©松本直也/集英社 ©遠藤達哉/集英社 © DUBU(REDICE STUDIO), Chugong, h-goon 2018 / D&C WEBTOON Biz
コロナ禍の巣ごもり需要、『鬼滅の刃』の大ヒット――。長引く出版不況にもかかわらず、2020年のマンガの推定販売金額は6126億円と過去最高を記録した。一方で、マンガを読む「場所」としてスマホの存在感が大きくなっている。 紙からスマホへ。その変化の潮流のなか海外では新しいマンガの形式が生まれ、国内でも日本一の発行部数を誇る週刊少年誌から生まれた「少年ジャンプ+」がスマホ発のヒットづくりに注力している。 マンガ表現に今何が起こっているのか。制作の現場や環境の変化から見えてきたものとは。(監修:飯田一史、取材・文:Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
ウェブトゥーンとは?
- 縦スクロールでサクサク読める
- モノクロではなくフルカラー
- 余白も表現の一部
- 1画面のコマ数が少ない
- 縦スクロールを生かしたコマ割り
『俺だけレベルアップな件』
DUBU(REDICE STUDIO), Chugong, h-goon(D&C WEBTOON Biz)
マンガアプリ「ピッコマ」で年間人気ランキング2年連続1位のウェブトゥーン作品。
累計PVは2021年時点で3億回を超える。「人類最弱兵器」と呼ばれる主人公が最強ハンターに成長する姿を描く。
『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』の編集者がウェブトゥーンに挑む訳
佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
週刊モーニング編集部で『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当。2012年に講談社退社後、クリエイターのエージェント会社・コルクを創業。
「遠くのおいしいレストランより、近くの定食屋」
読者としての自身に起きた変化
ウェブトゥーンに取り組もうと思ったのは、僕自身がマンガをスマホで読むことが増えたからです。スマホでは、横開き・モノクロの従来のマンガより、縦スクロール・フルカラーのウェブトゥーンのほうが圧倒的に読みやすい。
現状は、面白さやクオリティーは従来のマンガがウェブトゥーンに勝っています。でも、スマホで読む手軽さにはあらがえない。例えるなら、「遠くのおいしいレストランよりも、つい近くの定食屋に行っちゃう」。そんな行動変容が、自分自身に起きていました。
それなら、スマホという「みんなが便利に使っている場所」でコンテンツをどう作るか、そこに注力したほうがいいと思ったんです。
モノクロとカラー、タテとヨコ、表現の違い
取り組んでみて気づいたのは、従来のマンガとウェブトゥーンでは制作工程がまったく違うことです。
従来のマンガ制作の延長でモノクロの原稿に着色しようとすると、作業量が倍になってしまう。しかし最初からフルカラーを前提にすれば、背景やベタ塗り・トーン貼りの工程を簡略化できるので、モノクロの原稿より早く仕上げることも可能です。描き方・作り方がガラリと変わってしまう点は、ベテランの作家がウェブトゥーンに気軽に挑戦しづらい理由でもあります。
コマ割りなどの表現も変わってきます。スマホの縦長画面に特化したウェブトゥーンは、多数のキャラクターをヒキ(ロングショット)で見せることが難しく、少人数・顔のアップで見せる手法が今は主流です。この点、YouTubeと似ていますね。
また、スクロールの「長さ」で時間の流れを演出できるのもウェブトゥーンの特徴です。1コマにおける時間のコントロールの仕方はアニメに近く、絵コンテのような作り方になってきます。
ウェブトゥーンの時代が到来する?
世界的にはウェブトゥーンを読む人が多数派になっていくでしょう。マンガがモノクロだったのは、大量に印刷して書店で流通させるビジネスモデルに適していたから。その制約がないスマホで初めてマンガに触れる海外の人が、わざわざモノクロを選ぶでしょうか。
韓国のKAKAOを親会社に持つマンガアプリの「ピッコマ」は、立ち上げからたった数年で日本の大手出版社の売り上げに迫る勢いです。彼らのサービスは読みやすさだけではなく、「買いやすさ」を追求したUI・UX(見た目や利用体験)で優れています。
一方でウェブトゥーンは競合するプラットフォームがまだ少なく、クリエイターの多様性も低い状態です。しかし、日本ではまだ始まったばかり。プラットフォームの盛り上がりに、クリエイターの表現が追いつくのは時間の問題だと思います。
海外市場を席巻するウェブトゥーン
ウェブトゥーンの代表的企業が、韓国のNAVERとKAKAOだ。それぞれ日本では子会社が運営する「LINEマンガ」「ピッコマ」が知られているが、海外では「NAVER WEBTOON」「KAKAOPAGE」として積極展開し、その競争は激化している。
ウェブトゥーンを原作にしたドラマ・映画への実写化が増えている。
KAKAOで連載された『梨泰院クラス』(日本版タイトルは『六本木クラス〜信念を貫いた一発逆転物語〜』)はネットフリックスで配信され、同サイトの「2020年
日本で最も話題になった作品 TOP10」で2位になるなどヒットを記録した。
主なウェブトゥーンの実写化
- 『ミセン-未生-』(ドラマ/2014年)
