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園田寿

甲南大学法科大学院教授、弁護士

園田寿

1952年生まれ。関西大学大学院修了後、関西大学法学部講師、助教授をへて、関西大学法学部教授。2004年からは、甲南大学法科大学院教授(弁護士)。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、青少年有害情報規制などが主な研究テーマ。現在、兵庫県公文書公開審査会委員や大阪府青少年健全育成審議会委員などをつとめる。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『インターネットの法律問題-理論と実務-』(2013年新日本法規出版、共著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。趣味は、囲碁とジャズ。

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      教師の生徒に対する「懲戒権」は、学校教育法11条で認められていますが、「体罰」は禁止されています。「体罰」とは、身体に対する懲戒であり、殴る・蹴るといった行為が典型ですが、正座や直立などを長時間行わせ、肉体的苦痛を与えるような懲戒も「体罰」です。ただ、裁判所によると、身体に対する有形力の行使は、それが生徒の身体に対する侵害あるいは肉体的苦痛を与えるものと言えなければ、懲戒権の内容として許容される場合のあることが認められていて、平手および軽く握った手拳で生徒の頭部を数回軽く叩いた行為について、正当な懲戒権の範囲内だとしたものがあります(暴行罪を否定)。
      本件動画を改めて見ると、教師は生徒の左足をかなり強い力で蹴りつけており、さらにその直後に生徒の右顔面を、生徒が倒れるほどの力で殴っている点で、強い肉体的苦痛を加えており、もはや正当な懲戒権の範囲をはるかに超えていると言わざるをえません。

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      窃盗とは、財物に対する事実上の支配(占有)を排除して、犯人が自分のものにするために自己の占有を不法に設定することですが、そもそも死者には(支配するという)意思がないので、死者の持ち物は占有離脱物になってしまい、それを〈盗む〉のは(落とし物のネコババと同じく)占有離脱物横領罪となるのではないかという論点があります。
      この点について判例を見ますと、たとえば(1)殺してから奪う場合は、殺害は物を盗る手段ですので問題なく強盗殺人罪となりますし、(2)殺した後で物を盗る意思が生じた場合は、死に関係ある者の一連の行為を全体的に観察して、窃盗罪の成立が肯定されています。
      本件は、これらの事例とは異なって、被害者の死に無関係の者の行為であり、その場合は基本的には占有離脱物横領罪が成立するにすぎません。裁判になれば、財物に対する死者の生前の保管状態がそのまま継続しているといえるかどうかが論点になるでしょう。

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      あおり等の危険運転が致死傷の結果につながった場合は、危険運転致死傷罪が成立しますが、あおり運転が問題になるのは、それじたいが被害者の生命身体を重大な危険に晒す行為でありながら、正面からの処罰規定がないからです。
       強要罪を適用するのは、被害者の〈自由な意思にもとづく行動〉を阻害したというのが理由ですが、そこには被害者の生命身体に対する危険は問題になっていないという点で、妥当かどうかという問題は残ります。また、幅寄せや急な割り込みなどに暴行罪が適用されるのは、行使された有形力(物理力)が必ずしも被害者の身体に接触する必要がないとされているからですが、あおり運転一般がつねに〈暴行〉と評価されるわけではありません。また、あおり運転が傷害や殺人と判断されるのは、非常に限られた特殊なケースにとどまります。
       あおり運転を暴行の加重類型として処罰するための、新しい規定が必要だと思います。

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      強要罪は、〈意思にもとづく行動の自由〉を保護するための規定です。暴行や脅迫の程度が強くなって、被害者の自由な意思が完全に抑圧されたような場合には、被害者は「自己の意思によって行動した」とはいえず、事案によっては生命身体に対するより重い罪が成立する可能性があります。
       宮崎容疑者は、高速道路の第一通行帯と第二通行帯の境目をまたぐように斜めに自車を停車させ、被害者の進行を強く妨げています。被害者にはブレーキを踏んで停車する以外に選択の自由がなかったのであれば、その停車は機械的・反射的になされていた可能性があり、強要罪の成立は微妙になってきます。裁判では、その点が重大な争点の一つになるでしょう。
       また、本件では、被害者の生命身体が危険に晒されたのですが、強要罪ではその点がまったく評価されていない点にも不満は残ります。危険運転に強要罪を適用するのは苦肉の策であり、新たな処罰規定が必要です。

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      現行の「自動車運転死傷行為処罰法」では、(1)飲酒薬物運転、(2)スピード違反、(3)未熟運転、(4)迷惑運転、(5)信号無視、(6)通行禁止道路走行の6つの類型が「危険運転」として規定されており、これらの行為から死傷の結果が発生した場合、最高20年の懲役で処罰されています。ただ、問題は「死傷の結果」が発生したことが要件で、「危険運転」そのものは処罰されていません(ただし反則行為となる)。そこで、警察は悪質な危険運転を「暴行」と捉えて検挙しています。「暴行」とは、物理力の行使ですが、物理力が必ずしも被害者に接触する必要はないので、車の幅寄せなどを暴行と解釈しているわけです。しかし、危険運転には殺人未遂に匹敵するような危険な場合があり、これらを軽い「暴行」と評価することの違和感は否定できません。罰則の種類と程度は議論の必要がありますが、新しい処罰規定を創設することは有意義なことだと思います。

