kkk*****
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>>こうした統治の実態や別々の法体系による支配を踏まえると、また当時の日本人自身が朝鮮半島を植民地視していた点も含めて考えれば、「植民地」であったと定義するのが一番適切だと考える。

韓国併合ニ関スル条約により、日本の一部として取り扱われていますので植民地とは言えないと思います。植民地と定義するのならば、法的根拠を示す文献を示すべきです。推察では只の仮定でしかありません。

  • 戦艦大和は日本人の魂さん

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    歴史が語っている。

    1895年 三国干渉により、ロシアが東アジアで不凍港となる旅順租借地を獲得
    1896年 ロシア軍の支援を受けて高宗により親露派内閣成立
    1900年 義和団事件をきっかけにロシアが朝鮮半島への進出
    1902年 日英同盟が締結
    1903年 ロシアが鴨緑江河口の龍岩浦を租借
    1904年 日露戦争 日韓議定書
    1905年 第二次日英同盟 日本が韓国を保護国にすることが承認
    1905年 桂・タフト協定、第二次日韓協約
    1907年 ハーグ密使事件
    1907年 第三次日韓協約で高宗が内政権を日本に譲る。

    つまり、日露戦争で負けたために、ロシアの後ろ盾をなくした高宗が日本に政権を委ねる。
    当時の朝鮮皇帝の方から保護国として「お願いしてきた」のが事実。

    1910年 日韓国併合

    それ以降は朝鮮で日本は戸籍制度、登記制度の導入、学校建設、教育機会均等、識字率向上を実施。

  • test*****さん

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    > 総督府による条例や法解釈が優先されたのか

    > 「内地」扱いが実現しなかった史実を考えれば、
    > 「植民地」であったと定義するのが一番適切なのかもしれない。

    > ”同じ史実”に対する”同じ認識”、
    > そして”同じ認識”のための”同じ呼び方”から、
    > つまりゼロから始めるべきかもしれない。

    かんこくの植民地史観の宣伝でしょうか?
    かんこくは日本を加害者にすることで、被害者の立場に立って道徳的優位を得て被害者ビジネスをする。
    そのための手段が、日本に植民地史観を呑ませることです。

  • ***さん

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    大韓は皇帝を称していて併合時に、日本の天皇家に組み込ました。

    よって植民地ではなく、朝鮮地方。すなわち大日本帝国として台湾よりも格上の扱いを受け国家予算を大量に持ち出しています。

    台湾の方が早かったが朝鮮よりも格下げされていました。予算がなかなかつかず民間の努力で成し遂げた部分が多数あります

  • dok*****さん

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    何故大日本帝国憲法を始めとした国内法の施行をしなかったのか、
    →日本に統治される前の朝鮮がどのような状態であったかを調べることをおすすめします
    日本と同等程度の文化を持ち、秩序があり、社会システムがあった前提なら大間違いです

    法律以前に社会の秩序建てをすることが重要だったのです

  • kin*****さん

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    植民地だと言い張る韓国人は
    本当の植民地→欧米諸国が亜細亜アフリカに対し行った植民地政策→自国で売れ残った工業製品を高く売り付け資源をタダ同然で巻き上げる。自分達は高見の見物。一部特権階級を作り現地人を使役させる。現地人に等しく教育の機会を与え無い。物流以外のインフラ整備は殆どしない
    だから、長く欧米の植民地だった国々は発展が遅れているのです
    韓国人よ、これが植民地政策です。
    本土並みの発展を目指した韓国統治と全く違います

  • kgb*****さん

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    いや、植民地であっているんですよ。
    当時北海道も植民地だったわけで、
    内地から人を出して開拓・発展させる地が
    植民地
    コロニーの訳語としての植民地の意味とは
    大きく隔たりがある

    非難するために分かってて混同させてる
    ヤカラどもが最悪