- 『私のIDはカンナム美人』(ドラマ/2018年)
- 『梨泰院クラス』(ドラマ/2020年)
- 『Sweet Home -俺と世界の絶望-』(ドラマ/2020年)
ゲームや音楽などのほかのエンターテインメント・コンテンツと同様に、スマホの登場はマンガのあり方を大きく変えた。
マンガ雑誌の推定販売金額は1995年の3300億円をピークに、2020年までに81%減(※1)。一方でマンガアプリのユーザー数は伸び続け、2021年度の推定広告市場規模は、2016年度と比較して359%増の280億円にのぼる(※2)。
- ※1 出版科学研究所『出版月報』2021年2月号より
- ※2 インプレス総合研究所『電子書籍ビジネス調査報告書2021』より
週刊誌や月刊誌を買う場所だった書店数は、年々減少が続いている。毎日のように更新されるマンガアプリの利用回数は、1人あたり月30回にのぼる(※3)。コメント投稿やSNSでの拡散・共有など、新しい消費行動も生まれた。
- ※3 ニールセン デジタルのレポートより
社会現象を巻き起こした『鬼滅の刃』がいずれも上位にランクイン。一方で国内の主要マンガアプリではオリジナルや独占配信を含むウェブトゥーン作品が目立つ。かつてヒット作は掲載される雑誌の影響が強かったが、現在はアプリ配信のみで人気に火がつく作品も増えている。
アプリ発のオリジナル連載作品『SPY×FAMILY』『怪獣8号』は、映像化されていないにもかかわらず異例のスピードで単行本が売れており、スマホでも「ジャンプ」ブランドの強さを印象づけた。
アプリ発連載で単行本がヒット
『SPY×FAMILY』7巻累計発行部数1100万部
『怪獣8号』4巻累計発行部数400万部
※2021年9月時点(電子書籍含む)
©遠藤達哉/集英社 ©松本直也/集英社
©大石浩二/集英社
「ジャンプ+」はマンガアプリですが、紙の単行本の読者も多いのが特徴です。スマホと紙、両方で読みやすいようにどんな工夫をしているのでしょう。
大前提として「読みやすさ」を重視している点は、紙の時代から変わっていないんです。だからジャンプの昔のヒット作を今スマホで読んでも、それほど違和感はありません。例えばコマを大きくする、セリフを絞る、といった読みやすさの工夫はほとんどの作家が意識しています。セリフのQ数(文字サイズ)は、スマホで見ることを念頭に以前より大きくすることを推奨していますが。
一方で雑誌と違い、アプリ連載はページ数に制限がありません。今回は短めに終わらせたい、もう少し長く描きたい、といった描き手のリズムに合わせて調整できます。
連載中の作品も毎回校了まで、最終的に何ページになったのか把握できていない(笑)。ページ数が自由な点は、作家の表現にも大きな影響を与えていると思います。
ただ新人のうちは情報を整理するクセをつけるため、決まったページ数で描くほうがいい、という考えもあります。自由すぎるとダラダラと描いてしまうので。
ほかにも、スマホがマンガ表現に与えた影響はありますか?
スマホの場合、1ページ単位で読まれるのが特徴です。見開きの場合も、1ページでも状況がつかめるようにしている作家が多いです。
マンガのテクニックとして、「物語で驚く要素は右ページに置く」があります。ページの左下に続きがきになる「ヒキ」のコマを置き、ページをめくった右上に驚く情報があるコマを配置し、読者を飽きさせない工夫をするのです。
スマホの場合、読者は1ページ単位で読むことが多いので、左ページの左下だけでなく、常に左下のヒキのコマを意識するようになりましたね。
ハイパーリンクや双方向性で遊べるのも、ウェブ連載の面白さです。『デッドプール:SAMURAI』では作中のリンクをクリックさせる仕掛け、漫☆画太郎先生のスピンオフ連載では、コメント欄の投稿でキャラクターの行動が決まる仕掛けに挑戦しました。
紙の単行本にするとき、こういった仕掛けをどうするかという問題はありますが、ウェブならではの「悪ノリ」は大事にしていきたいですね。
読者からテーマソングを募集して、感動のフィナーレに流すのはどうだろう......など、妄想はいろいろ膨らませています(笑)。
海外では縦スクロールのウェブトゥーンの勢いが目立ちます。この動きをどう見ていますか?
ジャンプ+でも過去に縦スクロール作品の連載や賞の創設などに取り組んできましたが、結果的にジャンプ+の読者には求められていないのかな、という印象でした。日本ではマンガの収益の柱は今も単行本の売り上げなので、スマホに特化したウェブトゥーンは単行本にする際のハードルが高く、作家も経済的なメリットを得にくい状況があります。
ジャンプ連載作品を英語やスペイン語などで同時配信で読める「MANGA Plus」という海外向けアプリでも、ビューアこそ縦スクロールにしていますが、作品の構成はそのままです。ウェブトゥーンは「縦」で読む面白さを追求して作られた、別ジャンルのエンタメ。だから単純に「横のものを縦にしたら海外でもウケる」というのは違うんじゃないかと。
ただ、これからはどうなるかわかりません。作家も読者も、縦スクロールでしか描かない・読まない、という状況がくることを考える必要はあります。
一方で、どういう時代になっても人間が持つ「物語を楽しみたい」という欲求や文化は変わりません。ジャンプの強みは作家との関係性やノウハウにあり、環境や媒体が変わっても、面白いストーリーやキャラクターを作り続けることが重要だと考えています。