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医療従事者たちの「働き方改革」――職場を変えるため、彼らが取り組んだことはなんだったのか

提供:厚生労働省

最終更新:

(写真:アフロ)

人手不足、長時間労働、子育てや介護による医療従事者の離職率の高さに悩む医療機関は多い。しかし、ひとつずつ課題を乗り越えてきた医療機関もある。そこにはどんな知恵と工夫があったのか、課題解決に挑んだ医療現場で働く当事者らに話を聞いた。

17時30分に帰る

1年間の救急車受け入れ台数は約900件――。北海道札幌市にある「札幌麻生脳神経外科病院」は、脳卒中などの急患にも対応する病床数145床(SCU6床)の病院だ。この病院は2年前まで、職員の時間外労働の長さが課題で、人件費が経営を圧迫する不健全な状況にあったという。

札幌麻生脳神経外科病院の統括診療部長で安田宏さん(撮影:編集部)

統括診療部長を務める安田宏さんはこう話す。

「自分が2年前に赴任したときにまずやったことは、職員の時間外労働を把握することでした。すると、看護部門の残業代だけで年間2000万円以上にものぼっていたのです。経営的にはあと一歩で、"危険水域"でした」

写真はイメージ(写真:Tetra Images/アフロ)

「僕も研修医として現場で働いていた時期がありますが、勤務しながら研修用の勉強なんて無理。勤務時間外に覚えるしかなかった」

医療従事者には、人の命を救わなければいけないという使命感がある。そのため、自分のことは後回しになりがちだ。安田さんはこう続ける。

「看護師も、特に重症患者を担当している場合は、時間がきたので帰りますというわけにいかないんですよね」

業務の仕分けをやった

では、どうすれば労働時間を減らし、職場の環境改善をはかることができるのか? 安田さんは考えたあげく、すべての部門を巻き込んで残業をなくす「ひまわりプロジェクト」という名の働き方改革プロジェクトを発足した。

スローガンは、「みんな笑顔で、太陽が出ているうちに家に帰りましょう!」。

写真はイメージ(写真:TongRo/アフロ)

しかし目標だけ掲げても、達成するためのルールが明確でなければ、現場は変われない。そこで、「医療勤務環境改善支援センター」(以降、勤改センター)にコンサルティングをお願いして、業務改善策を考え、ひとつひとつ着手していった。

「まず各部門の業務仕分けをしました。具体的には、部署内だけで改善できること、他部署との調整が必要なこと、経営側の決裁が必要なものの3つです。何の業務にどのくらいの時間がかかっているかの調査も行って、優先順位を決めました」

仕分けた内容をもとに最初に現場に指示したのは、部署内で改善できる業務を優先して取り組んでもらうことだった。他の2つの業務は、プロジェクトチームでいったん預かって調整を図るなど、段階的に改革を進めていった。

「たとえば、看護師には看護記録を小説のようにこだわって書く方もいるんです。それでは効率が悪いし、スタッフ間の伝達に時間がかかります。記録はファクトだけ。シンプルさを徹底したら、残業時間は減りました。他の取り組みもやった結果、いまでは残業はゼロ。17時半になったら『帰る』ような雰囲気です」

残業はなくなった。けれども、職員一人一人が働き方改革を自分事として考える意識改革にはまだいたっていないと、安田さんは感じている。医療従事者のなかでも、20代から自分や配偶者の親を介護する必要に迫られる「ヤングケアラー」がいる。こうした人たちの増加も気がかりだ。

「ヤングケアラーの問題は今から先回りして対策をとらないと、全国各地の医療現場で働き手が急減してしまうでしょう」

当直明けは早帰り。夜勤時の保育料はゼロ

医療従事者の人手不足の問題も深刻だ。

10年以上かけて、その問題解決をはかってきたのは、三重県の「伊勢赤十字病院」。病床数655床のこの病院でも長年、医師の長時間労働が常態化していた。

伊勢赤十字病院の副院長の東川正宗さん(撮影:編集部)

