

 熊本駅に近い中心部で1日、生産者直売のオーガニックマルシェ「アースデイ・マーケットくまもと」が開かれました。震災後初のマルシェは、通常通り開かれました。被災した地域からも、たくさん生産者が駆けつけました。

 益城町の「坂本製油」は、薬剤や添加物を一切使用しない昔ながらの製法で油を作り続けています。
 震度7の地域で被災しましたが、すでに一部商品の発送を再開するまでこぎつけました。中上貴裕社長は、自慢のなたね油やつばき油を元気に販売していました。

 南阿蘇村の農家、影沢裕之さんは、農薬を使わない大豆を育て、大豆で味噌をつくっています。地震で家は傾き、自宅は隣に建て直すことを決めました。味噌の樽は無事で、昨日詰めた味噌を販売しています。

 お米とれんこんを作っている、氷川町の森下好寛さんは、マルシェ主催者に「今回もやってほしい」と伝えたといいます。生産者と消費者が交流できるマルシェは、震災後のいまこそ必要と思ったといいます。
 森下さんは約10年前に農業を始めました。「農家は、作物を通じていのちをあずかり、届けている。人のいのちは、食べることから始まる」といいます。

 熊本市から車で2時間。天草市の馬場照明さんは、地震直後に御船町での炊き出しのため、食材を運びました。「天草は地震の被害が少なかったが、出荷はできなかった。体があいていたので、車いっぱいの食材つめた」といいます。
 同じ県内で、農家同士のつながりが作られています。

 「美里ゆうき協同農園」の内田さんも、仲間と一緒に販売。訪れた方とお互いの状況を確認し合っていました。



 マルシェ内では震災の会話も多いようでしたが、震災の影響を感じさせない活気がありました。
 生産者と消費者が今回を契機に、より結びつくきっかけになるかもしれません。

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