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      戦争というものは、明日すぐに始めましょうというわけには行かない。戦争をするには、何もない平和なときから、軍艦・戦闘機・戦車・ミサイル・銃器・爆弾などの戦争の道具を調達し、日常的にメンテナンスを繰り返し、いざそれらを使う段になればすぐに使えるようにしておかなければならない。また、内外に対する諜報活動も怠ってはならない。兵士も、平時から訓練に訓練を重ねて、激しい戦闘にも耐えて、いつでも命令があれば敵兵を殺すことができるようにしておかなければならない。当然、それらには莫大な金と手間がかかるし、何よりも、平時からのそのような日頃の準備・訓練を可能とするような(強固な)法制度、戦前の陸海軍刑法や軍法会議などの法体系を構築しておく必要がある。戦争、戦争という人は、そのようなことを当然考えてのことだろうと思う。北方領土を戦争で取り返せという人も、当然そのようなことを考えてのことだろう。

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      児童買春・児童ポルノ処罰法は、18歳未満の「児童」への買春行為を処罰しているが、子どもの性虐待そのものを処罰するという構造にはなっていない。児童ポルノについては、一般人の性的感覚を刺激するかどうかが基準になっており、小児性欲者の異常性欲に焦点を合わすことが難しい。
       児童虐待防止法は、「保護者」がその監護する18歳未満の児童に対して、わいせつな行為を含む虐待行為を行うことを処罰している。
       児童福祉法や健全育成条例は、青少年の健全育成という観点から、性道徳から外れた「みだらな性的行為」の処罰を目的としている。
       刑法は、13歳未満の子どもに対しては暴行脅迫がなくとも強制性交は処罰できるが、強制わいせつの場合は、行為が「わいせつ」、つまり普通人の性的感覚を刺激・興奮させるものでなければならない。
       結局、日本では、さまざまな法律を駆使して記事にあるような児童に対する性犯罪に対処している。

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      故意とは、単純に人の心の状態や心の動きという事実ではなく、それを「故意」と呼べるかどうかという刑法的な問題である。生命に危険な行為が行われて、それを「殺人行為だ」と認定するのと基本的には変わらない。つまり、故意とは、行為時の行為者の心理的事実を、客観的な情況証拠に基づいて経験則から合理的に推認することで得られた法的判断である。
      以前、マンションの12階から自転車を投げ落とした男は、殺意なしとされた。他方、道にロープを張っていたケースでは、傷害の故意以上の殺意が認められている。バイクに乗った人が通り、転倒して死亡する危険性が高いことが理由だと思う。本件では、現に人を認識していなくとも、下を人がよく通るということは知っていたということで、故意が認められるのか? だとすると、自転車を投げたケースでは、故意が特に否定される特別な事情(たとえば滅多に人が通らない場所であったとか)があったのだろうか?

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      昭和世代にとって、お札といえば「聖徳太子」の千円札。発行されたのは昭和25年で、当時は、一般公務員の月給が1万円前後だったので、聖徳太子にはなかなかお目にかかれなかった。
      昭和36年に聖徳太子(千円札)の偽札が出回り始め、大騒ぎになった。警視庁は「チ37号事件」として大規模な捜査を展開するも、昭和48年に時効が成立し、迷宮入りとなった(なお、この偽千円札は日本の偽札史上「最高傑作」と言われている)。そこで、偽造防止として登場したのが、「伊藤博文」の千円札。このお札では、数種のインキを混色させて虹のように見せる「レインボー印刷」という高度な偽造防止技術が使われていた。そのため、その後は大規模かつ組織的な偽札事件は起きていない。なお、通貨偽造罪は、たとえば10万円札のように、存在しない紙幣であってもそれらしく見せれば成立する。だから、今度の新紙幣も、発行前に偽造すれば、通貨偽造罪が成立する。

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    • 園田寿

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      判決文を入手していませんので、詳細が分からず何ともいいがたいですが、強制性交における「暴行・脅迫」の程度は、被害者の抵抗を完全に封じるほど強いものでなくとも成立します。準強制性交も、これと同じように解釈されており、被害者が完全に意識を失うとか、抵抗が完全に不可能であったことまでは要求されていません。
      力の程度を弱めることで、一見すると被害者保護に働くように見えますが、実際には逆で、「抵抗可能であったのに何故抵抗しなかったのか」、「抵抗可能なのに抵抗しなかったのは、同意していたのではなかったか」という判断につながりやすいわけです。
      本件でも、そのような論理が働いたのではないかとの疑問が残ります。
      結局、性犯罪という犯罪行為の判断に際して「同意」を中心に絡ませて議論することの不毛さが、この判決にも現れているのだと思います。
      「同意」の要件は、性犯罪の議論の中心に置くべきではないと思います。

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