副院長の東川正宗さんはこう語る。
「長時間労働の原因は、当直明け勤務でした。夜勤の翌日も続けて働くのは、特に手術を担当する医師にとってたいへんな負荷がかかります。そこに当時、医師の刑事責任が問われた事件が起き、ショックを受けた医師が何人も辞めてしまいました。このままでは病院経営が成り立たないということになり、2010年に医師処遇改善委員会を発足したのです」

委員会でまず現場にアンケートをとったところ、やはり「当直明け勤務をなくしてほしい」という声が一番多かった。そこで、当直明けは早く帰るよう呼びかけをして、モニターしたデータを病院の会議で発表しはじめた。すると一気に働き方改革が進んだという。

写真はイメージ(写真:アフロ)

その一方で、救急対応が必要な産婦人科と胸部外科は人員確保ができないため、今後の改革が課題となっている。

「この2つの部門もタイムカードで勤務時間を管理して、残業時間が法律違反にならないようにしています。ただし勤務の調整をするのが大変です。今後はそこが課題ですね」

とはいえ、この15年ほどで医師は100人から180人に増えた。伊勢赤十字病院では、大学病院から送られてくる研修医を待つのではなく、独自に研修医を育成しているのだ。

「研修医制度は院長がはじめたもので、今では初期研修医としてここで研修した内科医の6割以上が大学と関連なく当院に就職しています。研修後、東京の病院へ就職を希望する医師も当然いますが、それでも着実に人材を増やすことができました」

病院で保育料を負担。子育て世代の職場参加をうながした

積極的にテコ入れしたのは、子育て世代の働き方改革である。800人ほどいる看護師の中で、育児休暇制度の利用者が60名、子育てを理由に時短勤務制度を利用している人は常時60〜80人ほど。その看護師たちには、制度を利用する際に次の子育て世代を支える側になってもらえるようお願いし、助け合いの精神も育んできた。

「時短勤務をしている看護師さんの中には、月1回なら夜勤ができますという方が8割います。数は少なくとも夜勤をやっていると職場復帰しやすくなるため、辞める可能性が低くなるんです。そこで夜勤の間、子どもの保育が必要な人は当院が保育料を負担するようにしました」

施策を進めるなかで、夜勤の前後も保育が必要なケースが多いこともわかった。そのため、夜勤前と後の保育料も無償化したという。

写真はイメージ(写真:アフロ)

こうした取り組みが実を結び、平成28年には三重県が創設した「女性が働きやすい医療機関」として認証され、3年続けて更新している。ワークライフバランス委員会と、医師処遇改善委員会を設置して、現場の声に耳を傾けるフォローする活動も積極的に行っている。

「当直明けに帰れる風土が定着したことは、医師や看護師の仕事のパフォーマンスやモチベーションを高めるためにも、本当に良かったと思っています。それでもまだ、働き方改革に向けた要望はあると思いますから、毎年、全職員に満足度調査をしています」

そのアンケートの中に、「自分の職場を知り合いの人に働く場所として勧めますか?」という質問もあえて入れているそうだ。

「はい、と回答している人の数字は低くありません。取り組みは一定の成果があったのかなと思っています」と東川さん。今後は、働き方改革の実態をより正確に把握するため、数値化できるところは数値化し、子育て世代の病児保育の問題解決などにも取り組んでいく方針だという。

医療従事者が、自分たちの職場で働き方改革をすることは、「夢物語」ではない。まずは一度立ち止まり、足元を見つめる。みんなで知恵を出しあい、これまで常識だったことを別の角度から眺めてみる。そうすれば、できることが見えてくる。少しずつ変えていけば、前よりも働きやすい職場をつくることはできるのだと――2つの病院でのエピソードが教えてくれた。

取材:Yahoo!ニュース
構成:樺山美夏